↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様はダラダラしたい!  作者: おもちさん
第二部
275/313

3ー44  終焉の足音

空は雲が厚く、どんよりと重い。

まるで地上を蓋で覆っているかのような息苦しさが、処刑場には漂っていた。


ーーこんな日に命を落としたなら、御霊は天に還れず、さ迷い続けるに違いない。


人々は口々に囁きあった。

処刑台に引き立てられ、はりつけにされた10人程の人物を眺めながら。

そして小さく祈る。

無体に振る舞う他国の貴族に睨まれぬよう、必死に心の中で祈る。


ーーどうか彼らに神のお導きを、安らかな眠りを!


その願いは果たして天に届いたかは分からない。

確実なのは、これより残虐という言葉では生ぬるいほどの、悲劇が起きてしまうことだ。

処刑台の一段高い場所から、クウギョが革張りの椅子に座り、頬杖をつきながら獰猛に笑っている。

人々は、命を代償にした『遊び』に恐怖するばかりであった。



「これより、レクター将軍並びに、その一族の処刑を執行する!」



グラン軍の兵装をした男が叫ぶ。

その声色は平坦であり、特別な感情は見られない。

顔色を変えぬのは叫んだ者だけでなく、刑場をグルリと囲む100人近い兵士も同様だ。

特別な事は起きていない、と言外に伝える態度であった。



「罪状は、怠慢および威信の損失! レクターは大兵を預かりつつも、無策に敗退を繰り返した! それはプリニシアに留まらず、あろうことか新生グラン王国の名誉まで汚すものであった! よって、国威高揚のために誅滅する!」



その大音声のあとに、一人の赤子が掲げられた。

それを目にした群衆は、まるで自分の体が斬りつけられたかのように『ああっ!』と胸を押さえつつ、声をあげた。


それに動じる気配のないグラン兵。

そして対照的に、低い笑い声をあげつつ、ほくそ笑むクウギョ卿。

狂気の『宴』は滞りなく進む。



「やめろ! ジェイムスは産まれたばかりなんだぞ!」



レクターが鋼鉄の縛しめをガタガタ鳴らす。

だが、一兵として従うものは無い。

懸命の抗議も、クウギョの嗜虐心をくすぐるだけで終わった。



「罪人レクターよ。己の子を救いたいか?」



尊大に座ったまま、クウギョが問う。

レクターは肩越しに精一杯振り向き、荒い声を返した。



「当たり前だ! この子たちをいくつだと思っている!」


「そうだろう、そうだろう。私も鬼ではない。貴様には助命嘆願の機会を与えてやろう。もしこれを達成できたなら、特別に子供たちだけは許してやる」



パチン。

クウギョの指が軽快な音を立てた。

するとどうだろう、卿と囚人たちの間の床が大きく割れたのだ。

割れた内側は鋼鉄の仕切りらしきものがあり、仕切りの中は赤い石で埋め尽くされていた。


兵士の一人が水を垂らす。

すると、ジュワッという音とともに、蒸気がたった。

燃える石炭である。



「レクターよ。そこを歩いて参れ。私に献上するワインを持ってな」


「……ここを、歩けと?」


「二度も言わせるな。たかだか10歩だ。気力次第では歩けよう。あと、ワインは一滴も溢すなよ。それが達成条件だ」



グラスが手渡され、並々と赤ワインが注がれた。

レクターはしばし家族の方に目をやり、処刑台に寝かされた息子を見、そして歩きだした。


ーー両目でクウギョを居抜きながら。


第一歩。

その時点で強烈な熱がレクターを襲う。

ジュウウという音とともに、気絶しかねない痛みが全身を駆け抜けた。



「グァァ!」


「おう、溢すのか。それも良いだろう。そうなれば子は助からず、殺したのはお前と言うことになるな?」


「グヌ、グヌヌ!」



ギリギリの所で踏みとどまった。

どうにかワインも溢さずに済んだ。

この10歩を一気に駆け抜けたくもなるが、それは許されない。

手元のグラスから溢れた瞬間に、音でバレる。

だから慎重に、一歩一歩踏みしめて進むしかないのだ。


身を焦がすほどの灼熱の道を。



「グゥ、グァァア!」


「ほれ、どうした。溢すか? 溢れたんじゃないか? んん~~?」



3、4、5。

道のりは遠い。

ようやく折り返しを迎えたが、レクターの疲労は限界を迎えていた。

意識は朦朧とし、平衡感覚すら保てていない。

それでも、幼い我が子たちのため。

10歳にも満たない子供たちのため、むくろにも等しい体を進めていく。


6、7。

まだ遠い。

クウギョは尊大に構えたまま動こうとしない。

それに怒りを覚えるほどの気力など、レクターには残されていない。


群衆は声を殺して泣いた。

女子供などは誰もが目を伏せ、顔を覆っている。

この姿をわらって眺められる人間など、一人しか居ないのであった。


8、9。

もはや言葉はない。

ここまで見事、溢さずに歩むことができたのは、もはや奇跡であった。

誰もが最後の一歩を待ち望んだ。

クウギョは椅子から降り、グラスを受けとるような仕草でレクターを迎えようとした。


そして最後の10。

その足が踏まれる瞬間。



「近寄るな、下朗が!」


「グハッ!」



クウギョがレクターの顔を蹴り飛ばした。

グラスは手を離れて、足元の石炭をジュウウと鳴らす。

そして倒れたレクターは全身を焼かれ、新たな痛みに大きくもだえた。



「アアァッ! 卿よ、なぜ!?」


「フハハハ! 策略だよ。この程度の罠も見抜けんから、貴様は負け続けたのだ。至らぬ点を死ぬ前に学べて良かったなぁ?」


「おのれ! 最初から、助ける気などなかったのか!」


「そんな事はない。私は約束は守る男だ。ワインがあるなら受けとるぞ? ほらどうした?」


「グァァァアーーッ!」


「……指令は失敗、だな。最後まで無能なヤツよ。生きる価値の無いゴミクズであるが、とりあえずは引き上げてやれ」



グラン兵によってレクターは救出され、木の床に転がされた。

くすぶる体は酷い火傷を負っていた。

全身が赤くただれ、長くは保たなそうに見える。

その姿が晒されても慈悲などは無く、赤子の傍に大斧を携えた兵士が現れた。

両断するには十分すぎる程の処刑具である。



「では、順にやれ」


「刑を執行せよ!」



聴衆は泣いた。

全員が憐れんだ。

決死の嘆願が実らなかったことを、そして幼い命が凶刃にかけられることを。


ーー神よ、どうか救いを! お慈悲を!


誰もが耐えきれなくなり、声をあげた。

涙で輪郭のぼやけた大合唱である。

それすらも嗜虐心をくすぐるだけで、処刑人の動きは止まらない。

人々の嘆きが頂点に達した、そのとき。



「ギャォオオオオンッ!」



唐突に聴衆から叫び声があがった。

それはこれまでの物とは違う、狂気をはらんだものだった。

不穏な気配から人々が声から遠ざかった。

そこに居たものは。



「な、何者だ!」



クウギョは驚きのあまり椅子から転げ落ちた。

それもそのはず、現れた男は常軌を逸した風体だったからだ。

見た目も、声も、二足歩行と四つん這いの中間のような立ち姿も。


あまりの異様さから、神の助けとは思われなかった。

群衆は危機を察知して、我先にと逃げ出したのだ。

瞬く間に広場はパニックとなる。



「ものども、アヤツを討て!」


「総員、かかれぇー!」



黒鉄兵100人が一斉に攻め寄せた。

だが、状況はクウギョにとって悪すぎた。

逃げようとする群衆が邪魔をして、陣形を組むことが出来なかったからだ。

仕方なく散発的に二人、三人と攻撃するが。



「ウラァァァアー!」


「ギャァア!」


「グハァ!」



特別に訓練された上級兵たちが、苦もなく打ち倒されていく。

あるものは地に叩きつけられ、あるものは遥か上空まで打ち上げられたのだ。

一呼吸の間に10、20と数を減らしていく。

このままでは全滅も免れないであろう。

眼前の急激な変化には、クウギョも理解が追い付かないでいた。



「な、何だ、この化け物は!」


「クウギョ様、ここはお逃げください!」


「こうなっては、ひとまずはプリニシア城に……」


「人民どもが邪魔です。裏門より出てグランまで落ち延びましょう。私が先導致します」


「おのれ、おのれぇぇえ! 貴様が何者かは知らんが、この恨みは必ず晴らしてくれる!」



クウギョは供に二人だけ連れ、残りは捨て石として乱入者にぶつけた。

狂乱する男は逃げる貴族など眼中にない。

残りの兵をすべて討つと、今度はレクターたちに近づいていく。

その頃にはアランも処刑場に馬車を横付けして、事後処理に参加した。



「ダンナ、無茶すんなぁ! こんだけ強けりゃ無茶とも言わねぇのか?」


「フシュルルル」


「え、今のは何て?」


「コイツらを馬車に乗せる、手伝えって言ってる」


「……どうして言葉で喋らねぇんだか」



アランとエリシアで搬入作業が為された。

荷台の陶器壺やら全てを捨てたので、どうにか全員を収容できたのだ。



「んで、ダンナ。どうやって逃げんだい? 門は封鎖されてんぞ」


「シュルルル、フシュルルル」


「城壁を破壊するって。そこを通れば良いって」


「ハァ? 魔獣の群れでも傷ひとつ付かなかった城壁をかい? さすがのダンナでも不可能……」


「グァァォアアア!」



ライルが片手を掲げ、大気を震わせた。

そこに集約された魔力は黒く、具現化した力も同様に黒かった。

濃紫と黒に染まる龍。

それが彼の右手に姿を表したのだ。


その放たれた禍々しい力が城壁に衝突すると、爆発音とともに黒い火柱が立ち上った。


ーードォオオオオオン!


まるで投石機の大岩が直撃でもしたかのような振動に、王都全域が揺れた。

そして、大いなる壁は無惨にも崩された。



「ったく、デタラメな主だよ……。あそこから脱出する! しっかり捕まっててくれ!」



アランは懸命に鞭をくれ、馬を走らせた。

逃避行を止めようとする命知らずな者はなく、そのまま壁を通過。

どうにか救出することに成功したのだ。


だが、喜んだのも束の間。

さすがに10人以上乗せて走るには馬が足りない。

王都から十分に逃げ切る前に、馬が潰れかけてしまった。


そして、レクター。

彼の命は風前の灯だ。

進退窮まった最中で、着実に死へと向かっていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。