第28話 すべて偽物
「私を呼んだ電話は?」
美琴が聞いた。
久世は顔を上げる。
「違います」
「本当に?」
「はい」
「『開けて』は?」
「違います」
「片桐先生の部屋に出た三つの水滴」
「それも私ではありません」
「217」
「違います」
一つずつ。
久世の答えが、
今度は別の意味で怖かった。
松永がノートを見る。
「整理します」
指で項目を追う。
「あなたが認めるのは、最初の零号室の電話、戸倉さんの名前、左足の足跡、白い女性の映像、三回のノック、鏡の女性、温度低下、『ここから出して』という音声」
「はい」
「赤い固定ピンは?」
「私です」
三枝の顔が歪む。
「あれもか」
「同型品を用意しました」
「俺が使ったことを、知ってたのか」
久世が三枝を見る。
「確信はありませんでした」
「じゃあ何で」
「反応を見るためです」
三枝が椅子を蹴った。
「ふざけやがって!」
松永が止める。
「三枝さん!」
三枝は拳を握ったまま、
久世を睨みつける。
「お前ら姉弟は」
そこで止まった。
久世の目が鋭くなる。
「何です?」
「……何でもねえ」
三枝は顔を逸らした。
美琴は引っかかった。
姉弟。
ただの言葉のはずなのに。
三枝が、
言ってはいけないことを途中で飲み込んだように見えた。
「続けます」
松永。
「あなたが作っていないものは?」
久世は、
少し間を置いた。
「戸倉さんの失踪」
部屋が静かになる。
「『開けて』という音声」
「片桐さんの死亡」
「壁の217」
「神崎さんの名前を呼んだ電話」
「神崎さんの部屋で流れた『開けないで』」
そして。
「先ほど、通路内で流れた『開けないで』も」
森岡が顔を上げる。
「じゃあ、誰が」
「分かりません」
「でも先生の設備なんですよね」
美琴が聞く。
「一部は」
「どういう意味ですか」
久世は机に紙を置いた。
簡単な図。
中央制御。
古い配線。
各実験室。
「私は二十四年前の設計資料をもとに、使用可能な旧設備を調べました」
「復旧させた?」
「一部です」
「それを誰かが使った?」
「そう考えています」
「そんなことできるんですか」
「できないと思っていました」
久世は苦い表情を見せる。
それは、
美琴が初めて見る顔だった。
「私の装置は独立しています。外部からネットワーク侵入されるような構造ではない」
「じゃあ」
「だから、分からなかった」
美琴は、
第22話を思い出す。
自分の名前が呼ばれたとき。
久世は明らかに動揺した。
あれは。
幽霊を恐れていたのではない。
自分が設定していない現象が起きたから。
「私が名前を呼ばれたとき」
美琴が言う。
「先生、本当に驚いてたんですね」
久世は頷く。
「はい」
「でも説明しなかった」
「私が説明すれば、自分のしたことも話さなければならなかった」
「だから黙った」
「はい」
「そのせいで私は、自分が死ぬと思った」
久世が何も言わない。
「戸倉先生と同じように」
「……すみません」
美琴は、
その謝罪を聞きたくなかった。
◇
松永が聞く。
「それでは戸倉さんについて、あなたは本当に何も知らない?」
「最後に生きている姿を見たのは神崎さんたちと同じです」
「隠し通路は?」
「私は別の区画しか使用していません」
「戸倉さんの部屋からも通路へ入れる」
「今日初めて知りました」
美琴が久世を見る。
「でも先生、隠し通路を知らないって嘘をついた」
「私が使用している通路の存在を隠すためです」
「便利ですね」
「そうですね」
美琴の棘のある言葉にも、
久世は反論しない。
松永が続ける。
「片桐さん死亡時刻、あなたは?」
「地下設備区画にいました」
「証明できる人は?」
「いません」
「つまりアリバイはない」
「ありません」
警察官の目が変わる。
久世自身も分かっているはずだった。
怪異を偽造していた。
被害者たちを意図的に恐怖させた。
片桐死亡時にアリバイなし。
これだけなら、
久世が殺人犯と疑われても当然。
「先生」
美琴が聞く。
「片桐先生を怖がらせたことで、心臓が止まった可能性は?」
沈黙。
「先生の怪異が原因で」
「否定できません」
「じゃあ」
「ですが」
久世が初めて強く遮った。
「片桐先生が死亡した零号室へ、私は誘導していません」
「でも怪異を」
「最後に私が設定した片桐先生への刺激は、鏡の投影までです」
「三回のノックは?」
「最初の一度だけ」
美琴は息を止める。
「……最初だけ?」
「片桐先生の部屋で鳴った三回は、私ではありません」
第16話。
片桐の部屋。
三回。
机の上に残った、
三つの水滴。
美琴の皮膚が粟立つ。
同じ怪異が、
途中から誰かに真似されていた。
「誰かが」
森岡が呟く。
「先生の幽霊を真似してた?」
久世が答える。
「そう考えると、一番辻褄が合います」
美琴は部屋のドアを見る。
その向こう。
研究所。
まだ、
誰かいる。
幽霊ではない。
人間が。




