3ー57 悪評を覆せ
モコが見せたクエスの過去は、なかなかに考えさせられるものだった。
オレの知る世界は人族が横暴に振る舞っているが、あの時の世界は真逆だったろう。
だから悩む。
本当に正しい世界のあり方について。
人族に寄り添っても、獣人に片寄っても上手くいかない。
恐らく絶妙なバランスを保つ必要があるんだろう。
それが一向に見えてこない。
思い付くまで考えさせられる事になりそうだ。
まぁそんな真面目な気分も、アシュリーと合流したら薄まってしまったがな。
アイツ散々に飲み倒して、あちこちに吐きまくってイビキとセットに寝てやがった。
その時のモコの表情は忘れようもない。
味わい深い顔とはあんなのを指すのか。
そんな話はさておき、それからは帰宅。
相変わらず平和な森に我が家族。
そして、見計らったかのようにクライスが訪ねてくるのも、いつも通りだと思った。
「レジスタリアの内政はようやく安定しました。鉄の不足感は残るものの、食の安定供給が人心を安らげたのでしょう」
そんな言葉を偏食おじさんが言う。
常備している生クリーム入りボウルは尋常じゃない数に達していて、僅かな時間で空の容器が積み重なっていく。
お前はどうしたらその悪食が和らぐんだよ。
「プリニシアの件もお見事でございました。現在は国王派とグラン派の争いが激化し、対立が表面化しかけております。もうしばらく静観していれば、その溝は決定的なものになるでしょう」
「そうかい。オレたちが攻めるとしたら、連中が衝突した頃か?」
「そのように想定しています。それもグランの動き次第ですが」
「動向は?」
「静かです。薄気味悪くなるほどに」
この状況下で何も手を打たないというのは不自然に思えた。
何せヤツらにとって、プリニシアは大陸で屈指の同盟国であり、西部軍の防壁ともなる国だ。
そこでの政変による混乱だ。
一軍くらい派遣しそうなものだが、一兵も動かす気配がないとの事。
何か大きな企み事をしているのか。
それとも、今のグラン王家はバカばっかで、ボンヤリと遊び呆けているのか。
後者であって欲しいと思う。
「見えぬ物事に恐れていても始まりませぬ。ここはひとつ、我々に出来る事を片付けましょう」
「何かやれることがあるのか?」
「ええ。プリニシア以東に根付いている偏見をどうにかしたいですな」
「偏見? 何の事だよ」
「初代魔王アルフレッド様、並びにシルヴィア様の悪評にございます」
「……あったな、そんなのが」
今の瞬間まで忘れてしまっていた。
何の恨みがあるかは知らんが、オレの事はもちろん、妖精の化身たるシルヴィアたんたんまでもが悪く言われてるんだった。
そんな天に唾吐く振る舞いを見過ごすわけにはいかない。
全ての人間を洗脳してでも名誉回復させるべきだ。
上手くいかなかったら、東半分の連中を皆殺しにしよう。
「その風評ゆえに、いまひとつ我らに寝返りにくいのです。占領後について考えましても、イメージアップは必須となります」
「具体的に何しろってんだよ」
「こちらの方々と事前に話しておきました。これが資料となります」
「なんだこれ、センノー楽団?」
手渡された紙には『星納楽団 キラリーヌ』と書かれている。
活動場所はゴルディナ周辺との事だ。
「こういう時は芸能に頼るに限ります。かのものたちに歌を広めてもらえれば、状況は好転するでしょう」
「ふぅん。やってみる価値はありそうだな。効果はこいつらの知名度次第だが」
「少なくとも若者の間では絶大なる人気がございます。ご期待ください」
それを言うと、クライスは帰り支度を手早く済ませ、我が家を後にした。
ちなみに天井一杯まで積み上げられた空のボウルだが、スッと胸ポケットにしまいこんでいた。
謎すぎる収納術だ。
その日の夜、晩飯時にみんなに相談してみた。
ゴルディナの楽団を観に行くから、同行するかと聞いた。
すると反応は上々。
我が家の全員が参加を申し出たのだ。
「久々の遠出になるわね。しかも観劇だなんて素敵じゃない」
「劇は初めて観る。楽しみ」
「いやいや、この人たちがやるのは演劇じゃないそうですよ? 歌うばかりみたいです」
「おうたきくの! たのしみなの!」
特にシンディとリタが乗り気のようだ。
アシュリーとエリシアはそこそこって感じか。
みんな喜んでるようだし、提案して良かったと感じる。
「ミア、立派な歌を聴かせてもらえるんだってさ。嬉しいね」
「はい兄様。祈りの歌、贄の歌、断頭の歌……どのようなものか楽しみでなりません」
「そういうんじゃないと思うなぁ。もっと悩ましい恋とか、愛がテーマなんじゃないかなぁ」
「そうですね。私も逆賊どもの臓物には恋い焦がれてます。朝も夜もなく追い求めてます。これは乙女の恋心と断言しても過言ではありません」
「ミアちゃんよぉ。それは過言だぞ」
妖しく嗤うミアを見て、提案しなきゃ良かったと思う。
きっと向こうでは監視しなくてはならないだろう。
せっかくのステージをぶち壊しにしない為にも。
ヘソでクフクフと嗤う少女を眺めつつ、オレは小さくため息を漏らした。




