3ー45 敵の要を叩け
レクターの容態が悪化した。
乗せた時点で既に衰弱していたが、みるみる反応が弱まってきている。
馬も疲れきっていて、とても隣町までたどり着けそうにない。
どうやら治療師だのを捜す事は難しいようだ。
「あなた、あなた!」
「とうさまぁ……」
助けに入ったのに死なせましたじゃ、後味がが悪いな。
オレは胸元から秘薬を取りだした。
これはアシュリーが持たせてくれたものだが、手持ち品はこれ一点限りだ。
それでも命と比べる程に稀少じゃないだろう。
手のひらで丸薬を飲み込みやすく磨り潰して……。
「おい、そいつの口を開けさせろ。この薬を試してみる」
「それで主人は、主人の命は助かるのですか!?」
「わからんが、これ以上の手段は無い。ともかく手伝ってくれ」
「わ、わかりました!」
サラサラとオレの手からレクターの口へと流し込まれていく。
埃のように舞い上がる粒が、中々に強烈な臭いを漂わせた。
何となくだが、とてつもなく効きそうに思う。
それはもう……えげつない程に。
「目を開きました!」
「そうか。もしかすると効果があった……」
「ァァアアアーーッ! 苦ッッ苦いィィアアーー!」
レクターは突然頭をかきむしり、それから喉を両手で押さえて暴れ始めた。
さっきまでの半死人とは思えないほどの躍動感だ手強いなお前!
「さすがは果敢なる王国兵。死の淵にあっても見事なる戦働き」
「エリシア、感心してんなよ! 水寄越せ水ッ!」
「ん」
水筒を受けとるなり、レクターの口に突っ込んでやった。
喉が上下する度、その体から力が抜けていく。
そしてしばらくして、口を離した。
長く、深い息と共に。
「ふぅ……。死ぬかと思った。あれが噂に聞く『絶望の味』というものだろうか」
「あなた!」
「とうさまぁー!」
「無事かお前たち! そういえば、ここはどこだ? 我々は晒し者になっていたはずでは……」
そこでレクターとオレの目線が重なる。
呆けたような顔が、次第に強張っていき、そして敵意に染まった。
「貴様は魔王! どうしてここに!?」
「どうしても何も、これはオレの馬車なんだが」
「貴様の馬車だと?」
「ダンナ、この馬車は借りもんだぞ」
「あなた、このお方は命の恩人です! あの場にいた全ての者は、誰一人欠けることなく助けていただけました!」
「……本当か?」
「ほら、ジェイムスだってこの通り」
夫人の手から赤子が渡された。
親指を咥えて、スヤスヤと安らかな寝息を立てている。
その時ばかりはレクターも、胸に我が子を抱きつつ静かになった。
そのまま目を瞑って、黙ることしばし。
やがて子供を夫人の元へ戻し、レクターは再びオレと向き合った。
「助力、感謝する。して……我らはレジスタリアの捕虜となったのか?」
「そんなんじゃねぇよ。ひでぇ事しでかしてたから、ぶっ壊しただけだ」
「……敵方に情けを2度もかけられようとは。私は真に愚劣な将やもしれんな」
「ちなみにな、本当はもっと早く助けられた。でもツレに止められてな」
「止められただと、それは何故だ」
「私が頼んだ」
エリシアが荷台の端から言った。
普段よりも随分と低く、沈んだ声だと思った。
「数の暴力、理不尽な仕打ち。それがどれほどに酷いものか知って欲しかった。私たちの両親は圧倒的な力を前に討たれ、焼かれ、散っていった」
「レジスタリアと言えば……そうか、戦役か。命じられた事とは言え、私もかの地で殺戮に加担したのは紛れもない事実。その手で仇を討つつもりか?」
「そんな事はしない。あなたを斬っても、本当の悪は笑い続けるだけだから。でも、今日の事は絶対に忘れないで」
「……魂に刻もう。父祖の名誉にかけて」
「それはそうとよ。お前、火傷は平気なのか?」
「痛みはない。段々と痒くなってきたが」
レクターは頬を指で掻いた。
そこは赤々とした傷が見えるが、その仕草で皮膚がペロリと剥がれた。
そして中から現れたのは、傷ひとつ無いツヤツヤの肌だ。
……気持ち悪い。
アイツの秘薬に助けられはしたが、その効果が気持ち悪い。
「一族の命を救われたばかりか、こうして手当てまで受けてしまった。私はどのようにして恩を返せばよいか?」
「そうだなぁ。オレたちはグランの兵器とやらを破壊しに来た。何か知っていたら教えてくれ」
「ダンナ、そんなペラペラと喋っていいのかい? 一応は敵の重鎮だぞ?」
「構わねぇよ。どうせこいつはプリニシアには戻れないだろうし」
「安心しろ。告げ口などせぬ。……そうだな」
レクターがアゴをこする。
するとやはり、ツルンと卵肌がコンニチワした。
「私は捕縛されたので確認できていないが、件の兵器は練兵場にあるだろう。もし行きたいのであれば、秘密の抜け道を案内しよう」
「そこにあるっていう根拠はあんのか?」
「巨大かつ、丁重に扱うべきものだ。となると、保管場所は相当に限られる。屋内への格納は不可、かと言って人目に触れさせる訳にもいかん。すなわち、兵士たちに守られている兵舎エリアの開けた場所、練兵場しかあり得ぬ」
「筋は通ってそうだな。レクターがオレたちを裏切るメリットもねぇし」
「あるぜ、ダンナ。オレらを罠に嵌めて、その功績によって返り咲ける」
「見くびるな! たとえ罪人として首をはねられる身であろうとも、信義だけは揺るがせぬ!」
「吠えんなよ、オッサン。家族を人質にとられてもか?」
「それは……ムゥ……」
「ダンナ、どうよ。コイツを完全に信用するのは危ないぞ」
アランは半信半疑くらいか。
エリシアはそもそも話に参加していない。
心のしこりが邪魔をしているのかもしれない。
「まぁ良いや。レクター、案内を頼めるか?」
「お安いご用だ。だがその前に……」
「家族を安全なところへ、だろ? それくらい構わんが、当てはあるのか?」
「ある。ユリウス家に所縁のあるものが、郊外に居を構えている。彼らは王家派の重鎮、そこであれば安全のハズだ。場所もすぐ近くだ」
「わかった。まずはそこへ向かうから、アランを誘導してくれ」
「承知した」
移動中、レクターが派閥について教えてくれた。
大別して二派。
プリニシア王族に忠誠を誓う王家派と、プリニシアに所属していながらグランと通じている派閥だ。
10年程前まではレクターのように王家派が多かったが、ここ最近はめっきりと減り、ほとんどの重役がグラン派となっているらしい。
ーー寂しくはあるが、それが時勢だ。
レクターは遠くの景色を眺めつつ、そう言った。
二等国のお偉いさんだから、さぞや良い暮らしをしてるかと思いきや、意外と苦悩があるらしい。
「ここだ、止めてくれ」
川の畔にある一軒家を見つけては、レクターが訪った。
貴族の別荘だろうか。
そこそこの豪邸と言える大きさだ。
レクターは身なりの良い家人らしき者と話し合い、手応えを感じた風に戻ってきた。
「匿ってもらえるとの事だ。みんなはここでしばし待て」
「とうさま。いってしまわれるのですか? また、あぶないことを、するのですか?」
「そうだ。私は行かねばならぬ。必ず戻るから、心配をするな」
「まちます。レミィはまちます。だから、どうか、ぶじに……ぶじに……ッ!」
声を殺して泣く娘。
その余りにも小さな体を、レクターは優しげな笑みとともに抱き上げた。
レミィという名の少女は声をあげない。
泣き叫ばない変わりに、レクターの胸に顔をうずめ、小石のような両手で胸元をギュッと握りしめていた。
待つと言った口とは裏腹に、その手は父を行かせたくないようだ。
「安心するのだ。彼は大陸で最も強い男だ。危なげなく帰ってこれるだろう」
「とても、つよいのですか?」
「もちろん。誰よりもだ」
レミィは父の腕の中からオレをじっと見た。
そして腕から降りると、こっちまでやってきた。
小さな体がお辞儀によって、さらに儚いものになる。
「おねがいです、つよいひと。とうさまを、まもってください」
彼女はそう言うと、ポケットから首飾りを取り出した。
可愛らしい貝殻の連なったものだ。
内陸のプリニシアでは珍しい代物だと感じた。
「レミィのたからもの、あげます。だから、どうか、とうさまを。とうさまを……!」
両手に乗った貝殻がカタカタと鳴った。
健気な子の代わりに泣いている……というのは言い過ぎか。
オレは静かに笑い、そして受け取った。
「こんな良い物もらっちまったら、守らねぇ訳にはいかねぇな」
「おねがい、できますか?」
「任せろ。何せオレは最強だからな!」
うつ向きがちな少女の頭をクシャクシャと撫でてやった。
なんだかシンディの、そしてシルヴィアの姿が思い起こされる。
少しだけ懐かしい気分に浸った。
それからの動きは早かった。
レクターの家族はユリウス家とやらに馬車とともに預け、オレたちは出立した。
当初のメンバーにレクターを加えた形で、再び王都へと向かうのだった。




