3ー55 恋に落ちた神様
場面は変わって外の景色が映し出された。
それまでの無色で殺風景なものから、青々とした大地、点在する村々などが見える。
文明度は今よりたいぶ原始的なものだが、それでも人々の営みを十分に感じ取れるものだった。
「これより僕らは世界に介入を始めた。多くの種族が暮らしていけるようにね。君は重要なエリアを安定させ、クエスは過剰な勢力を弱めさせるといった具合かな」
「お前やディストルは何をしていた?」
「僕は頃合いを見て新たな作物や生物を生み出し、ディストルは横暴かつ強大な個体を消していったけど……こっちは独立独歩という気楽な仕事さ。大変だったのは君たち2人だね。不眠不休だったんじゃないかな?」
「他人事みたいに言うのな。手伝いはしなかったのか?」
「……あっ。画面を見てごらんよ。君が数千もの獣人を追い払っているよ、すごいなぁ!」
「ごまかし下手かよ」
映像は人族の村を守りつつ、獣人の軍勢を追い払っているシーンだった。
そこにオレ以外のメンバーは誰も居ない。
クエスたちとは役割が違うため、介入するエリアも当然異なるからだ。
オレは当時、風前の灯火だった人族絡みの仕事ばかりで、クエスは対魔獣・獣人の作業が多かったようだ。
それらを長年続けていると、人々の間で認知度みたいなモノが生まれる。
人智を超えた力を振るう姿から、いつしか神の化身だと見なされるようになった。
「やがて君は人族の神。クエスは獣人の神として崇められるようになるよ。人族の守り神、そして荒ぶる大地の神の誕生だね」
「オレが……人族の神!?」
「そうだけど、どうかしたの?」
いつだったか、オレに楯突いたプリニシアの王とかが言ってたな。
人族の神がどうのこうのって。
アイツらは知らなかったとはいえ、その本人に直接喧嘩を売っていたという事か。
皮肉にしてもちょっと可哀想だと思う。
「この頃は仕事ばかりだったなぁ。20年を待つことなく、誰もが忙殺されるようになった。その中でも一番堪えていたのはクエスだね」
「アイツが? 優秀そうに見えたけどな」
「優しすぎたのさ。支配を揺るがすことが役目だったから、疫病に天災、時には自らの手で死をもたらす事さえあった」
「それは何つうか……辛い役目だな」
「この時の事を、僕は今でも悔やんでるよ。君とクエスは多くの人々と触れあう機会がある。それは即ち、世界の動乱に巻き込まれ、心が歪む危険性がある。その点にあらかじめ気づくことができなかったんだ」
「もしかして、お前がオレとつるんでるのは?」
「もちろん、君自身を安定させるためだよ。力を与えつつ時には道を示す。心身ともにサポートを承ってるのさ」
「それにしちゃあ、ついさっきまで眠りこけていた……」
「ほら見て。事件の発端が始まるよ」
画面は再び切り替わり、静かな湖畔が映し出された。
畔に腰を落とすのはクエス。
辺りに人の気配はなく、対岸に桶を持った人物が居るくらいで、独りで所在なさげに湖面を見つめている。
その横顔は憂いを抱いたように、暗い。
前に見かけた柔和な笑みなどはどこにも見られない。
ーーはぁ。お役目とは言え、辛いものですね。無抵抗な人々から幸福を奪うのですから……。
小石がひとつ、湖に投げ入れられる。
トポンという音が鳴り、水面には波紋が広がった。
それをクエスは他人事の様に眺めるばかりだ。
ーー本当の平和とは、何でしょうか。この大陸の正しき姿とは……。
再び小石が投じられるが、今度は魔力が込められたらしい。
静かな水面は大きく爆ぜて、辺りに水しぶきが舞い散った。
ーーあっ! しまった、つい!
この突然の出来事には対岸で水を汲んでいた人も驚き、倒れ込んでしまう。
クエスは慌てたようにしてそちらへ飛ぶ。
それから身を起こそうとして、手を差しのべた。
人族の女だ。
歳はおよそ18歳くらいだろうか。
ーー大丈夫ですか、お嬢さん。お怪我は?
少女は一言も口をきかず、差し出された手を掴む事もせず、1人で立ち上がった。
そして空の手桶を両手に持つと、そのまま森の奥へと駆け去ろうする。
ーーあぁ、お待ちなさい! あなたは水を汲みに来たのでしょう?
その言葉に少女が足並みを落とし、やがて止まり、ゆっくりと振り返った。
クエスは笑みを浮かべつつ手桶を受けとると、中を水で満たした。
それから両手で持ち、少女にこう告げた。
ーー驚かせてしまったお詫びです。こちらを私が代わりに運びましょう。そこまで案内していただけますか?
この申し出に少女は怪しがる。
それでもクエスの微笑みを信用したらしく、無言で森を歩き始めた。
舗装されていない獣道だ。
そこを少し歩いていくと、傾きかけた小屋に辿り着いた。
集落から孤立したような奇妙な立地だ。
ーーここで良いのですか?
その言葉に少女は頷く。
少し訝しがりながらも、クエスは桶を入り口付近に置いた。
ーーさて、これにて去りますが、お名前だけでもお聞かせいただけますか? 申し遅れましたが、私はクエスという者です。
名を聞かれた少女はやや俯きながら、首を横に振る。
それから少し寂しげに笑いつつ、口を片手で隠した。
ーーあなた、もしかして口が……?
今度は早めに首が縦に振られる。
彼女が頑なに無言で応じていたのは、仕方の無い理由があったのだ。
ーーそれは失礼しました。知らぬとは言えど、あなたを傷つけるような真似をしていたようです。
少女は首を横に強めに振って、入り口に置かれた桶を指差した。
それからニコリと笑い、丁寧なお辞儀をした。
その頭が上がると2人の視線が重なった。
互いに目を背けようとはしない。
まるで1枚の絵画であるかのように、身動ぎすらないままに。
そして本当に映像は止まったようで、やがて場面は暗くなり、画面から光が消えた。
「これが事の発端だよ。クエスは人族の少女と出会い、恋に落ちたんだ」
「まぁ、悲恋なんだろうな。100年生きられない人族の女と、不死で多忙な男だろ。共に暮らせる時間は長くない」
「そんな話で済むんなら、事態はもっとマシになったさ」
「どういうことだ?」
モコが再び壁をいじり出す。
そして再び画面には光が生じ、別の場面を映し出した。
「ああ嫌だ。僕はここからの記録を見るのが辛くてさ。出来れば2度と見たくないんだよ……」
「そこまで酷いのか。じゃあ映像なんか見せないで、口頭で伝えてくれよ」
「それはもっと嫌だね。君もさ、この悲劇を共有してさ、一緒に苦しもうよ」
「このクソ猫……!」
場面はクエスと少女が仲睦まじく語らうシーンだ。
前置きのせいだろうか、幸せそうなカップルの光景が酷く不吉なものに感じる。
そして、オレはこの後に知ることになる。
当時の世界がどれほど荒廃していて、クソッタレな時代であったのかを。




