第9話 映像の中の女
翌朝。
雨はさらに強くなっていた。
山道の一部が土砂で塞がれたという連絡が入った。
復旧には少なくとも二日。
戸倉は何も言わなかった。
ただ、窓の外を見ていた。
逃げ道を塞がれた人間の顔だった。
◇
午前十時。
森岡が管理室から美琴を呼んだ。
「昨日の映像、見てください」
「何か映ってた?」
「……たぶん」
モニター。
昨夜、美琴が戸倉と話していた二階廊下。
映像には、
美琴。
戸倉。
二人しかいない。
ペタ。
音が入る。
戸倉が怯える。
二人が廊下の奥を見る。
そこまでは覚えている。
森岡が映像を止めた。
「ここです」
「何?」
「二人の後ろ」
美琴は画面に顔を近づけた。
何もないように見える。
「少し明るくします」
森岡が露出を上げる。
廊下の暗がり。
戸倉の背後。
白いもの。
美琴の喉が鳴った。
人。
女。
白い服。
髪が肩より少し長い。
顔は暗くて見えない。
戸倉から三メートルほど後ろを、
歩いている。
「これ……」
「昨日、いました?」
「いない」
「俺も撮ってましたけど、見てません」
再生する。
戸倉が歩く。
白い女も歩く。
美琴が戸倉に追いつく。
女が止まる。
戸倉と美琴が話す。
女はその場に立っている。
そして、
ペタ。
音。
美琴と戸倉が振り返る。
その瞬間。
女が消えた。
「久世先生呼んで」
◇
久世は一時間近く映像を見た。
元データ。
カメラ。
廊下。
照明。
監視設備。
昨日の白い影のときとは違う。
すぐに答えが出ない。
「加工じゃないですよね」
森岡が聞く。
「少なくとも、このデータ自体に編集した痕跡はありません」
「じゃあ本当にそこにいた?」
「映像に何かが記録されたことは事実です」
「何かって」
「分からないものを、急いで人間と呼ばない方がいい」
久世はカメラの位置から廊下を見る。
何度も。
角度を変える。
床。
壁。
古い観察窓。
「先生」
美琴が言う。
「昨日の夜、あそこには誰もいませんでした」
「そうでしょうね」
「でも映ってる」
「はい」
「前の白い影とは違いますよね」
「違います」
その言葉に、
森岡が黙った。
美琴も。
久世がはっきり「違う」と認めた。
◇
映像を戸倉に見せるか迷った。
だが結局、
戸倉本人から、
「何かあったんですか」
と聞かれた。
美琴は嘘をつけなかった。
管理室。
再生。
白い女。
戸倉は最初の一秒で、
椅子から立ち上がった。
「止めろ」
「戸倉先生」
「止めろ!」
森岡が再生を止める。
戸倉の呼吸が荒い。
「誰がこれを」
「カメラです」
「そうじゃない!」
机を叩く。
「誰がこんなことした!」
久世が静かに聞く。
「誰に見えました?」
戸倉は口を閉じる。
「知っている人ですか?」
「知らない」
「見た瞬間に立ち上がりました」
「驚いただけです」
「では、もう一度」
「やめろ!」
今度は悲鳴に近かった。
佐伯が戸倉の肩に触れる。
「大丈夫」
戸倉はその手を振り払った。
「触るな」
佐伯の顔から笑顔が消える。
「戸倉さん」
「お前ら、何で平気なんだ」
「何を言ってるの」
「来てるんだぞ」
片桐が低く言う。
「やめろ」
戸倉が片桐を見る。
「来てますよ」
「戸倉」
「分かってるでしょう」
「黙れ」
「今度は誰です?」
空気が凍った。
三枝が立ち上がる。
「何の話だ」
戸倉は笑った。
「本当に覚えてないのか?」
「戸倉!」
片桐の声。
大きかった。
戸倉は黙った。
しばらく誰も話さない。
そして戸倉は、
ぽつりと言った。
「明日香」
久世の目が動いた。
一瞬だけ。
美琴は見逃さなかった。
「今、何て?」
久世が聞く。
戸倉はしまったという顔をした。
「何でもありません」
「明日香と言いましたね」
「違います」
「聞きました」
美琴も言う。
戸倉は立ち上がった。
「もういい」
そのまま部屋を出ていった。
久世は追わなかった。
ただ、
誰もいなくなったモニターに映る、
白い女を見ていた。




