3ー64 草を司る神
かつてモコに見せられた映像を思い出す。
清楚で、華も恥じらうような、可愛らしい少女の姿を。
そして、生涯一度も愛する人の名を呼ぶことができずに、非業の死を遂げた少女の最期を。
その人が目の前で延々と啖呵を切っているのだから、世の中ってのは複雑怪奇だと思った。
「つうかよぉ。アタシは別に悩んでねぇの! シンプルに生き返らせろと言ってんだろ耳垢詰まってんのかコラ!」
「何度も言ってんべぇ、それはダァメだってよぉ。オメェもわかんねぇ子だなぁ」
「あんだと!? じゃあアタシから話す事はないね! とっとと消えな!」
「ヘソを曲げねぇでくれっか? オメさんのせいで、オレもアチコチから怒られて辛いんだよぉ」
「そんな事は知らないね! あの人が来るか、生き返してもらうか。そのどっちかが叶うまで1歩も動かないよ!」
どうやら待ち人というか、会いたい人が居るらしい。
それが誰なのかは考える必要も無いだろう。
「クエスに会いたいのか?」
オレがそう言うと、レイチェルは跳び跳ねる程に驚いた。
そしてすぐにオレに飛び付いた。
「アンタ、あの人の事を知ってんのかい?」
「まぁな。何というか……腐れ縁だ」
「だったら解るだろう? 会いたくて堪らない気持ちがさ! アタシがヘマやったせいで、あの人は今も苦しんでるんだよぉ……」
「そうだろうよ。心痛のあまり、今じゃすっかり別人のようだ」
「魂が死後の世界に運ばれる時にさぁ、聞いちまったんだよ。あの人の泣き叫ぶ声を。あんなに哀しくて辛そうな声は耳にした事が無いよ。なぁ、頼むよ。生き返りがダメってんなら、せめて一目だけでも合わせておくれよぉ!」
小さな両手がオレの腕をつかむ。
見かけ通りか弱い力だが、必死さがヒシヒシと伝わってくる。
この子はただクエスの事を思う一心で、延々と待ち続けたのか。
来る日も来る日も堪え忍び、かれこれ何百年もの気が遠くなるほどの時間を費やしたというのか。
確かにこれは『鉄拳制裁』などで片付けて良い問題じゃない。
どうにかして力を貸してやりたい所だ。
「なぁモコ。何か良い方法を知らないか?」
「ニュワァン」
オレがモコを見ると、モコは陽明の方を見た。
陽明も慌てたように隣を見るが、そこには誰もいない。
「おい陽明。何か知ってんなら教えろよ」
「うーん、いやぁ。どうかなぁ……」
「非協力的だな。月明に言いつけてやろうか」
「……付喪神だよ」
「ツクモガミ?」
「物に宿る神様だ。死者を宿らせるってのは本来ご法度なんだけどね、不安定で暴走しやすいからさ」
「じゃあ、手だてがあるんだな?」
「やってやるよ。その代わり、コイツが問題起こしたらあんちゃんが責任とれよな」
「わかった。約束する」
陽明はオレから言質を取ると、懐から一枚の紙を取り出した。
しばらくの間、頭や尻を乱雑に掻きつつ手の物と睨みあっている。
ツクモガミというと、鎧やら花の神みたいな存在になるのだろうか。
だとしたら本人はもちろん、不老不死であるクエスにとっても願ったり叶ったりという事になるのだが。
「ええと、今空きがあるのは……馬糞の神かな」
「えぇ……。それは酷いんじゃないか?」
「ダメかな? 馬のお通じを司る仕事なんだけど」
「お前な、この子は悲惨な人生を歩んできたの! しかも悲恋なの! ウンコの神様で復活なんかさせたら、コイツのツレが怒り狂うぞ?」
「ううーん。そう言われてもなぁ」
ツレとはもちろん『揺るがす者』だ。
あの野郎を心底怒らせたとしたら、世界中で甚大な被害を出してしまうだろう。
甦れれば何でも良い、という訳ではない。
「じゃあさ。借用書の神は?」
「うん、うん。悪くは無さそうだが」
「デメリットとしては、金に汚い人格になる。恋どころか、他人全てがゴミカスだと認識するようになるな」
「お前わざとやってんの!? 悲恋だって言ったじゃん、それじゃあ心の傷に塩塗ってるようなもんだろ!」
「そんな事言ってもしょうがねぇだろ! 人気どころはすぐに埋まっちゃうの! こういうヤベェ役回りしか空いてないんだよ!」
陽明が紙を見せつけてくるが、彼の言葉に嘘は無かった。
空いている枠は他に夜泣き、寝冷え、油虫に伝染病といったものしか残されていない。
……この中から選べと言うのか。
一応レイチェルに確認を取ったが、彼女は話に付いて来れてないながらも、ハッキリと難色を示した。
さすがに『夜泣き』を巻き起こす神様になるなんて、躊躇う方が普通だろう。
馬糞や伝染病はもっての外。
早くも暗礁に乗り上げてしまったようで、目の前が暗くなる想いだった。
「……なぁ陽明! ここに書いてある『草の神様』ってのはどんな役目だ?」
「それはあらゆる草の成長や促進を担う役目だぞ。すげぇ地味だし、面倒だからオススメは出来ないな」
「レイチェル。これならどうだ?」
「あ、あぁ。クソだの病気だのに比べたらずっとマシだ。それで頼むよ」
「お嬢ちゃん、本当に良いのかい? 1度神様を始めちゃうと、初回契約では1000年間は途中で辞めらんなくなるよ?」
「でも、また地上に戻れるようになるんだろ?」
「それは保証する。現にオレも向こうと行ったり来たりしてるし」
「なら問題ねぇよ。やらせてくれ!」
「あいよ。んじゃあ眩しくなるから目を瞑ってな」
陽明がレイチェルの頭に手をかざすと、辺りが光輝いた。
暗がりの冥界では暴力的に感じる程に強烈なものだ。
その目の痛みに慣れて来た頃、再び暗闇が戻る。
どうやら儀式が終わったらしい。
目の前には、装いを改めたレイチェルの姿があった。
白地に緑の縁取りの服はヤポーネ仕様だが、なかなかに似合っていた。
「こ、これで……アタシは生き返ったのか?w」
「うん、そうだよ。今じゃ立派な神様の仲間入りさ。よろしくな」
「じゃあさ、またクエスに、地上の人に会えるんだな?www」
「もちろんだ。でも私用は程々にしてくれよ。草の神ってのも結構忙しいからさ」
……何だろう。
彼女は普通に話しているハズなのに、上機嫌に喋っているだけなのに、妙に心がザワつくのは。
不思議と小バカにされたというか、嘲笑われたような気分になる。
「よしよしw これで冥界ともオサラバだねw 早いところクエスのとこまで案内頼むわwww」
「お、おうよ。任せろ」
2人を引き合わせても良いのか、ほんの少しだけ不安が残る。
だがオレの気持ちを汲み取られる事はなかった。
帰りは陽明の手によって、豊穣の森へと戻されてしまうのだった。




