第29話 二つ目の操作盤
警察はその日のうちに、
久世が使用していた設備を押収した。
小型制御装置。
投影機。
振動装置。
録音機。
電源。
壁内へ通したケーブル。
美琴は、
一つずつ運び出されるのを見ていた。
驚くほど小さい。
幽霊を作るのに、
大掛かりな装置は必要なかった。
むしろ。
怖がる人間の頭の中で、
残りが完成する。
それが一番嫌だった。
◇
「これで終わるんですかね」
森岡が言った。
廊下。
警察官が行き交っている。
「何が?」
「怪異」
久世の装置は止められた。
電源も切られた。
投影機も外された。
なら、
白い女は出ない。
壁から声も聞こえない。
電話も鳴らない。
そのはず。
「終わってくれないと困る」
美琴は言った。
でも。
もし終わったら。
戸倉は?
片桐は?
誰が?
その答えだけが残る。
◇
三枝が、
久世の作った配線図を見ていた。
警察官に頼まれ、
旧設備との接続を確認している。
「違う」
突然言った。
「何がです?」
松永が聞く。
三枝は図面を指す。
「これだけじゃねえ」
久世も近づく。
「どういう意味です」
「お前、中央側しか見てねえだろ」
久世の眉が寄る。
「中央?」
「昔の刺激設備は、中央制御室から動かした」
「それは知っています」
「でも零号区画は別だ」
「別?」
三枝が壁の奥を見る。
嫌そうな顔。
「現場側にもあった」
「操作盤が?」
「ああ」
久世が初めて、
本当に言葉を失った。
「資料にはありません」
「あるわけねえだろ」
三枝が吐き捨てる。
「あの部屋自体、正式には存在しねえんだから」
美琴の背中が寒くなる。
「どこにあるんです?」
三枝。
「昔のままなら」
全員で地下へ向かう。
零号室。
規制線。
その手前。
今日見つかった保守通路。
警察官が先に入る。
三枝が案内する。
「ここを右」
「壁しかありません」
「下だ」
床。
古い金属板。
ボルト。
埃。
工具を使って外す。
その下。
縦長の小さな盤。
錆びたスイッチ。
端子。
古い表示。
美琴には何が何だか分からない。
久世はしゃがみ込む。
顔つきが変わっている。
「これ……」
「設備の試験用だ」
三枝。
「中央を通さず、現場で音や照明を確認する」
「なぜ」
「故障確認だよ」
「これを使えば」
久世が言葉を止める。
三枝が代わりに答える。
「お前が付けた機械を通さなくても、昔の設備なら直接動かせる」
美琴は理解する。
「じゃあ」
「誰かがここから操作したなら」
久世が盤を見る。
「私の側には記録が残らない」
美琴は、
あの夜を思い出す。
『開けて』
美琴の名前。
『開けないで』
久世が作っていない怪異。
「誰がこの場所を知ってるんです?」
松永が聞く。
三枝は答える。
「昔の設備を扱ってた奴」
「具体的には」
「俺」
美琴が三枝を見る。
「片桐」
死んだ。
「戸倉」
消えた。
そして三枝は、
少し間を置いて、
「佐伯も知ってたかもしれねえ」
美琴の胸が鳴った。
「佐伯さん?」
「看護師でしょう」
森岡が言う。
三枝が顔をしかめる。
「表向きはな」
「どういう意味ですか」
「被験者の状態を見ながら刺激を調整してた」
「刺激?」
「音を上げる。照明を落とす。温度を下げる。そういう操作だ」
美琴の頭の中で、
何かがつながり始める。
佐伯。
壁の音響設備について、
「もう壊れてるでしょう」
と言った。
零号室の電話が鳴る前、
壁を見た。
そして。
『開けて』
を聞いたとき、
鍵を落とした。
久世が聞く。
「佐伯さんは今どこです?」
誰も答えられなかった。
さっきまで一階にいた。
事情聴取も受けていた。
だが。
松永が無線を飛ばす。
返事。
「佐伯さん、部屋にいません」
美琴の喉が鳴る。
三枝が、
「まさか」
と呟いた。
そのとき。
地下の奥。
もう撤去されたはずの音響設備から、
ザ――。
ノイズ。
全員が止まる。
久世の顔が変わる。
「電源は?」
警察官。
「落としてあります」
ザザ――。
そして。
女の声。
『……冬馬』
久世が凍りついた。
美琴も。
今まで一度もなかった。
久世の名前。
『冬馬』
久世は、
ゆっくり暗闇を見る。
そして初めて。
科学者ではなく、
姉を失った弟の顔で、
「……姉さん?」
と呟いた。




