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怪異認定  作者: asnt2026


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第21話 最後の一分

片桐の遺体が研究所から運び出されても、零号室の空気は変わらなかった。


むしろ。


人が一人いなくなったぶんだけ、


そこに何かが残ったように感じた。


警察は零号室を立入禁止にし、入口に規制線を張った。


一階の旧会議室には臨時の捜査拠点が設けられ、地元署の警察官が二人残ることになった。


戸倉の行方も分からないままだからだ。


番組スタッフの一部は下山した。


小西も機材の一部を持って帰った。


残ったのは美琴と森岡。


そして久世。


二十四年前の関係者では、


三枝と佐伯。


それだけになった。


「今なら帰れますよ」


久世が言った。


夕方。


美琴は資料室で明日香の音声を聞き直していた。


『ここから出して』


そこで途切れる。


「先生こそ帰らないんですか」


「帰れません」


「お姉さんのことがあるから?」


「それもあります」


「それも?」


久世は答えなかった。


美琴は再生機を見る。


「私も残ります」


「仕事のためなら、勧めません」


「もう仕事だけじゃないです」


戸倉はどこへ消えたのか。


片桐はなぜ死んだのか。


そして。


録音が切れた午前二時十六分から、


明日香が死亡したとされる二時十七分まで。


最後の一分。


そこに何があったのか。


知らないまま帰ることはできなかった。



「俺が止めた」


声がした。


資料室の入口。


三枝が立っていた。


酒は飲んでいない。


昨日までより、


急に老けたように見えた。


「何をですか?」


美琴が聞く。


「録音」


久世が三枝を見る。


「午前二時十六分の?」


三枝は頷いた。


部屋に入る。


椅子には座らなかった。


「片桐に言われた」


「何と?」


「止めろって」


「なぜ?」


「知らねえよ」


久世は黙っている。


三枝が苛立つ。


「何だよ」


「続けてください」


「……あの晩、明日香が零号室に入った」


美琴の手が止まった。


初めて。


当時の関係者本人の口から、


それが語られた。


「自分で?」


「最初はな」


「最初は?」


三枝は視線を逸らす。


「資料を探してた」


「何の資料です?」


「実験の記録だ」


「不正な実験?」


三枝の顔が歪む。


「今さら俺に説明させんな」


「必要です」


久世の声は静かだった。


「姉は何を知ったんです?」


「知らねえ」


「三枝さん」


「本当に知らねえんだよ!」


怒鳴ったあと、


三枝は息を吐いた。


「俺は設備だけだ」


また同じ言葉。


けれど今度は、


自分に言い聞かせているように聞こえた。


「片桐から言われたことをやった。それだけだ」


美琴が聞く。


「赤い固定ピンも?」


三枝が黙った。


「零号室の扉を開かなくしたんですよね」


長い沈黙。


やがて、


「……入れた」


と答えた。


森岡が息を呑んだ。


「何で?」


「点検のためだって言われた」


「明日香さんが中にいるのに?」


「その時は……」


三枝の言葉が止まる。


久世。


「知っていた」


三枝が睨む。


「違う」


「では知らなかった?」


「……後で知った」


「いつ?」


答えない。


久世の口調は変わらない。


「二時十四分には姉が電話しています」


三枝の拳が握られる。


「『ここから出して』と」


「やめろ」


「二時十六分、あなたは録音を止めた」


「やめろ」


「その時点で姉が中にいることを知っていた」


「やめろ!」


机を叩いた。


再生機が揺れる。


警察官が入口から顔を出した。


「大丈夫ですか?」


美琴が頷く。


三枝は俯いた。


しばらくして、


小さく言った。


「生きてた」


久世が見る。


「何です?」


「俺が最後に聞いたときは、生きてたんだ」


「何を聞いたんです」


三枝は顔を上げた。


「扉を叩く音」


美琴の背中に寒気が走る。


「三回ですか」


三枝は答えない。


それが答えだった。


「二時十六分に録音を切った。それから?」


久世が聞く。


「出た」


「どこへ」


「制御室」


「零号室前には誰も残っていなかった?」


三枝の目が揺れた。


ほんの一瞬。


美琴は気づいた。


「誰かいたんですね」


三枝が美琴を見る。


「誰ですか?」


「……覚えてねえ」


「二十四年前のことは覚えてないのに、三回の音は覚えている?」


三枝は何も言わなかった。


そして、


「俺は殺してない」


と言った。


また。


戸倉と同じ言葉だった。



その夜。


警察から片桐について、ごく初期の所見だけが伝えられた。


目立った外傷はない。


毒物の有無はこれから。


死因は現段階では不明。


ただし、


「何者かに襲われた」と断定できる痕跡も見つかっていない。


そして壁の「217」。


液体はただの水に近いという。


森岡が言った。


「水であんな文字、書けます?」


美琴は答えなかった。


書ける。


当然だ。


人間にも。


でも。


なぜ二時十七分なのか。


なぜ片桐は死んだのか。


なぜ戸倉は消えたのか。


人間がやったと考えても、


説明できないことばかりだった。


午前二時十六分。


美琴は自室で時計を見ていた。


あと一分。


見るつもりはなかった。


それでも数字から目を離せない。


二時十七分。


何も起きない。


十秒。


二十秒。


三十秒。


美琴は息を吐いた。


馬鹿みたい。


そう思った瞬間。


遠くで、


ジリリリリ。


電話が鳴った。


美琴の身体が固まる。


音は地下からだった。

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