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怪異認定  作者: asnt2026


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35/36

第35話 誰もいなくなった研究所

佐伯が研究所を出たあと。


怪異は、


止まった。


一時間。


二時間。


夜。


電話は鳴らない。


壁から声も聞こえない。


白い女も出ない。


気温も下がらない。


零号室は、


ただの古い部屋になった。


美琴は、


それが一番不思議だった。


あれほど怖かった場所なのに。


人間がいなくなった途端、


何も感じない。


「終わったんでしょうか」


森岡が言った。


研究所の玄関。


外は久しぶりに晴れている。


「たぶん」


美琴は答えた。


本当は、


そう言い切る自信がなかった。



三枝も、


すべて警察へ話すと言った。


二十四年前の不正実験。


明日香の死。


事故偽装。


自分がしたこと。


「今さらだがな」


三枝が言う。


美琴は何も言わなかった。


遅い。


二十四年。


久世から姉を奪った時間は、


戻らない。


でも。


何も話さないよりは、


ましなのかもしれない。


分からなかった。



久世も、


警察から長く事情を聞かれていた。


怪異の偽造。


無断で設備を改変したこと。


関係者へ心理的な刺激を与えたこと。


本人も、


すべて認めている。


夕方。


研究所の外で、


美琴と二人になった。


「これからどうなるんですか」


「分かりません」


「研究者として」


久世が少し笑った。


「少なくとも、これまで通りではいられないでしょうね」


「後悔してます?」


久世は、


すぐには答えなかった。


「姉の死の真相を知ったことは」


「はい」


「後悔していません」


「怪異を作ったことは?」


沈黙。


「しています」


美琴は久世を見る。


「意外」


「そうですか」


「先生なら、『必要だった』とか言うかと思いました」


「実際、必要だと思っていました」


「今は?」


久世は研究所を見る。


「神崎さんに言われたことが残っています」


「私?」


「二十四年前の研究所と何が違うのか」


美琴は覚えていた。


「答え、出ました?」


「いいえ」


「先生でも?」


「ええ」


少しだけ、


以前の久世に戻ったように見えた。


答えのないものを、


答えがないと言う男。


ただ。


以前とは違う。


美琴はもう、


その言葉を無条件には信じない。


それでいいと思った。



午後六時。


警察から連絡が入った。


佐伯について。


正式な手続きが進められている。


そして。


「少し妙なことを言っている」


松永が言った。


「妙なこと?」


美琴。


「誰もいないところを見て話すんです」


久世の表情が変わる。


「何と?」


「最初は意味が分からなかった」


松永の声。


「『立ってる』とか」


美琴の背中に、


嫌な感覚が戻ってくる。


「誰が?」


「本人は言わない」


「精神的に不安定なんじゃ」


美琴が言う。


「こちらもそう考えています」


当然だ。


二十四年間隠していたことを話した。


二人の死亡について追及されている。


極度のストレス。


罪悪感。


幻覚が起きても、


不思議ではない。


久世が聞く。


「他には?」


電話の向こうで、


松永が少し黙った。


「電話が鳴るって」


美琴は、


無意識に久世を見る。


「電話?」


「留置室に電話なんてないんですけどね」


「何時ですか」


久世の質問。


松永。


「何が?」


「佐伯さんが、電話が鳴ると言う時刻です」


数秒。


嫌な予感。


そして。


「二時十七分」


美琴の指が、


冷たくなった。



その夜。


美琴たちは研究所を出た。


番組の撮影は当然中止。


映像も、


すぐに公開できるものではない。


車。


山道。


白鐘研究所が、


後ろへ小さくなっていく。


森岡が、


「もう二度と来たくないです」


と言った。


美琴も同じだった。


でも。


振り返った。


四階。


一番右端の窓。


最初の日。


白い女を見た場所。


今は、


誰もいない。


美琴は前を向いた。



午前二時十七分。


佐伯真由は、


留置室の隅を見ていた。


監視カメラには、


そう記録されていた。


部屋には、


佐伯しかいない。


職員が声をかけても、


最初は返事をしなかった。


佐伯の視線。


入口。


壁際。


少し右。


ベッドの横。


そして。


ゆっくり。


自分の目の前へ移動する。


まるで。


誰かが、


歩いて近づいてきたように。


佐伯の口が動いた。


音声には、


最初の言葉が小さすぎて残らなかった。


二度目。


今度は聞こえた。


「……明日香?」


職員が、


「佐伯さん?」


と呼ぶ。


佐伯は反応しない。


目の前の、


何もない空間だけを見る。


「違う」


誰かに答える。


「違うの」


沈黙。


数秒。


佐伯の顔色が変わる。


「それ……」


後ろへ下がる。


「どうして知ってるの?」


壁まで。


もう下がれない。


「それは」


声が震える。


「冬馬にも言ってない」


職員が扉へ近づく。


佐伯が、


突然首を横に振る。


「やめて」


「やめて、明日香」


そして。


聞き取れるほど、


はっきり言った。


「あなた、あの子には言わないって言ったでしょう」


誰もいない。


何もいない。


監視カメラにも、


佐伯以外、


何も映っていない。


それでも佐伯は、


目の前に立つ誰かを見上げる。


涙が流れる。


「違う」


「私は」


「私は、そんなつもりじゃ」


そして。


最後に。


二十四年間、


一度も言えなかった言葉を、


ようやく口にした。


「ごめんなさい」


その瞬間。


監視映像が、


一秒だけ乱れた。


砂嵐。


復旧。


職員の叫び声。


佐伯は、


床に倒れていた。

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