3ー65 変わり果てても、あなたはあなた
自宅の裏手には、実はちょっと物々しい雰囲気の建築物がある。
それは石材で造られ、四角く、サイズも犬小屋程度のものだ。
入り口やら窓なんかはない。
人や生き物が住まう想定をしていないからだ。
さらにはそれらを丸っと包むようにして、アシュリーによって秘術がかけられている。
災害や野生生物、悪意を持った敵が中の物に触れないようにするためだ。
そこまで厳重に守っているのはもちろん『揺るがす者』の封印。
これを気が遠くなるほどの間、ひたすらに守ってくれたアシュリーには頭が下がる思いだ。
……が、感謝はしない。
迂闊に褒めようものなら『報酬は、おセックスが良いですそうしましょう』などと、所構わず叫んで面倒だからだ。
そんな些細なやり取りも、今後は見ることは無くなる。
「へぇー。大陸の方ではこんな術式を使うんだな。ヤポーネじゃお目にかかれない代物だぞ、これ」
陽明が腰を落とし、封印の方を見た。
嬉々としながらクルクルと周囲を嗅ぎ回っているが、気の済むまで見せてやる積もりはない。
なにせもう遅い時間だ。
今ごろ森の家族たちは既に風呂を終え、絶品なる料理に舌鼓を打っている事だろう。
今日の目玉は塩テンプラ。
オレの分が残っているうちに宿へと戻りたかった。
「ちゃっちゃといこう。封印を解くから、みんな下がってろよ」
「あぁ、クエスさまw このような憐れなお姿になって、お痛わしい……ww」
例の気になる語尾は健在だった。
本人に悪気は無いようだが、やっぱり何度聞いても他意を感じてしまう。
半笑いしているかのような口調のせいだろうか。
それはともかく、目的である封印の解除を始めた。
モコから魔力の薄いところを教えてもらい、力付くで強引に秘術を解いていく。
高等術式による解呪?
反発公式による一時的な機能停止方法?
んなもん知る訳無い。
力がありゃあ何でも出来るんだよ。
強引な解除までを片付けると、もう作業は終わったようなもの。
それからは石壁を崩し、中にしまわれていた暗い色の石を取り出した。
するとそれは、徐々に発光し、大地の力を吸い上げ始めた。
鼓動のリズムのように石がビカリ、ビカリと点滅を繰り返す。
オレはそれを、腹の中が冷える思いに耐えつつ見守る。
レイチェルは不安なのか、神に祈る姿勢をとっている。
ーーパキリッ。
殻の割れる音が聞こえると、辺りに一迅の風が舞った。
酷く湿っていて、まとわり付くような不快なものだ。
それから、暗がりに一人の男が姿を現した。
揺るがす者クエス。
世界の災厄とも言うべき男を、意図して甦らせたのだった。
「定める者に、生み出す者か。封印を解くなどと……。一体何を企んでやがる」
クエスは頭痛を覚えたかのように、頭を抱えている。
封印から復活したばかりの体は、寝起きのような不具合を強いているのかもしれない。
「久しぶり、と言うべきか。まぁオレにはお前と過ごした記憶なんかねぇけどな」
「何故オレを呼び覚ました。何をさせようと……」
「そう睨むなよ。お前に会いたいという子が居るから連れてきた」
「そ、そんな……あり得ない! まさか、レイチェルなのか!?」
レイチェルは祈りの姿勢を解き、静かに立ち上がった。
頬が月明かりに照らされて光る。
涙の筋が暗がりでも良く見えた。
口元は笑おうとしているが、感情の津波にさらされて、ただ震えるばかりだ。
クエスは目の前の光景を、信じられないような顔で眺めていた。
両目はまばたきを忘れて見開いたままだ。
状況に頭が追い付いていないのか、二の句が告げられていない。
その2人がお互いに歩み寄る。
1歩目はためらうように、そして2歩目からは追いたてられて駆け出すように。
そして、抱き締め合う。
互いを襲った悲劇を慰め合うように、変わらぬ気持ちを確かめ合うように。
「レイチェル、お前は本当にレイチェルなのか!」
「あぁ、クエス様ww この日が来ることをずっと待ち望んでおりました!www」
「まさか再び会えるだなんて! あの時死んだハズじゃないのか!」
「全てはあのお二方のお陰ですw 私は海の向こうにあるヤポーネの神wとして甦ることがでwきwまwしwたwww」
「そうか。人として生まれ変わったのとは違うんだな。道理で記憶まで残されてる訳だ。さらに言葉まで話せるようになってるし……。ともかく良かった! もう一度こうして会えたのだから!」
「あぁ!w クwエwwスwwwさまwwww」
草の神様は仕事熱心。
おかげで感動シーンが台無しだ。
レイチェルは感極まったのか、後半はもう言葉になっていなかった。
幸いクエスは、最愛の人の変化を良いものとして受け入れているようだ。
案外オレが神経質な性質で、この口調も気にしない程度の癖なのかもしれない。
チラリと横を見る。
陽明とモコも少しばつの悪い顔をしている。
たぶんオレと似たような事を考えているのだろう。
「……レイチェルが世話になった」
クエスが殊勝な言葉を口にし、そして頭を下げた。
かつて世界を震撼させ、数々の破壊をもたらした男の姿からは程遠い。
「わざわざお前の為に動いた訳じゃない。あくまでも成り行きだ。感謝をするなら、根負けしなかった冥界の番人と、レイチェル本人にしてやれ。お前に会うために何百年もの間、転生をせずに待ってたんだから」
「そう、か。でもオレは死ぬことはない。そのまま何千年待とうとも、冥界で会える可能性は無いのに……!」
「彼女に目算は立っていなかった。だが、挫けることなく願い続けた結果、こうして望みを叶える事が出来た。誰にでもやれる事じゃない」
「そうだ。オレは何故探そうとしなかったのか! バカみたいに怒りに任せて、ただ暴れるばかりで……!」
「クエスさまぁw ご自分をどうか、せめないで……w」
彼女が喋ると、どうにも調子が狂う。
真剣な話に水を差されたような気になるからだ。
「クエス。お前は今後どうする気だ? まさかもう一度世界を相手取り、暴れまわるとか言わねぇよな?」
「もちろんだ。オレは可能な限り彼女の側に、そして力になりたい。前の命に報いてやれなかった分も含めてだ」
「私は神様ですのでw 物凄く長生きするそうですよ?w 何百年、いや何千年も居てくれるのですか?ww」
「むしろ好都合だ。オレは不死だからな。だから、これからは永遠に一緒だぞ」
「嬉しい……いつまでもwwwおww側にwww」
「よっし! 話は決まったな。じゃあヤポーネまで行くか!」
こうして、オレたちはヤポーネへと帰っていった。
瞬間移動ではなく、空を飛翔してだ。
レイチェルは力の使い方に慣れていないのか、飛び方が覚束なくて不安定だ。
そんな彼女を甲斐甲斐しく気遣うクエスの姿は、2人の未来を保障するかのように見えた。
「ところでクエスさまw 口調が以前と比べて荒々しくなってませんか?w」
「あぁ、そうか。オレは……いや、僕は、破壊神の真似事をしていたから。いつの間にか性格も酷いものになっていた、よ」
「礼儀正しいのも良いですけど、少しヤンチャな言葉使いもドキドキしますw 格好良い……w」
「いや、その。参ったなぁ」
レイチェルがクエスの変化につっこんだが、彼女にそれを言う権利はあるのか。
『お前が言うな!』と叫びたい気分になるが、オレはあくまでも世話焼き人。
目的地の空域にたどり着くと、込み上げてくる言葉を飲み込みつつ、地上へと降り立った。
ここはヤポーネの大平原であり、花の神の管轄下だ。
レイチェルはここで100年の間、見習いとして神の作法を学ぶらしい。
あのドジッ子の下に付けることがなんとも不安だが、ヤポーネの決まり事にオレが口を挟むのも筋が通らない。
むず痒さを残しつつも、2人とはそこで別れた。
これにて役目は完了だ。
それは陽明も認識は同じようで、解放感からか大きく背伸びをした。
「いやぁ、助かったぜ。さすがは月明の認めた男。これはオレもあんちゃんを認めない訳にはいかないなぁ」
「ありがとよ。だったら名前くらい覚えとけ。ライルだ」
「おう。豊穣の森の魔王ライルだな。しっかり覚えておいたぜ」
「オレは宿に帰る。今ごろはみんな寝てるだろうがな」
「そうかい。こっちは冥界に戻るよ。イババラキと酒でも呑んでるさ」
「程々にしとけよ。じゃあな」
「また会おうぜ!」
そうして一人になったオレは、宿へと戻った。
もうかなり遅い時間だ。
部屋は灯りすらついておらず、誰もが眠りについていた。
オフトンという寝具が敷き詰められる中で、オレは泥棒になったようにして、足音に神経を払いつつ奥へと進んでいった。
すると、部屋の端にミニテーブルがあることに気づく。
その上には1人分の、いまだ手付かずの料理があった。
「残しておいてくれたのか、良かった。てっきりエリシアあたりに食われてるもんだとばかり……」
腰を降ろし、ハシを握りしめ、遅すぎる晩飯を食べることにした。
冷えきったコメにミソスープ。
これが割りと不味い。
本来は湯気とセットで食べるものだからか。
生魚の切り身はまぁ、ぼちぼち。
ショーユのタレに良く合う。
そして肝心の塩テンプラ。
これがどうにも辛い。
サクッとカリカリしたものと聞いていたが、目の前の物は全くの別物だった。
シンナリとして、油がベチャッとまとわりつくような食感が食欲を奪っていく。
あらかじめ期待していた分、ダメージが結構大きかった。
代わりの食事をお願いしようにも、今は夜更け。
起きている作業者なんか居やしない。
「……陽明の酒盛りに顔を出してこようかな」
そんな呟きが漏れるくらいには、侘しい想いになる。
だが、今日のオレは良い仕事をした。
世界の脅威と悲劇をひとつ解決したのだから、その達成感だけで満足すべきだろう。
明日の朝は目一杯食おうと誓いを立てて、眠りの世界へと落ちていった。




