第17話 鏡の女
四日目の夜。
雨は弱まっていた。
道路復旧の連絡はまだない。
外に出られない。
戸倉も見つからない。
そして、
名前を呼ばれた片桐の周囲で、
怪異が続いている。
誰も口にはしなかったが、
全員が同じことを考えていた。
戸倉の次は、
片桐なのではないか。
◇
午後十時三十八分。
悲鳴が聞こえた。
男の声。
美琴は部屋を飛び出した。
廊下の奥。
洗面室。
片桐が床に座り込んでいる。
「片桐先生!」
鏡を指さしている。
「そこに」
「何が?」
「いた」
鏡。
古い大きな鏡。
美琴と片桐が映っている。
他には誰もいない。
「誰がいたんです?」
片桐の唇が震える。
「明日香」
美琴の身体が硬くなる。
遅れて久世たちが来る。
「どうしました」
片桐は久世を見る。
「お前……」
「はい」
「お前、何をした」
久世の眉がわずかに動く。
「何の話ですか」
「ふざけるな」
片桐が立ち上がる。
「明日香を使って、俺を脅してるのか」
美琴が息を呑む。
久世は冷静だった。
「何を見たんです?」
「白衣だ」
「顔は?」
「見た」
「姉だったと?」
「そうだ!」
片桐の怒鳴り声。
「二十四年前のままだった」
沈黙。
美琴は鏡を見る。
自分たちしかいない。
「片桐先生」
久世が一歩近づく。
「私が姉を使ったと言いましたね」
「そうだ」
「具体的にどうやって?」
「知らん」
「映像ですか?」
「知らん!」
「投影?」
「黙れ!」
片桐は洗面室を出ていく。
久世は追わない。
鏡の前に立つ。
角度を見る。
壁。
天井。
裏側。
「何か仕掛けられそうですか?」
美琴が聞く。
「可能性だけならいくつもあります」
「例えば」
「ハーフミラー。投影。反射。照明」
森岡が少し安心したように言う。
「じゃあ誰かのいたずら?」
「可能性はあります」
「また調べれば」
「ええ」
久世が鏡を見た。
「調べます」
◇
午前一時。
美琴は管理室で洗面室の監視映像を確認していた。
カメラは洗面台の入口を斜めから映している。
片桐が入る。
手を洗う。
鏡を見る。
停止。
数秒。
片桐が後ろへ下がる。
悲鳴。
床へ転ぶ。
「鏡そのものは映ってないですね」
森岡が言う。
「角度的に」
「片桐先生の反応だけ」
美琴は映像を戻す。
そのとき。
「あれ?」
「何です?」
片桐が鏡を見た直後。
壁。
鏡の反対側。
白いものが一瞬映っている。
「止めて」
拡大。
白い袖。
人の腕のようにも見える。
だが、
次のフレームではない。
「誰かいた?」
「カメラの死角から?」
「でも片桐先生以外、誰も入ってない」
久世を呼ぶ。
映像を見る。
何度も。
いつものように。
「どうです?」
美琴が聞く。
「判断できません」
「また」
「ええ」
久世は立ち上がる。
「洗面室をもう一度確認します」
三人で向かう。
真夜中。
誰もいない洗面室。
久世が鏡の前。
美琴と森岡が入口。
照明を消す。
点ける。
角度を変える。
何もない。
「先生」
森岡が言う。
「もういいんじゃないですか。明日に」
返事がない。
久世は鏡を見つめている。
「先生?」
美琴が声をかける。
その瞬間。
鏡の奥。
久世の後ろ。
白い女が立っていた。
美琴の喉から声が出なかった。
白衣。
黒い髪。
顔は見えない。
久世は気づいていない。
美琴がようやく叫ぶ。
「先生、後ろ!」
久世が振り返る。
誰もいない。
もう一度鏡を見る。
女もいない。
森岡が壁に背中をぶつけた。
「見ました?」
美琴。
「見た」
「俺も……」
久世だけが黙っている。
「先生」
美琴が聞く。
「今の……」
久世は鏡の前に立ったまま、
静かに言った。
「部屋を閉鎖しましょう」
「え?」
「今夜は誰も入らないでください」
それだけ言って出ていく。
美琴はその背中を見た。
初めてだった。
久世が、
調べる前に場所を離れたのは。




