3ー61 異文化は理解が難しい
「シンディ様のご活躍は想定を遥かに上回っております。プリニシアでは山火事のごとく獣人への傾倒が広がりをみせ、それがとうとう武装蜂起へと至りました」
我が家の朝飯時に『イタリマシタ』とか言ってるのは、もちろんクライスだ。
この遠慮のなさ……コイツは根っからのクライスだと思った。
「派閥にも大きく影響を与えております。かつては優勢だった親グラン派ですが、凄まじい勢いで鞍替えをしております。亜人弾圧など叫ぼうものなら、今や領主と言えども首が飛びますからな」
「そりゃまた……地図を書き換えなきゃなんねぇわ」
「一方で国王派……すなわち亜人融和派ですが、コロナや我らの後ろ楯を得て、求心力を大いに高めております。北方を支配する亜人同盟とも和議を結んだなら、グランをも圧倒することが出来ましょう」
「ふぅん。じゃあオレらが今すべきことは?」
「国力を養い、機を待つことです」
「わかった。ならオレたちは、これからヤポーネまで視察に行ってくる。数日で戻るからな」
「承知しました。初めての同行となりますが、よろしくお願いします」
「ダメ。お前は留守番」
「えっ……」
クライスがすかさず床の上を転がる。
その動きは駄々っ子を遥かに凌ぎ、生命の危機を感じた虫のようだ。
だが、どんなに頼まれても許可は出さない。
何せコイツは来週から長期休暇に入るからだ。
期間はドドンと20日間。
国家元帥とは思えない大型休暇も、本人の強い要望によってどうにか予定に組み込んだのだ。
だから休暇を迎えるまでは、ミッチリと尻毛が枯れ果てるまで働いて貰わなくてはならない。
どう諭しても聞かず、オレたちが旅立つ瞬間まで泣き喚いていたが全てを無視。
一家揃ってヤポーネまで飛んでいくだった。
港に着くと、見知った顔が出迎えてくれた。
鎧の神だ。
いつも現れる月明の姿はない。
「賓客、ようこそ参られた! 存分に楽しまれて行かれよ」
「久しぶりだな鎧。元気だったか?」
「魔王様、お久しゅう。月明様は祭りの準備の為ここには居られぬが、明日まで滞在いただければお目にかかれよう」
「へぇ、何かイベントでもやるのか?」
「月明様の兄君であらせられる、太陽神様を奉るものでござる。夕暮れ、街中で執り行われるので、本日はあまり遠出をなさらん方が宜しい」
「だってよ。みんなどうだ?」
周りをグルッと見てみるが、反対意見は出なかった。
何せ今回は行く宛の無い旅行なのだ。
たまには異国の街でノンビリと過ごすのも良いだろう。
幸いにも宿は街のど真ん中にある。
こちらに不都合は何も無かった。
「じゃあ鎧。オレたちは適当に時間を潰すから、仕事があるなら行っていいぞ」
「ムッ……何ゆえそれをご存じで?」
「手がずっとソワソワしてたぞ。遠慮すんなよ」
「ハハッ。これはお恥ずかしい。ではお言葉に甘えまして、御免!」
鎧は深々と頭を下げると、その場から消えた。
オレたちはそのまま街の大通りへと歩いていった。
「うわぁ、すごいの! おみせやさんがイッパイなの!」
「見慣れないものばかりです。この国は本当に面白い所ですね!」
「ねぇ見てよ。あそこの木彫り細工、びっくりするくらい精巧だよ?」
子供たちは歓喜の声をあげた。
右の店から左の店と、落ち着きなく駆けずり回っている。
普段は修行僧のように落ち着いているアーサー兄様でさえ浮かれてるんだ。
シンディやミアの興奮が凄まじいのも頷けるというもの。
イベント日だからか、現地人よりも観光客の多さが目立つ。
人属だけでなく、獣人のだって珍しくはない。
ここではいがみ合う事もなく仲良くやれているようだ。
オレの理想とする世界の一端が、既にヤポーネでは実現していたのだ。
ーー大判焼き、ふんわり美味しい大判焼きはいかがぁ?
ーー寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ヤポーネ名物の納豆なら、ウチが一番だよ!
呼び込みの声も激しい。
かきいれ時とばかりに活気の良い声が方々から上がっている。
それが子供たちの足運びに拍車をかけるのだ。
「お父さんたちはここで休んでるから、遊んできて良いぞ」
「わかったの! いってくるの!」
「あんまり遠くへ行くなよー」
「はぁーい!」
子供たちには銅貨5枚を持たせている。
あれこれ食べたり遊んだりする分には十分な額だろう。
「さて、ライル。私たちはどうするの?」
「ひょっとして酒池肉林やっちゃいます? 欲望の赴くままに貪りあいますか?」
「それは良い。すぐやろう今やろう、人目に触れるこの場所で存分に絡まり逢おう」
「んな訳あるか。飯でも食いに行くぞ」
すぐ近くにある食事処へと入っていった。
オーダーしたのは冷たい麺。
器の小分けされたタレを付けて食べるんだが、喉ごしが良くてすぐに平らげてしまう。
揚げた魚も旨かった。
緑色の塩をかけろと言われ、言葉通りに試したが、これがまた絶品だ。
お茶の葉を使っているのだそうだ。
これは貴族向けなどではなく、庶民が日々食べるものらしい。
充実の食環境を羨ましく思う。
差し出された茶も美味い。
地元で飲む紅茶と似た色味のものだが、味は全然違う。
ちなみに今日初めて飲んだエリシアは、メンフクロウの様な顔をして驚き、周りから爆笑を取ることに成功していた。
「こうやったノンビリ過ごすのも……なんだか久しぶりねぇ」
「そうだな……うん? 何だあれ」
街行く人たちが見慣れない物を手にして歩いていた。
それは木の先に布のような袋を括り付けていて、布の方には文字が書かれているようだ。
幸い、すぐそばでその布を開いている人が居て中を覗けたが、どうやらロウソクを入れるものらしい。
きっとランプのような道具だろう。
「灯りねぇ。そういや昔来たときに、ちょっとした偽情報を掴まされたっけねぇ」
「ふ、ふぅーん。ありましたっけねぇ、そんな事が?」
「トーロウの事をトーフだとか言ってたな。あのしたり顔は忘れようも無いぞ」
「まぁ、あん時は幼すぎましたからねぇ。でもアシュリーちゃんは学びましたよ! トーロウ! この国では灯りをトーロウと呼ぶのです!」
「じゃあ、向こうの人が持ってるのもか?」
「当然ですよ! 今日のイベントの為にトーロウを各地から集めてるんですよ!」
その時、店の奥から声がした。
たぶん主人のものだろう。
ーーおおぃ、提灯どこだぁ?
ーー父ちゃん。そこの物陰にあるってば!
ーーおおっとこんな所に。いけねぇいけねえぇ。
そんなやり取りを経て、主人が『トーロウ』を手に外へ出ていった。
これまで見た物と同じ道具を持って。
「チョウチンって言ってたな。今の」
「そんな……どうして名前が違うんですか! 全部トーロウって呼べば良いじゃないですか紛らわしい!」
「そうは言うが、今のはマシな方じゃないか。通りを見てみろよ」
「通りぃ?」
指差した方には、いくつもの簡易店舗がひしめいている。
この位置からでも物珍しい品々を見ることができた。
「あそこの店あるだろ。オーバン焼きってのを売ってるらしい」
「そうですか。そんな掛け声ありましたね」
「その反対側の店を見てみろ」
「ええと、同じもの売ってますね。ライバル関係ですか」
「あれはイマガワ焼きっていう、別の商品だそうだ」
「ハァ!? どうして名前が違っちゃうんですか! おんなじ物でしょうに!」
「呼び方に思い入れがあるんだろ、知らんけど」
「わっかんねぇです。ヤポーネ人がわかんねぇです」
「ちなみに大豆ってあるだろ? あれが腐るとナットウっていう名前になるからな」
「はぁーー!? わっかんねぇよ! ヤポーネ人んんん!」
よほど驚愕したらしい。
そのままアシュリーはメンフクロウの顔になってしまった。
羽が生えてる分、エリシアよりも再現度が高い。
「んーー。何よ2人とも、面白い顔をして」
「ほんとだよ。つうかエリシアはそろそろ戻れっての」
「せっかくだから私もやろうかしら」
「お前は何でだよ」
気がつくとフクロウ面が3人。
オレは何が楽しくて、この場で茶を啜ってるんだろう。
いっその事独りで散歩でもしてくるか?
そう思っていると、子供たちが全員帰ってきた。
みんな頭にキツネのお面を被っている。
「みてみて、おとさん! カワイイでしょ!」
「魔王様、私は本日より半人半妖の手下として……!?」
「……ねえ、ライルさん。なにやってるの?」
オレが今何をしているのか。
そして何故こんな目に遭っているのか。
悪いが、こっちが知りたいくらいだ。
収穫のお面を自慢しに来た3人だったが、この精巧なフクロウ面を見ては形無しだ。
それでも機嫌を損ねる事はなかった。
シンディもミアも揃って、腹を抱えて笑い転げ続けた。




