3ー52 はじまりの洞窟
何百年かぶりに見た洞窟は随分と変わっていた。
と言っても、入り口が崩れたり建物が建ったりとか、そういう変化じゃない。
逞しく長ったらしいツタが何本も垂れ、苔がやたら広がっている印象を受けただけだ。
入ってすぐの場所に大きな変化は無く、かつてシルヴィアと暮らした日々を、うすボンヤリと思い出す程度には形を残している。
ーーここから全てが始まったんだ。
そう思うと感慨深くなるな。
ツレのせいで台無しだが。
「へぇー。ここが話に聞いてた洞窟なんですねぇ。いつぞや潜った坑道と比べたら、文明の跡もへったくれも無いですが」
「何だよ潜るって。そんな事までやってたのか?」
「そうですそうです。あれはアルフがポックリ死んじゃった後ですかねー」
「ポックリって言うな。つうかそろそろ降りちゃくれませんかね?」
「あーダメダメ。どこに敵が潜んでるか分かりませんからねっと♀」
「ポジショニング! コラッ!」
アシュリーは譲らない。
正面から向き合うことをガンとして譲らなかった。
おんぶで密着しつつ秘術を使うという案をだしたが、一顧だにせず却下された。
『そりゃダメですねぇ論外です。対面式じゃないと隠蔽率がアレなんで、そりゃもうメチャクチャにアレなんでアレ(♀)しましょ』だとか言う。
本当かよと思うが、確かめる術はない。
よって卑猥な姿勢のまま暗がりを行く。
「どうですどうです? こんな暗がりで美少女と密着だなんて。2・3本いっちゃいますか?」
「黙ってろトリ。清龍さんに清めてもらうぞ」
清龍は何故か撃てないがな。
何度試しても煙しか出ねぇ。
もしかすると、モコと再会出来てないことも関係してるのかもしれない。
ともかく奥へと進む。
「なーんか、あちこち崩れてんな。地震でもあったか?」
「ありましたねぇ、落盤事故。もうだいぶ昔ですけど、崩落騒ぎは話題にあがってましたよ」
「そうなのか。目的地に着けると良いんだが。最悪掘り進む事まで考えなきゃならんな」
「掘り進むって、掘削の知識は持ってましたっけ? 下手にいじるとドボンと生き埋めですけど?」
「そりゃおまえ、ドドォーンのバキバキーでズギャンよ」
「ああ……これはダメそうですね。思いがけず、太陽も見納めになっちゃいましたか」
アシュリーが何やら絶望味のスープをすすり出したが、大げさな奴だと思う。
そもそも今の所は正解ルートを通れてるんだから。
たぶん、きっと。
というか、穴はほぼ一本道となっていた。
脇道に逸れようにも進めない。
だからひとまず、行ける所まで行くことにした。
「……行き止まりか。いや、待てよ?」
「あらー。こんな所で幻術が見れるなんて、意外ですね。入り口が見えなくなるように、術式が施されてますよ」
「やっぱりか! じゃあこの中で合ってるぞ」
「ほんとですか? 良かったぁ、地面をホリホリする必要無くなりましたね?」
「もちろんだ。さて、肝心のアイツは居るのかな……?」
居るのか、居ないのか。
居たとしても、何かしらのトラブルに巻き込まれているかもしれない。
覚悟を決めておく。
振り返ってアシュリーを見ると、こっちも真剣な顔をしていた。
もしかすると戦闘になるかもしれない。
気を引き締めて中に入ると……。
「ふぇぇ。何ですか、ここ。天井に天然の魔水晶が散りばめられてますねぇ。純度も相当に高いですよ」
「うん。あの時と変わらない様子だな」
空洞の中はかつてと同じ形を保っていた。
2部屋分の広さには、足首までかかる高さの草が茂っている。
奥の方には不思議な果実の実木々に、透明で輝きを帯びたような小川が流れている。
そして、乳白色の台座。
かつてはここがモコの居場所だったんだが、果たして……。
「モコ! 無事だったのか!」
台座に寝転がる白黒柄の猫が見えた。
間違いなくモコだろう。
オレの声が聞こえていないのか、全くの無反応だ。
ーーまさか体を患っているのか?
人間たちが収容所や灰で世界を荒らしまくっていたのだ。
ひょっとしたら悪影響を受けているのかもしれない。
だとしたら、参加が遅れたのも頷ける。
台座の側まで駆けつけて、かつての仲間を診る事にしたんだが……。
「モコ、大丈夫か! モ……」
「ぬふぅん。そんなにマタタビを持ってきて……僕をどうしようってんだい?」
「……おい」
「スピー、スピィー」
「起きろこの野郎!」
「アヒィンッ!」
気持ッち良さそうに高いびきしてやがった。
お前が現れなかったのはピンチじゃなくて寝坊だった訳か。
三味線にするぞボケが!
「イタタタ……。あれ、アルフじゃん。もう目覚めたの?」
「おうよ。起きたかネボスケが。こちとら16年早く動き出してたぞ」
「えーー。本当かい? そりゃ気づかなかったなぁ。大地の力が弱まってるのかな、まだ本調子になれな……クァーーッ」
「会話中にアクビたぁ、偉くなったもんだな?」
「ごめんごめん。なんだか眠くって。大酒飲んだ次の日みたいな気分だよ」
「猫が酒を語るなよ。アシュリー、見てのとおりだ。モコは無事……」
振り返ってみるとアシュリーが目を白黒させていた。
震える指はモコを指して、口は魚のようにパクパクと開閉を繰り返している。
なんだそれ、トリ辞めたの?
「えぇーー!? モコが喋ってる! 何ですかこれ、どういう事です?」
「あ、やっべ。そういやコイツの本性知ってんのはオレだけだったか」
「あーーぁ、バレちゃった。アルフもおっちょこちょいだなぁ」
「ていうか、ライルは驚かないんです? 猫が口きいてんですよ?」
「まぁな。出会った当初からこんなんだったし……」
「ちょっと待って。君は今、ライルと名乗ってるのかい?」
「何だよモコ。それの何がおかしいってんだ」
「いや……おかしくは無いよ。うん。そうかぁ、君がライルねぇ」
「うす気味悪ィな。ハッキリ言えよ」
「ないしょー。教えてあげる義理は無いしね」
キシシとカンに障る嫌らしい笑みと歪んだ視線を送ってきた。
冗談抜きでオシャレ楽器にしてやろうかテメェ。
「さてと。折角ここまで来たんだ。少しゆっくりしていくかい?」
モコが台座から飛び降りると、オレの方を見た。
どこか試すというか、窺うような目になっている。
「ゆっくりって、ここでまたキャンプでもしろってのか? 懐かしい日々の思い出に浸りたいのか?」
「違うよ、そういうんじゃない。まぁ……懐かしい日々にってのは間違いじゃないけど」
「何だそれ。分かりやすく言えよ」
「相変わらずセッカチな性質だよね、君はさ」
モコが台座に前足をかざした。
するとそれが大きく脇に動き、跡には空洞が出来た。
中は階段になっている。
「大陸史さ。この奥に行けば、かつて世界で起きていた事を全て見る事が出来るよ。それこそ神話の時代からのものがね」
「モコ……お前はオレに何を見せようってんだ?」
「そうだねぇ、知っておいて欲しい、大きな事件を……かな」
「おい、待てよ!」
「とりあえず付いてきてー」
オレの返事を聞く事もなく、モコが階段を降りていった。
問答無用ってやつだ。
「仕方ねえな。アシュリーも付き合うか?」
「ええと、もう訳わかんないです。モコって昔からこうなんです? そん時から喋ってました? あとマイペースすぎません?」
「何というか、慣れろ。それから出来ればでいいが、これからもアイツを愛玩動物として可愛がってやってくれ」
「え、無理ですけど。もう普通の猫とは見れないんですけど」
「何してんのさー。早く来てよー」
「催促されたぞ。ともかく行くか」
「ああもう。頭が痛くなってきましたよ……」
促されるままに地下深くまで降りていった。
大陸の歴史を見せるというが、それはどういう意味なのか。
様々な疑問がやたらと湧いてくるが、ひとつだけハッキリしている事がある。
それは……オレたちは明らかに世界から隔絶された場所にやってきたのだ、という事だ。




