3−59 お父さんは許しまへん
翌日、再び劇場へと足を運んだ。
今回通されたのは舞台の方ではなく控え室だ。
ドアをノックしてから問いかけた。
「レジスタリアのライルだ。入っていいか?」
すると返事の代わりに、椅子を引く音やら何かを落とす音やら、途端に騒がしくなった。
「はぁい、今開けまーす。っていうか、ちょっとどいてよ! 通れないじゃない!」
「えー。今メイク中ー。アンタが遠回りして」
「じゃあキイヤ、自分が一番近いんだから出てくれてもいいでしょ!?」
「イヤでーす。アンタが受けた依頼でしょ」
なにやらケンカが始まったな。
これは入りづらくて敵わん……、などと思っていると、ドアが少しだけ開いた。
隙間から取り繕ったような笑顔が覗いている。
「アハハ、お待たせしましたぁー。どうもキラリーヌでっす!」
「お、おう。忙しいなら後にしようか?」
「いやいや今が一番時間取りやすいの! だからどうぞ、遠慮しないでいいわよ!」
「じゃあお邪魔しますっと」
通された部屋はそれなりの広さだが、雑然としていた。
部屋の端には色鮮やかな衣装が雑然と積み上げられ、部屋の中央には不釣り合いな程巨大なテーブル、そしてその上には書類やら食べかけの料理やらが無闇無造作に置かれている。
狭いというよりか散らかっているという印象しか受けない。
オレ含めて3人しか居ないとは思えない程の圧迫感があった。
「どうぞいらっしゃい、空いてる席にどうぞ」
空いてる席と言われても、実質ひとつしかない。
他の席は衣装やら見慣れない楽器が置かれていて、来客を拒むように陣取っているからだ。
「ええと、クライスから話は聞いてるよな?」
「もちろん。ある獣人の女の子をモチーフにした歌を広めて欲しいんでしょ? インスピレーションが必要だから、本人に会いたいんだけど、今日は来てるの?」
「連れて来てるぞ。シンディ、ちょっとこっち来てくれ」
「お、おじゃましまぁす」
「紹介するぞ。依頼した女の子で、オレの娘でもあるシンディという……」
「ギャァァアア! かんわいぃいいッ!」
突然キラリーヌが天井間際まで飛び跳ね、バカでかいテーブルを越え、シンディの目の前に着地した。
そして許可すら取らずに抱き上げ、頬ずりを始めた。
「あぁああ超たまんねぇ。髪も耳もフワッフワやん、これで黒パン3個はいけらぁ」
「なにが黒パンだ。放せよオイ」
「あーほんとカワイイ! この子に似合う衣装はどこにやったっけ!」
シンディを放した瞬間、今度は逆方向に跳ねた。
そのまま頭から衣装の山にダイブ。
それからモグラが地面を掘るように、膨大な服の中へと潜り込んで行った。
飛び回る色とりどりのスカートやら上着やら。
しばらく成り行きを見守っていると、プハァという声とともに、地上に顔を出した。
「シンディちゃん、これ着てみて!」
突然の着替え宣告だ。
それにはシンディはもちろん、オレまでも戸惑うが。
「シンディ。悪いが着てもらって良いか?」
「う、うん。わかったの。きてみるの」
シンディがおずおずとキラリーヌの側に近寄ると、神業のような素早さで着替えさせてしまった。
左手だけで服を脱がし、右手だけで着せてしまうという謎技術だった。
変人の知り合いは変人しか居ないのだろうか。
「ほらほら魔王さん。見てごらんよ、カワイイでしょう!?」
「おとさん。これ、かわいいの?」
「あとは頭にこれ乗っけてね」
着せられたのは3段フリル、薄ピンク色のドレスで、袖と裾の端には純白のレースが縁取られている。
そして追加で頭には載せられたのは、銀色の小さめなサークレット。
この姿がどうかって?
可愛い美しい女神かと思ったに決まってんだろ!
「メッチャクチャ可愛い。いやほんとお姫様か妖精かと思った」
「でしょでしょ? これは久々にキテるわよ!」
「キテるってなんだよ?」
「ねえシンディちゃん。あなたアイドルに興味はない? みんなの前で歌って、元気にしてあげるお仕事よ?」
「おい待て! それじゃ話が違うだろうが!」
「まぁまぁ落ち着いて。私が代理で獣人の良さを歌うよりも、本人の可愛さを広めた方がずっと効率が良いってば。どうかな、シンディちゃん?」
「シンディにアイドル、できるの?」
「もっちろんよぉ、すぐにみんなが夢中になるわよ!」
少し不安になったのか、シンディが開け放たれたドアの方を見る。
そこには微笑みを浮かべるリタの姿がある。
オレはリタに念を送った。
言外に『反対しろ』と伝えたつもりだ。
すると気持ちが通じたのか、リタは小さく頷いた。
「シンディ、人生は一度きりよ。やりたいなら応援するから、頑張って」
「おいぃ! 今何で背中を押したんだよぉぉ!」
「あらぁ……読み間違えたかしら? でも憧れてるみたいだしねぇ」
「ダメに決まってんだろ! シンディは花屋さんとか、素材屋さんの看板美少女くらいのポジションで……」
「やるの! シンディはアイドルやるの!」
「本当!? じゃあ早速練習しましょ! 今日は記念すべき日になるわよ!」
「ああああぁぁあああ!」
娘の絶対神たる言葉は聞き入れられず、2人はステージへと消えていった。
失意に崩れ落ちる父を残して。
真剣で、そしてどこか楽しげな様子のシンディを見るに、もう後戻りは出来そうにない。
「ライル。子供っていうのはね、いつかは親の手元から離れるものなのよ」
「リタ……。少しは考えろよ。今の世は獣人差別が激しいんだぞ。そんな中で飛び出してみろ、ひどい結果になるのは目に見えてるじゃねえか」
「そうかしら? プロの目から見てイケるって太鼓判が貰えたんだから、大丈夫じゃない?」
「まぁいい。ブーイングの1つでもしようものなら、観客全員をケシズミにしてやるまでだ」
「ライルって唐突に魔王っぽい発言をするわよね」
それからしばらくして。
キラリーヌから出演の知らせがきた。
昼公演の最後に、シンディをスペシャルゲストの形で登場させるらしい。
そして迎えた公演。
オレたちは昨日と同様に舞台袖に招かれている。
会場の方はというと、やはり超満員で、かなりの熱気に包まれていた。
こもりきった空気に、アシュリーが「臭い臭い」とうるさく、エリシアが「世の中そんなもの」と分かりにくいフォローを入れていた。
演目が1つ、また1つと過ぎていく。
歌詞は相変わらず残虐なもので、作中でトータル何人が帰らぬ人になったんだろう。
その頭数を数えるのをやめた頃、その時は訪れた。
「みんなー、今日は特別にメチャ可愛いゲストを呼んだからねー! シンディちゃんどうぞー!」
その声が響くなり、向こう側の舞台袖から硬い動きでシンディが現れた。
当然ながら相当に緊張しているようだ。
観客はというと騒めくばかりで、それが歓迎なのかが読み切れない。
オレはひとまず両手に十分な魔力を込める。
どんな些細な反発も許さないつもりだ。
だが、介入はまだ許されていない。
シンディの大事な初ステージを邪魔したとあっては、きっと彼女を怒らせてしまうだろうから。
もしかすると1週間くらい口をきいてくれなくなるかもしれない。
そう思うなり、僅かに冷静さが取り戻せた。
「はじめまして、シンディです。おウタがんばるから、きいてほしいの」
ここで観客が僅かにざわめきだす。
獣人か、獣人の子じゃないかと口々に漏らし出したのだ。
今のところ驚いているだけで敵愾心は感じられない。
命拾いしたな。
そうしている間に演奏が始まった。
それに続いてシンディによる、妖精の囁きよりも儚く、甘い歌声が響きわたった。
「♪ありさんキゾク、わんちゃんキゾク。どっちもエライ、どっちもスゴイ♪」
完全新作の歌だった。
彼女は頻繁にオリジナルソングを披露してくれるが、これは初めて耳にするものだ。
叶うなら最前列で聞きたい。
特等席に居座る観客の男を蹴っ飛ばして自分と入れ替わりたいが、その衝動にはなんとか耐えた。
「♪もっちゃもっちょ わっしょい どっこいしょ。ユウヒがころんで またあした♪」
歌が終わる。
観客の様子はというと、それまでの盛り上がりが嘘のように静まり返っている。
よし、不敬罪成立。
1人残さずに焼きはらおうとしたところ、突然会場が揺れた。
ーー可愛いぃぃいい!
絶叫だ。
声が裏返ったり枯れてたりして、どうにも聞き取りにくいが、確かにそう言った。
可愛い、と。
「みんなー、シンディちゃんは可愛かったカナー?」
ーーイェアアア!
「これからも会いに来てくれるカナー?」
ーーイェアアア!
ーーありさんさぁあんッ!
会場は沸きに沸いた。
ここまでの結果を見せつけられて、今更止めろと言えるだろうか否無い。
受け入れがたい現実を前に膝が折れる。
そんなオレの肩に手を置いたのは誰だったか。
その顔を見る余裕は無かった。
そしてエリシアが「世の中そんなもの」ともう1度言った。
うるせぇよ。
それからは度々、シンディはゴルディナで興行に参加するようになった。
そして少なくない金を稼ぎ、衣装が充実していった。
娘が煌びやかになるのは嬉しいが、それでも埋めがたい寂しさがある。
きっと、彼女の歌がオレだけのものでなく、皆のものになってしまったからだろう。
自然と枕を濡らす夜が増えた。
シンディの評判はすこぶる良く、瞬く間に大陸東部に広まったらしい。
当初の狙いからすると上首尾だと言える。
そんな成果を前にしても、オレだけのアイドルで居てほしいという気持ちに、一切の陰りを生み出さなかった。




