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怪異認定  作者: asnt2026


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第10話 明日香

「先生」


管理室に残ったのは、美琴と久世だけだった。


森岡たちは機材確認に出ている。


「明日香って、誰ですか」


久世はモニターを見たまま答えない。


「知ってるんですよね」


数秒。


「姉です」


美琴は言葉を失った。


「……お姉さん?」


「はい」


「この研究所に?」


「二十四年前まで勤務していました」


「どうして今まで」


「今回の撮影に必要な情報ではないと思っていたので」


「亡くなってるんですか」


久世が美琴を見る。


質問が直接的すぎたと思った。


「すみません」


「構いません」


久世は視線を戻した。


「二十四年前、この研究所で亡くなりました」


「事故?」


「公式には」


その言い方が引っかかった。


「公式には?」


「階段から転落した事故とされています」


「されている」


「私は事故だったとは思っていません」


美琴の背中に冷たいものが走った。


「じゃあ、今回ここに来たのは」


「姉の死と怪異に関連があるか確認するためでもあります」


「最初から?」


「ええ」


「片桐さんたちは知ってるんですか」


「当然でしょう。全員、当時ここにいたんですから」


美琴はモニターを見る。


白い女。


「この人……お姉さんに似てますか」


久世はしばらく答えなかった。


「顔が見えません」


「でも」


「判断できません」


それ以上は聞けなかった。



昼過ぎ。


美琴は一人で資料室へ向かった。


久世の姉。


久世明日香。


名前が分かれば、探せる。


古い人事資料。


二十四年前。


研究補助員。


久世明日香。


写真もあった。


二十三歳。


白衣姿。


肩にかかるくらいの黒髪。


美琴は息を止めた。


監視映像の女と、


よく似ている。


もちろん顔は見えていない。


白衣。


髪の長さ。


それだけ。


それだけなのに、


同じ人間だと思えてしまう。


そのとき。


背後で紙が擦れる音。


美琴が振り返る。


誰もいない。


資料室の奥。


棚。


窓。


「……森岡?」


返事なし。


風だろうか。


窓は閉まっている。


美琴は明日香の資料を戻そうとした。


その隣。


古い事故報告書。


手が止まる。


久世明日香。


死亡時刻。


午前二時十七分。


美琴の指先が冷たくなる。


零号室の電話が鳴った時刻。


二時十七分。


偶然。


そう思おうとした。


だが、


戸倉の名前が呼ばれたのも、


同じ時刻だった。


事故発生場所。


美琴は読む。


北棟一階階段。


零号室ではない。


それなのに。


なぜ戸倉たちは、


零号室の電話を見てあれほど怯えた?


「何してるの?」


背後から声。


美琴は本気で飛び上がった。


佐伯だった。


「ご、ごめんなさい」


「こっちこそ。驚かせたね」


佐伯が笑う。


「何を見てたの?」


美琴は一瞬迷った。


「久世先生のお姉さんの資料です」


佐伯の笑顔が消える。


「明日香?」


「知ってたんですね」


「もちろん」


佐伯はゆっくり近づいた。


明日香の写真を見る。


「若かったなあ」


「仲良かったんですか?」


「……普通よ」


「普通?」


「職場の同僚」


佐伯は写真から目を離さない。


「いい子だった」


「事故のこと、覚えてます?」


佐伯の指が止まる。


「急にどうしたの」


「死亡時刻が二時十七分なんです」


佐伯は何も言わなかった。


「零号室の電話が鳴ったのと同じ時間です」


「偶然でしょう」


「戸倉先生も明日香さんの名前を知ってた」


「ここにいた人間なら知ってるわ」


「明日香さん、零号室と何か関係あるんですか?」


佐伯が美琴を見る。


その目から、さっきまでの柔らかさが消えていた。


「神崎さん」


「はい」


「昔のことってね、掘り返さない方がいいこともあるの」


「でも」


「誰かが亡くなった話なら、なおさら」


声は優しい。


でも、


断られている。


美琴はそれ以上聞かなかった。


佐伯は部屋を出ていく。


扉が閉まる直前、


美琴は聞いた。


小さな声。


「もう終わったのに」


佐伯がそう呟いたように聞こえた。



夜。


戸倉が美琴を呼び止めた。


「神崎さん」


「はい」


「少し、話せますか」


人気のない階段踊り場。


戸倉は何度も周囲を確認した。


「カメラは?」


「持ってません」


「録音も?」


「してません」


「本当に?」


「はい」


戸倉は唇を舐めた。


「明日の朝」


「?」


「警察に連絡します」


「何のことを」


「全部です」


美琴の心臓が速くなる。


「二十四年前の?」


戸倉が頷く。


「事故じゃなかったんですか」


「……俺は」


戸倉が言いかける。


その瞬間。


館内放送のスピーカーから、


ザーッ、


とノイズが流れた。


二人が見上げる。


電源は入っていないはずだった。


『……と……』


戸倉の顔が凍る。


『……くら……』


「やめろ」


『戸倉さん』


「やめろ!」


戸倉が階段を駆け上がった。


美琴も追う。


「先生!」


二階。


廊下。


戸倉は自分の部屋へ飛び込んだ。


扉を閉める。


鍵の音。


美琴がノックする。


「戸倉先生!」


返事なし。


「大丈夫ですか!」


中から、


押し殺した声。


「朝まで……」


「え?」


「朝まで待ってくれ」


「何を?」


「全部話す」


「今じゃ駄目なんですか」


沈黙。


そして、


「朝になったら」


それが、


美琴が戸倉の声を聞いた最後だった。

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