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怪異認定  作者: asnt2026


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第26話 壁の中の男

美琴は、しばらく動けなかった。


久世が消えた壁。


そこを見つめたまま、


自分が見たものを頭の中で繰り返す。


久世は迷わなかった。


壁の位置を知っていた。


押す場所も。


開け方も。


そして、その奥から聞こえてきた機械音。


それなのに昼間、


保守通路について、


「知らない」


と言った。


美琴は後ろを振り返った。


地下廊下。


誰もいない。


戻るなら今だった。


森岡を起こす。


警察官を呼ぶ。


それが普通だ。


なのに。


美琴は壁へ近づいた。


理由は自分でも分からない。


戸倉が消えた。


片桐が死んだ。


自分の名前まで呼ばれた。


そして、そのすべてを調べていた男が、


深夜、


誰にも隠れて壁の中へ入った。


知らないふりをして。


もう、


見なかったことにはできなかった。


久世が押した辺りを探る。


壁。


古い塗装。


指を滑らせる。


小さな窪み。


押す。


カチ。


美琴は息を止めた。


壁が数センチ開いた。


暗闇。


冷たい空気。


奥に細い通路が続いている。


美琴はスマートフォンのライトを点けた。


一歩。


中へ入る。


壁を閉じるか迷った。


開けたままにした。


何かあれば逃げられる。


通路は、


今日警察が調べた保守通路より狭い。


壁には古いケーブル。


錆びた配管。


そして、


所々に新しいものが混じっている。


黒い配線。


小さな箱。


結束バンド。


明らかに二十四年前のものではない。


美琴は一つにライトを向けた。


小さなランプが点滅している。


機械音。


低い、


ウーン、


という振動。


もっと奥。


久世はどこにいる。


足音を立てないよう進む。


左側の壁に、


小さな観察窓。


覗く。


洗面室だった。


あの鏡。


美琴のいる場所は、


鏡の裏側。


心臓が跳ねた。


さらに進む。


次の観察窓。


二階廊下を見下ろす角度。


その脇に、


小型の投影機のような機械。


美琴は足を止める。


脳裏に浮かぶ。


監視映像。


戸倉の背後を歩いていた白い女。


鏡の中。


明日香。


「……まさか」


声が漏れた。


その瞬間。


通路の奥で、


機械音が止まった。


美琴は口を押さえる。


静寂。


足音。


こちらへ近づいてくる。


美琴は逃げようとした。


遅かった。


通路の奥から光。


懐中電灯。


そして、


「神崎さん?」


久世の声。


美琴は動けなかった。


久世も立ち止まった。


二人の間。


数メートル。


久世の手には、


見たことのない小さな端末。


「どうしてここに」


美琴が先に聞いた。


久世は答えない。


「この通路、知らなかったんじゃないんですか」


「……戻りましょう」


「答えてください」


「ここは危険です」


「何が危険なんですか」


美琴の声が震えた。


恐怖か。


怒りか。


自分でも分からない。


「この機械、何ですか」


久世は黙っている。


「鏡の裏に投影機がある」


「神崎さん」


「白い女を映したんですか?」


久世の表情がわずかに変わった。


それだけで、


美琴には十分だった。


「先生が?」


返事はない。


「戸倉先生の後ろにいた女も?」


「……」


「片桐先生が見た明日香さんも?」


「ここでは話せません」


「じゃあ、どこなら話せるんですか!」


声が通路に反響する。


「みんな死んだり消えたりしてるんですよ!」


久世が一歩近づく。


美琴は反射的に後ろへ下がった。


久世が止まった。


それを見て、


美琴は気づく。


自分は今、


久世を怖がっている。


これまで、


怪異が起きるたびに最初に探した男を。


「戸倉先生はどこですか」


久世の眉が動く。


「知りません」


「片桐先生を殺したんですか」


「違います」


「信じろって?」


「今はそう言うしかありません」


「電話は?」


沈黙。


「私の名前を呼んだのも先生?」


久世は、


今度はすぐ答えた。


「それは違います」


「じゃあ、どれが先生なんですか」


久世は目を閉じた。


短く息を吐く。


そして、


「外で話します」


「ここでいいです」


「神崎さん」


「逃げませんから」


久世が美琴を見る。


その目に、


初めて疲労のようなものが見えた。


「私が逃げるんです」


「え?」


次の瞬間。


通路の奥。


暗闇から、


カチ。


何かが作動する音。


久世の顔が変わった。


「伏せて!」


美琴の肩を掴み、


床へ押す。


直後。


壁の奥から、


女の声。


『……開けないで』


美琴の身体が凍った。


あの声。


自分の部屋で聞いた。


『開けないで』


久世は美琴の隣にいる。


端末にも触れていない。


それなのに、


声は流れている。


久世は暗闇の奥を見る。


「……まただ」


美琴が顔を上げた。


「また?」


久世は答えなかった。


その表情には、


演技には見えない恐怖があった。

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