3ー46 異端の王
レクターが誘導したのは、人里離れた森の中だった。
木々の間から王都が見える。
相当に距離が離れているので、オレたちが発見される心配は無さそうだ。
「みんな止まってくれ。ここだ」
「何だこれ。遺跡か?」
コケの繁茂した石造りの祭壇がある。
周囲は足の高い雑草だらけで、知らないヤツからしたら見落としかねない。
レクターは石畳の端に腰を落とし、石をひとつだけ退かした。
それから中の取手を強く引っ張ると……。
ーーゴゴゴゴッ。
地響きとともに祭壇が後ろにずれ、下り階段が現れた。
暗くてよく分からんが、多分深いんだろう。
「さぁ行こう。灯りは持っているのか?」
「オレの出番だな。魔力で強引に光球を作る」
「そんな事も出来んのかい……ダンナは万能だなぁ」
「そうでもない。割りと失敗してる。行くぞ」
オレとレクターを先頭にし、アラン、エリシアの順に降りていった。
中は石の回廊になっている。
整備が行き届いているのはありがたい。
「レクター。この道は練兵場に通じているのか?」
「それもだが、王宮にも繋がっている。これは緊急時の避難路だからな」
「ライル。王宮に乗り込もう。そんでもって、アタマの頭を斬り飛ばそう」
「物騒な事言うな。アマゾネスかお前は」
「これが一番効率良いと思うけど」
苛立ったような咳払いが起こる。
レクターだ。
まぁ怒るのも無理は無いか、一応は主の話だもんな。
「……結論から言おう。外部の者には分からんと思うが、我が王を討っても大きな混乱は起こらぬ」
「マジかよ。だってリーダーだぞ? 殺されたら大騒ぎに……」
「ならない。先程も触れたが、大半の者が親グラン派だ。現状我が国は傀儡国家にすぎん。王は賢明なお方だが、実質統治権を持たされていない」
「そうなのか。初めて知ったぞ」
「私は予想してた。グランの同盟国と言う割りに、プリニシアは二等国。全然並列じゃない」
「あー、言われてみれば」
「先刻に私を処刑しようとしていたのも、グランの貴族だ。ヤツの横暴を咎められる者など我が国には居ない。たとえ王であっても不可能だ」
そんな事情があったとは知らなかった。
プリニシア・グランと言えば、大陸各地でやりたい放題、搾取しまくりというイメージしか無い。
でもその認識も、ここらで改めた方が良いかもしれない。
「さて、ここで分かれ道だ。右手は練兵場、左手は王宮の庭に出る。どちらへ進む?」
「予定通りだ。右へ行くぞ」
「……感謝する」
レクターが小さく礼を述べた。
あんな目に遇わされても、いまだに忠義心はあるらしい。
その一本木な生き方には好感を覚えた。
そして、嫁さんは苦労してるだろうな、とも。
「ここの仕掛けを動かせば、地上への入り口が開く。準備は良いか?」
「任せろ。敵は全員吹き飛ばしてやる。枯葉みてぇにな」
「まったく。敵に回すと恐ろしいが、味方にすると異様に心強いのだな」
「嫌味は後にしろ。やれ」
「では参ろうか」
ーーゴゴゴゴ!
土埃とともに光が差し込んできた。
階段の先は青空が見える。
「エリシア。外の様子はどうだ。物音は聞こえるか?」
「……何も。たぶん誰もいない」
「よし、まずオレが行く。残りは様子をうかがいつつ出てこい」
足音を殺して階段を登り、頭だけ地上に出して付近を見た。
エリシアの言う通り無人だ。
反対側の城壁付近に大勢の人が集まっている。
もしかすると、オレの破壊の一件に人手を取られ、警備なんかも含めて出払っているのかもしれない。
成り行きとはいえ、陽動作戦が成立してしまった。
「よし、お前ら出て良いぞ」
「ふぅ。ここまでは順調ってね……オワァッ!」
地上に出たアランが奇妙な声をあげた。
驚いたのはエリシアも同様、レクターでさえ言葉を失いつつある。
「なんじゃあ……こりゃあ」
「お化けだ。馬車のお化け」
「これが……噂に聞く鉄包車か」
馬車の荷台、いやちょっとした小屋くらいのサイズがあるか。
それが全て鉄で覆われている。
動力は何なのか。
少なくとも馬と繋ぐ造りでは無いようだ。
「大砲が付いてるな。これって海戦で撃ち合うやつだろ?」
「そのはずだ。更に言えば、ただの砲ではない。亜人などを駆逐できるように退魔設計が……」
「ライル! 気を付けて!」
「何だ、どうかした……?」
その時、一台だけ砲身が動いた。
ギギギと鈍重に軋む音とともに、砲の先がこっちに向いた。
「みんな退がれ! 射線に入るなよ!」
「ライルも早く逃げて!」
「言われなくても……」
避難誘導のせいで一呼吸遅れた。
そして、敵はその機会を逃さなかった。
ーードォオン!
炸裂音とともに鉄玉が来る。
当然だが早い。
反射的に棒を合わせる。
すると軌道が反れ、オレの顔を掠めて飛んでいった。
民家の屋根、城壁をスレスレで。
どうやら被害は出なかったようだ。
「てめぇ、自分の街だろうが! それが王都の兵のやり方かオラ!」
「魔王殿、説教はあとだ! 早く砲から距離を……!」
ーーガコン。
砲の先が微調整され、オレに向いた。
上等だ。
その喧嘩買ってやる!
退魔ナンチャラも、直撃を避ければ大したことはなさそうだ。
少くともさっきくらいなら問題ない。
「来やがれ! 大きなオモチャもらってイイ気になってるようだが、自信もろとも粉々にしてやる!」
オレの挑発に乗ったのか、砲が再び火を吹いた。
迫り来る鉄塊。
それを布団叩きの要領で出迎える。
ーーガキィン!
玉は相当な威力があるらしく、中々打ち返せないでいる。
力が拮抗して膠着。
そうしている間も魔力がグングン削られていく。
長期戦は不利、一気にやるしかない。
「うらぁぁああーーッ!」
遠くに打ち返す事に成功した。
反対方向の空へ。
その代償は想像以上に大きく、相当に魔力を消費した。
愛用の棒を杖代わりにしようとしたが、ダメだ。
『く』の字にひしゃげてしまっている。
伝説の物干し竿はここで役目を終えたのだ。
敵陣の真っ只中で。
「ダンナ、一旦逃げようぜ! 相手が悪すぎる!」
「目の前のカタブツが大人しくしてくれりゃな……うん?」
ーーガコン。
鉄包車の上部が開いた。
ドアのような構造で、その中から一人の男が顔を出した。
三十路くらいで、兵士とは思えない男。
もしかするとグランの貴族なのか?
そいつが地面に降り立つと、後ろからレクターが叫んだ。
「陛下! なぜ陛下がこのような場所に!」
「レクター。無事だったのか。処刑場で騒ぎがあったと聞いていたが……助けられたのだな。良かった」
「私の事は良いのです! なぜ鉄包車に居られたのですか!」
「検分をしていてな。私が居合わせたのも偶然だ」
まさか搭乗者が王様だとは思わなかった。
被害を度外視した攻撃が、統治者の手によるものだったなんてな。
コイツは案外ゲス野郎かもしれん。
だが、王の奇行はそれに留まらない。
オレの目の前に座ると、帯剣を鞘ごと抜き、地面に置いた。
美しい装飾の施された立派な剣だった。
「魔王殿。貴殿は文献に記されている以上に強者であった。そして、魂も清らか。どうかこの首と引き換えに、我が民を守ってはもらえぬか?」
「陛下、突然何を仰せに!」
「レクター。静かに。民が求めるのは強き王だ。決して、決して他国の者に忠義の者を殺されるようであってはならんのだ……!」
「陛下……!」
「やっちゃえライル。言葉通り首ポロンさせよう」
「黙ってろエリシア。今は大人の時間だ」
お前この空気を前に、よくそんな事が言えるな。
自分の無力さに泣く王と、その家来が膝着いて向き合ってるんだぞ。
それはさておき。
オレは地面に置かれた剣を手に取り、それをプリニシア王に突っ返した。
王の赤く染まった目が、いくらか見開かれる。
「おら。まだ持ってろよ。お前を殺すかどうかは話を聞いてからだ」
「ふむ。私は愚か者。得るものなど無いと思うが……」
「オレが知りたいのはこの国の事。ついでに今の攻撃についてもだ。何か試すつもりだったんだろ?」
「ふふ。見破られたか。魔王殿は底が知れぬな」
王は口許だけで笑うと、胸元から一冊の本を取り出した。
かなりの年代物だ。
そして題名の部分が削れていて、外側だけじゃ何の本かは判らない。
「これは魔王殿が書かれたという、古い名著だ。これを精読した日より、語り合う日を望み続けたものだ」
「あっ……シルヴィアたん名言集か!」
「陛下。ここは人目に付きます。話されるなら別の場所へ」
「そうだな。我が居室へ移ろう。そこであれば不都合は無い」
そうして、オレたちは再び地下道を進んだ。
それにしてもなぁ、まさかあの本がなぁ。
自分が思っていた以上に広まっているのかもしれない。
かつてのオレやシルヴィアが、大陸で悪く言われてるから、ちょっと想定外だ。
ーーだったらもう一冊書くか。シンディに協力してもらって、大長編を。
歩き続ける王の背中を眺めつつ、オレはそんな事を夢想するのだった。




