3ー58 アイドルというお仕事
ゴルディナの劇場は大盛況だった。
一階席も二階席も満員御礼。
まるで戦場を思い起こさせる群衆の数に、ただただ驚くばかりだ。
「んーー。凄い数ねぇ。しかも若い子ばかりだわ」
「なんか臭くないです? お風呂入ってない系の」
「空気がこもってるからだろ。汗の臭いってあるよな」
「ええ……? そういうのとは違うと思うんですけど。風呂入ってないだけなんじゃ?」
アシュリーの言う通り、中は凄い熱気だった。
大勢の人々が今か今かと開演を待ちわび、大声で叫び続けている。
野太い声がまた締め切った会場によく響いた。
野外会場だったり、壁や屋根が取り払われていればマシだろうが、今はそれらの全てを満たしていない。
「おとさん、すごいの! いっぱいいるの!」
「はわわわ……。ここに集うニンゲンどもの臓物を集めただけでも、だいぶ捧げ物が捗ります!」
「舞台裏に案内してもらえて良かったね。あの場所にいたら、シンディちゃんとか、窮屈な目に遇ったろうから」
オレたちが居るのは客席じゃない。
いわゆる舞台そでという、出演者側のエリアに招待されている。
アーサーの言う通り、客席に通されていたら大変な事になったろう。
シンディたちが蹴られでもしたら、観客全員をゴルディナごと焼き払うつもりだったからだ。
みんな命拾いしたな。
ーーキラリィィヌちゃぁあん!
ーーぎぃやぁあ! ギラリィぢゃぁぁあん! ぉおおあん!
「すげぇ叫んでんな。大人しく待てないもんかね」
「すっごい人気だからじゃないです? 風呂入る時間も惜しいほどに」
「ほんとかよ。どうしてそこまで熱中できるかねぇ」
ここまで人々を熱狂させる楽団とはどんなものか。
それは間もなく知ることとなる。
反対の舞台そでから、5人の少女が順々に姿を現した。
客席の方に向かって手を振り、微笑みかけたりウィンクしたりと色々な動きを見せたが、とりあえず全員が媚びている。
それから、ギターとかいう楽器を手に持つ。
5人がそれぞれ違う大きさのものを与えられているが、その差に何か意味はあるのか。
音楽に疎いオレには良く分からなかった。
「みんなぁー! 私たちに会いに来てくれてありがとぉーー!」
ーーキラリィぢゃぁあん!
最前列の少女が問いかけると、会場が揺れた。
重なる絶叫もすさまじく、こちらにもビリビリと振動が伝わる。
愛されるにしても程度ってもんがあるだろうに。
「じゃあ早速一曲目いくよー! 準備はいいカナー?」
ーーイェァァア!
「寂しい夜はー?」
ーー血反吐に溺れてぇえ!
謎の掛け声の応酬のあと、演奏が始まった。
どうやらこの場所限定のルールや合言葉があるらしい。
おじさんにはちょっと付いていけないなと思う。
「悲しくて、寂しくて、独りで眠れないのぉ」
ーーキュン! キュキュン!
「染まりたい、あなた色に、血溜まりの海の中でぇ」
ーー骨まで愛してぇ!
「引き裂かれたあなた、素敵な臓物あなた、不敵に笑うから」
ーーズッキュ、キュンキュン!
「資産家柄どれくらい? 手早く挙式あげちゃいましょう」
ーー相・続・人ナシ!
「夜半ごろ血濡れるナイフ、あなただけにワタシ染まりたい」
ーー全てを搾り引き抜いてぇぇえ!
ヤバイ。
詞の内容はボンヤリとしか伝わらなかったが、どう読み解いても危険物にしか成り得ないぞ。
こんなもの子供たちに聞かせたくはなかったが、随分と熱中してしまっている。
ここでお預けというのも可哀想だが……親としてどうするか悩ましい。
それからも楽曲は続いた。
雰囲気や詞の内容は全部ガラリと違うものだが、大抵が酷いもんだ。
とにかく流血が伴う。
必ず何人かが殺されてる。
そんな物語を延々と聴かされてしまい、公演が終わった頃には疲れきってしまった。
それはリタたちも変わらないらしく、元気なのはシンディとミアくらいのものだ。
「すごいのミアちゃん! おウタたのしかったの!」
「素晴らしかったですね! 言い回しも的確で、手に内臓の温度が伝わってくるようでした! しかもですよ、ああやって信者を集めれば、向こうから勝手に贄がやってくるのですよ!」
特にミアの感激っぷりが強い。
まぁ無理もないか、何せ彼女の世界観をまんま再現したような歌だった訳だからな。
生クリームのようにプルプルと体を震わせて、身震いするのも当然か。
……というか、オレはなぜ菓子に例えたんだ?
クライスかよ、気持ち悪い。
「それでライル。この後キラリーヌさんと打ち合わせがあるのよね? そろそろ向かった方が良いんじゃない?」
「うーん。ちょっと頭痛い。明日にでも変えてもらおうぜ」
「そう。なら一言伝えないとね」
リタが向こうと話を通してくれたが、特に問題は無かったらしい。
これからやる予定だった打ち合わせは、明日の昼前に変更だ。
とりあえずオレも頭を下げてから退室する。
良い汗かいたメンバーが「気にしないでいいですよー」と、晴れ晴れした顔で言ってたが
、どうにも態度が公演内容とそぐわないなと思う。
それからは宿に移動。
娘たちの興奮は覚めやらず、ベッドの上ではしゃぎ出す。
単純にじゃれるのに飽きると、シンディが歌いだした。
備え付けの木箱をステージに見立ててるんだろう。
間に合わせの舞台の上で元気いっぱいに声を張り上げた。
「♪アリさんのぼれ、アリさんおよげ、あのヤマのぼれ、水タマリおよげ♪」
「わぁすごい! とってもお上手ですよぉ!」
「ほんと? おねえさんみたいになれる?」
「成れますよ! ちなみにあの人たちは、アイドルっていうお仕事だそうですよ」
「アイドル? なりたい! シンディはアイドルになりたい!」
今の言葉には胸がざわついた。
なぜだろう、今日のようなイベントをシンディがこなす未来を想像したら、無性に腹が立ってしまう。
見世物になるのが嫌なのか、不特定多数の男どもに色目を使われるのが我慢ならんのか。
たぶん両方な気がする。
「では一緒にがんばりましょう! 大陸で一番のアイドルになるために!」
「がんばるのミアちゃん! いっぱいおウタうたうの!」
乗り気だ。
この娘たち乗り気過ぎる。
父親としては、もっと花屋さんとか、細工屋みたいな道を歩んで欲しい。
この熱意が一過性のものであれと祈りつつ、その日は眠ることにした。
ついでに頭痛も和らげと付け加えて。
翌朝。
シンディは珍しく早起きしていた。
いつもなら朝食ギリギリまで寝ているというのに、どういう風の吹き回しだろう。
「おとさん、おはようなの! きょうからあさは、おウタのれんしゅうするの!」
「……オッフゥ」
目覚めの一撃は重たかった。
笑顔でダメージを与えるなんて、かなりの高等技術だと思う。
2日続けてもたらされた頭痛に、アイドルという存在の業の深さを思い知らされてしまった。




