3ー62 兄と妹のセイセン
トントコトン、トントコトン。
小太鼓を先頭にして、とある一団が街中をゆっくり歩いている。
その手にはチョウチンを持って。
辺りはすっかり日が沈んでいるので、そうして寄り集まった灯りが随分暖かいものに感じられた。
トントコトン、トントコトン。
そのどこか調子ハズレというか、妙に軽い音も楽しげだ。
今宵のイベントは厳かな物とは違うらしい。
事実、道の端から一行を眺めている観衆も、ワイワイと雑談のかたわらに眺めているのだから。
この空気感。
何となく月明の人柄を思い起こさせる。
「チョウチンって初めて見たけど……随分綺麗ねぇ、ボワっと光ってて」
「剥き出しの火とはまた違いますよねー。そこに風情があるというか、味わい深いというか」
「ほえぇ……きれーい! みんな、どこへいくの?」
「丘の上にあるジンジャ……神様が住む家に向かってるそうだ。追いかけてみるか?」
シンディの答えはもちろんイエス。
口で言う代わりに、全力のジャンプで返事をした。
なので、オレたちはチョウチンの集団の後を付いていった。
ちなみに観衆の動きは様々で、同じようについて行く人たち、通りや建物の窓から酒を片手に眺める者たちと、思い思いに楽しんでいるようだ。
決まり切ったしきたりが無さそうで、異国人のオレたちも気軽に参加できると言うものだ。
そのまましばらく歩き、緩やかな坂を登っていると、トリイを潜っていった。
そこでは真ん中を歩いてはいけない。
家主である月明が怒るそうなのだ。
ちょっとばかり神経質だと思う。
「おや、流れが止まったね。どうしたんだろう」
「兄様。私の背では奥まで目が届きません。どんな様子ですか?」
「僕も同じさ。全然見えないよ」
「おとさん! みたい、みたい!」
「おうよ、しっかり掴まってな」
左右の肩に3人を乗せ、大木の枝まで飛んだ。
ここからだと先の方まで見ることが出来た。
それで先頭集団だが、終着点に着いたようだ。
奥の建物の前で平伏して、ジッとしたまま動かない。
すぐ後ろに居並ぶ人たちも全員がチョウチンを地面に置き、地に頭を垂れている。
「みなのもの。大義であるぞ」
戸が開き、威厳と慈愛を織り混ぜたような声が聞こえた。
そこから姿を表したのは月明だった。
いつもの華やかなキモノではなく、白を基調とした格好をしている。
太鼓を叩いていた男が黒いトレーを月明に手渡す。
そこに乗せられているのは、イネの束とサカヅキだ。
そしてゆったりとした動作で戸の奥にしまわれ、再び月明は手ぶらの姿で現れた。
「我が兄である太陽神は、今もなお冥界にて悪神の討伐中じゃ。しかし恐れるでない。必ずや勝利を収め、世界に平和をもたらすであろう!」
街の人々がより深く頭を下げる。
驚かない所を見ると、周知の事実らしい。
だがオレは初耳だ。
冥界?
悪神?
一度だって聞いたこと無い。
唯一心当たりがあるとすれば『揺るがすものクエス』だが、あいつは豊穣の森で眠りこけている最中だ。
となると『消し去るものディストル』って事になるのか。
「今宵は存分じゃ。みなのもの、真に大義であった。各々体を休め、また明日からの生業に精をだすのじゃ」
その言葉を聞くなり街の人たちが一人、また一人と帰っていく。
ヤジ馬なんかはもっと露骨で、神前にも関わらず、談笑しながらだった。
月明は特別『不遜じゃ!』と怒る様子はない。
ただ成り行きを静かに見守っているだけだ。
そして、辺りから人が消えた。
こうなると驚くほどに静かだ。
屋内へ立ち去ろうとする月明を呼び止め、みんなを連れて顔をだした。
「おつかれさん、月の神さん」
「おお、魔王殿。よう来てくれた」
「お前に兄が居たんだな。しかも太陽の神様ってんだから、それらしいよな」
「う、うむ。まぁそうかのう」
「ところで悪神って何の事だ? ヤバイやつなのか?」
「う、うむ。まぁそれなりに……じゃな」
月明が言葉を濁し、視線は逃げ場を求めるかのようにアチコチをうろついた。
もしかすると劣勢なのかもしれない。
「なぁ、遠慮するなよ。お前にはいつも助けられてるからさ。たまには恩を返させてくれよ」
「いやいやいや! そんな大袈裟な話ではないのじゃ! ほんともう下らぬもので!」
「下らない訳あるかよ。月明、ちゃんと考えてるか? 判断ミスひとつで大勢の人が路頭に迷うことだってあるんだぞ?」
「……酒盛りじゃ」
「うん?」
「兄は今、冥界で酒を呑んでおる。その悪神というのは妾の幼馴染みじゃ」
「ええ? でも討伐がどうのって?」
「戦も、悪巧みも何も起きてはおらん。性質の悪いヤツらがたむろってるだけじゃ」
「だったらさっきの演説は何のために……」
その時、空のほうから笑い声が聞こえてきた。
始めは遠く、やがて近く。
みるみるこちらに向かって迫ってくるバカ笑いは、底抜けに明るいもので、夜の静けさを切り裂くような騒がしさだった。
そして愉快な声の主は月明の真ん前に着地。
若い男だが、ただ者では無い雰囲気だ。
特に背中にある剣からは、冷や汗が吹き出るほどの威圧感がある。
「月明ぃ! 今帰ったぞぉー!」
「兄上! なぜ戻られた! 大人しくしておれと申したではないか!」
「つれない事言うなよぉ。今日はオレを祝う日なんだろぉゲェェエフッ!」
「臭い! 肉親が世捨て人よりもクッサイ!」
お兄ちゃん到来……らしい。
僅かなやり取りで察してしまった。
嘘をついてまで太陽神を隠そうとした理由について。
恐らくヤポーネ屈指に偉い神様がこれでは、示しがつかないというもんだ。
「愛する月明ちゃんがクサイクサイ言うから、風呂入るか。お兄ちゃんと一緒にな」
「ふざけるでない。そのような真似を誰がするか!」
「んでその後は一緒の布団で寝んの」
「その失言は酔うておるせいじゃな? そうであろう? そうだと申せ」
「だいじょぶだいじょぶ。これはヤラしくない……健全なアレだから」
「ああもう……話が通じぬ!」
とことんマイペースな兄ちゃんだこと。
2人の関係性は、アーサーたちのと真逆みたいに見える。
大きな違いと言えば、ツッコミ役の疲弊具合だろうか。
不意に太陽神が振り向いた。
その目は真っ先にオレを見た。
「そういやアンタら。お客さんかい?」
「まぁ、そんなところだ」
「オレは陽明ってんだ。可愛いキャワイイ妹が世話になっているようだな」
「豊穣の森の魔王だ。こちらこそ月明には世話に……」
「魔王だと!?」
絶叫とともに陽明が剣の柄に手をやった。
僅かに刃が見えただけで、恐ろしい魔力が飛び出した。
目の前に太陽でもあるかのような、莫大なエネルギーだ。
すかさず皆を後ろに匿って迎撃態勢に入る。
「テメェ……よくも大事な大事な大事な大事な妹に手を出しやがってぇ! 死ぬ覚悟は出来てんだろうな!」
「まて! 手を出したって何の事だ! それはお前の思い違いだぞ!」
「んな訳あるか! その証拠はこれだ、ここにはかつて月明がマメに書き続けた、一冊の日記がある!」
「なっ!? 兄上がなぜそれを!」
「こんな風にかかれているぞ。愛しき異国の魔王様。そなたの逞しき腕に力強く抱かれたならば、妾の未熟な魂は……」
「やめろぉおーーッ!」
今度の絶叫は妹の方からだ。
そして制止の声だけにとどまらず、拳打の雨あられが浴びせられた。
こめかみ、アゴ先、眉間にみぞおち。
全てが急所に命中し、陽明は堪らずよろけてしまう。
「やめ、やめて! 月明ちゃん! お兄ちゃん死んじゃうよ!」
「死ね! この程度で死なぬのは知っておるが、死ねぇぇ!!」
最後は渾身の力を込めた蹴りが見舞われた。
それにより、夜空に向かって陽明が飛んでいった。
逆走する流れ星のように。
「はぁ……はぁ……」
「月明さん? あなたはライルの事が好きだったの?」
「あ、いや、その!」
彼女の受難は終わらない。
今度は我が家の3人と渡り合わなくてはならないのだ。
兄が盛大に我が家のタブーに噛みついたせいだ。
「ち、違うぞ! 奥方を押し退けてまでとは考えておらぬ!」
「本当ですかぁ? 怪しいもんですね」
「こういうタイプは一途。ちょっとやそっとじゃ諦めない」
「信じてくれ。妾は何と言うか、2番目! たまにの女で十分なのじゃ!」
「まぁ、2番目くらいなら良いかしら」
「そうですね。私の次で我慢するなら」
「意外とわきまえてる。私より下で良いなら歓迎する」
オレの意見を無視して、女連中で謎取引が行われた。
一言くらいオレに聞いても良いじゃないか。
どこか渇いたようなため息がこぼれた。
すると、そんなオレを気遣ったのか、アーサーがポツリと言った。
「ちゃんと相手を決めないライルさんも悪いんだよ」
それは正論だった。
でも正しき意見が世の中でまかり通らない事を、若すぎる彼はまだ知らないのだ。




