第23話 呪いの外側
眠れなかった。
当然だった。
美琴は森岡と同じ旧会議室で朝まで過ごした。
警察官も一階にいる。
久世も近くの部屋。
それでも安心できない。
電気を消す気にはなれなかった。
午前四時。
森岡は椅子で眠っている。
美琴はノートパソコンを開いた。
これまでの出来事を並べる。
戸倉。
名前を呼ばれる。
左足の足跡。
白い女。
失踪。
片桐。
名前を呼ばれる。
三回の音。
鏡の明日香。
死亡。
そして。
神崎美琴。
名前を呼ばれる。
何もない。
自分だけ、
二十四年前との接点がない。
「何で私なの」
口にしてから、
すぐ後悔した。
誰もいない部屋で言う言葉ではなかった。
◇
朝。
久世は一人で食堂にいた。
コーヒー。
ほとんど手をつけていない。
美琴が向かいに座る。
「先生」
「眠れましたか」
「眠れると思います?」
「思いません」
「じゃあ聞かないでください」
久世が少しだけ笑った。
それで、
ほんの少し気持ちが緩んだ。
「私の名前を知ってる人間なんて、ここにたくさんいますよね」
「ええ」
「だから人間がやろうと思えばできる」
「できます」
「電話を鳴らせれば」
久世の表情から笑みが消える。
「そうですね」
「先生はまだ電話の仕組みが分からない?」
「はい」
「警察が現場保存してたのに鳴った」
「事実としては」
「じゃあ、本当に……」
言葉を止める。
幽霊。
言いたくなかった。
久世が代わりに言う。
「神崎さん」
「はい」
「一つ、今までと違うことがあります」
「私が関係者じゃないこと?」
「そうです」
久世はテーブルに指を置いた。
「これまでの現象には、少なくとも二十四年前の出来事との関連性がありました」
「戸倉先生も片桐先生も」
「ええ」
「私にはない」
「ありません」
「じゃあ、どう考えるんです?」
久世は少し考える。
「仮に」
「はい」
「仮に一連の現象に意図があるとします」
美琴は黙って聞く。
「これまでは過去を知っている人間だけが対象だった」
「でも私が呼ばれた」
「つまり」
久世が美琴を見る。
「規則が変わった」
背筋が冷えた。
「そういう言い方、やめてもらえません?」
「すみません」
「全然安心できない」
「安心させるために嘘は言えません」
その答えは、
いかにも久世だった。
◇
午前十時。
警察が戸倉の捜索範囲を広げた。
研究所周辺の山林。
旧倉庫。
地下設備区画。
まだ見つからない。
三枝は事情聴取を受けている。
佐伯は、
片桐が死んでから急に口数が減った。
美琴は一人にならないよう、
森岡と過去映像を確認していた。
「これ」
森岡が止める。
第6話。
最初に零号室の電話が鳴った夜。
全員が電話を囲んでいる。
久世。
片桐。
戸倉。
三枝。
佐伯。
そして美琴たち。
「何です?」
「佐伯さん」
映像を戻す。
電話が鳴る。
全員驚く。
しかし、
佐伯だけ。
電話そのものではなく、
一瞬、
壁の方を見ている。
「これが?」
「いや、何となく」
森岡が再生。
今度は、
『戸倉さん』
の声が出る直前。
佐伯。
また壁を見る。
「偶然じゃない?」
「ですよね」
森岡は映像を進めた。
美琴は少し気になった。
でも、
何が気になるのか自分でも分からない。
◇
午後。
三枝が事情聴取から戻る。
「警察に全部話したんですか?」
美琴が聞く。
「知ってることはな」
「二十四年前のことも?」
「話した」
「最後の一分は?」
三枝は顔をしかめる。
「知らねえ」
「でも誰か残ってた」
「覚えてねえって言ってるだろ」
「三枝さん」
「しつこい!」
大声。
そのあと、
三枝は急に小さな声になった。
「思い出したくねえんだよ」
美琴は黙る。
三枝は窓の外を見る。
「お前も帰れ」
「私?」
「名前呼ばれたんだろ」
「……はい」
「なら帰れ」
「三枝さんは帰らないんですか」
苦い笑い。
「俺はもう逃げても同じだ」
「どういう意味です?」
三枝は答えなかった。
◇
夜。
美琴は森岡と食堂にいた。
今日は必ず一人にならない。
そう決めた。
午後十一時。
何もない。
零時。
何もない。
午前一時。
森岡が欠伸をする。
「俺、コーヒー淹れてきます」
「一人にならないって言ったでしょ」
「すぐそこですよ」
「私も行く」
二人で給湯室へ。
森岡が笑う。
「神崎さん、本気で怖くなってますね」
「悪い?」
「いえ。ちょっと安心しました」
「何が」
「俺だけじゃなかった」
「最初から怖かったの?」
「初日から」
美琴は少し笑った。
そのとき。
廊下の向こう。
白いもの。
一瞬。
美琴の笑顔が消える。
「森岡」
「はい?」
「今、誰か」
廊下へ出る。
誰もいない。
角まで行く。
その先も。
誰もいない。
戻ろうとしたとき。
壁の中から、
カリ。
小さな音。
美琴は止まる。
カリ。
森岡も聞いた。
「……ネズミ?」
美琴は答えない。
壁へ近づく。
カリ。
そして。
女の声。
ごく小さく。
『……か……』
美琴の身体が固まる。
森岡も顔色を変える。
壁の中から、
もう一度。
『……け……』
聞き取れない。
美琴は耳を近づけた。
その瞬間。
壁が、
囁いた。
『開けないで』




