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怪異認定  作者: asnt2026


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30/36

第30話 先生の知らない幽霊

『冬馬』


もう一度。


女の声。


久世は動けなかった。


美琴が久世を見る。


これまでの怪異。


どんな現象にも、


まず原因を探した男。


その久世が、


今はただ暗闇を見ている。


「先生」


返事がない。


「久世先生」


ようやく我に返った。


「……電源を確認してください」


声がかすれていた。


三枝が操作盤を見る。


「旧系統だ」


「生きている?」


「一部だけ」


「切ってください」


「もう切ってる」


「ならなぜ」


三枝が怒鳴る。


「俺に聞くな!」


ザ――。


ノイズ。


声は消えた。


森岡が、


「今のも佐伯さんですか」


と聞く。


誰も答えない。


美琴は久世に聞いた。


「先生が作ったんじゃないんですよね」


久世が見る。


「違います」


「明日香さんの声?」


「……似ています」


初めて。


久世が認めた。


「本物の?」


「分かりません」


いつもの答え。


でも、


今度は意味が違った。


美琴にも分かった。


久世自身が、


本当に分からない。



佐伯は三階の旧診察室で見つかった。


窓辺に立っていた。


逃げてもいない。


隠れてもいない。


警察官が近づく。


「佐伯さん」


佐伯は振り返る。


「何?」


いつもの穏やかな顔。


「どこにいたんです」


「少し休んでたの」


「部屋にいませんでした」


「ここも昔は私の仕事場だったから」


松永が聞く。


「地下の保守操作盤をご存じですか」


佐伯の表情は変わらない。


「何のこと?」


「零号区画です」


「知らないわ」


三枝が言う。


「嘘つけ」


佐伯が三枝を見る。


「何が?」


「お前、使ってただろ」


「昔のことなんて覚えてない」


「被験者の刺激調整やってたじゃねえか」


佐伯の目が、


ほんの少し細くなる。


「私は看護師よ」


「だから状態見ながら弄ってたんだろ!」


「三枝さん」


松永が止める。


佐伯は静かだった。


「証拠があるの?」


三枝が黙る。


「二十四年前の設備を私が使えた証拠」


「お前」


「ないでしょう」


その言い方が、


美琴には妙に聞こえた。


知らない人間なら、


もっと違う否定をする気がした。


使えた証拠。


まるで、


証明できないことを知っているような。


久世が佐伯を見ている。


「佐伯さん」


「何?」


「『開けて』という言葉」


一瞬。


佐伯の呼吸が止まったように見えた。


「覚えていますか」


「何の話?」


「姉の録音は『ここから出して』で終わっています」


「そうだったわね」


「『開けて』は入っていない」


「それが?」


「誰がその言葉を知っていたんでしょう」


美琴も佐伯を見る。


佐伯は、


わずかに笑った。


「幽霊なら知ってるんじゃない?」


森岡が息を呑む。


久世の表情は変わらない。


「あなたは幽霊を信じるんですか」


「さあ」


佐伯は久世を見た。


「冬馬君は?」


久世が答えない。


「今、名前呼ばれたんでしょう?」


美琴の背中に寒気が走る。


「どうして知ってるんですか」


美琴が聞いた。


佐伯の目が動く。


「え?」


「地下で久世先生の名前が呼ばれたこと」


沈黙。


「佐伯さん、ここにいたんですよね」


「……誰かから聞いたのよ」


「誰から?」


佐伯は答えない。


松永が一歩前へ出る。


「佐伯さん。詳しく話を聞かせてください」


「私を疑ってるの?」


「確認です」


「幽霊を作ったのは冬馬君でしょう」


その言葉に、


美琴は久世を見る。


佐伯は続ける。


「なら、全部冬馬君なんじゃない?」


「戸倉さんの失踪も?」


「知らない」


「片桐さんの死亡も?」


「知らないわ」


「美琴さんの名前を呼んだのも?」


「知らない」


全部、


知らない。


でも。


戸倉と同じだった。


俺じゃない。


私は知らない。


否定するほど、


何かがあるように聞こえる。



佐伯は警察の付き添いで一階へ移された。


正式な逮捕ではない。


事情を聞くだけ。


久世と美琴は地下へ戻った。


「先生」


「はい」


「佐伯さんだと思ってます?」


久世は歩きながら答えない。


「美琴さんの名前を知っていた」


「ここにいる全員知ってます」


「私が名前を呼ばれたことも?」


「彼女が地下の音響設備を使っていたなら、自分で知ることができます」


「『開けて』も」


久世が止まる。


「問題はそこです」


「どういうこと?」


「『開けて』という言葉を私は知りませんでした」


「でも佐伯さんなら知っていた?」


「それを確認する必要があります」


「二十四年前の最後の一分」


「はい」


二時十六分。


録音停止。


二時十七分。


明日香死亡。


その間。


三枝は去ったと言っている。


片桐。


戸倉。


佐伯。


誰が残った。


「先生」


美琴が聞く。


「怪異を作った理由って、本当に犯人を見つけるためだったんですか」


久世がこちらを見る。


「少し違います」


「?」


「犯人を決めたかったわけではありません」


「じゃあ」


「反応を見たかった」


久世は零号室を見た。


「電話を見たとき」


「左足の跡を見たとき」


「三回の音を聞いたとき」


「姉の声を聞いたとき」


「本人しか知らない記憶があれば、必ずどこかで反応する」


美琴は理解する。


怪異そのものが、


質問だった。


言葉で聞かない。


証拠を見せない。


二十四年前の夜を、


一つずつ再現する。


「巨大な嘘発見器みたいなもの?」


「もっと不正確です」


「でもやった」


「はい」


「誰が一番おかしな反応をしたんです?」


久世は答えなかった。


美琴は思い返す。


戸倉。


『戸倉さん』


――俺じゃない。


三枝。


赤い固定ピン。


――捨てたはずだ。


片桐。


三回のノック。


――まただ。


そして。


佐伯。


『開けて』


鍵を落とした。


久世が言う。


「私が用意した刺激の中に、『開けて』はありませんでした」


「だから」


「最初にあの言葉が流れた時点で、私の実験は別の人間に乗っ取られていた」


「いつから?」


「分かりません」


「戸倉先生が消えたときには?」


「おそらく」


美琴は息を飲む。


つまり。


久世が幽霊を作った。


その偽物の幽霊を、


別の人間が見つけた。


そして、


その幽霊を利用して。


人を消した。


人を殺した。


「先生」


「はい」


「これって」


美琴は零号室を見る。


もう電話も鳴らない。


白い女もいない。


寒くもない。


ただの古い実験室。


そのはずなのに、


今までで一番怖かった。


「幽霊がいた方が、まだましだったんじゃないですか」


久世はしばらく答えなかった。


やがて、


「そうかもしれませんね」


と言った。


そのとき。


零号室の奥。


壁の向こうから、


コン。


美琴と久世が同時に振り向く。


コン。


二回。


久世の顔が強張る。


三回目。


コン。


美琴は、


声が出なかった。


久世の装置は、


すべて警察が撤去した。


それでも。


三回。


確かに、


壁の向こうから聞こえた。


そして久世が、


低い声で言った。


「……これは、私ではありません」

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