第16話 三回
三回。
それ以上、
音はしなかった。
久世と三枝を呼んだ。
資料室の天井。
上は二階の廊下。
誰もいない。
三枝が天井裏を確認する。
「ネズミじゃねえのか」
久世が聞く。
「ネズミが一定間隔で三回だけ、同じ強さで叩きますか」
「知らねえよ」
「配管は?」
「あるが、足音のときとは系統が違う」
久世は天井へ測定器を当てる。
片桐は椅子に座っていた。
いつもの威圧感がない。
「片桐先生」
久世が呼ぶ。
反応なし。
「先ほど『三回』と言いましたね」
片桐が顔を上げる。
「言っていない」
「神崎さん」
美琴は迷った。
「……言いました」
片桐が美琴を睨む。
久世は続ける。
「三回という回数に心当たりが?」
「ない」
「明日香が亡くなった夜にも、同じ音を聞きましたか」
「ない」
「では」
「ないと言っている!」
片桐が立ち上がった。
椅子が倒れる。
「お前は何をしに来た」
久世は動かない。
「怪異の調査です」
「違う」
片桐の指が震えている。
「お前は姉のことを嗅ぎ回りに来た」
「それも否定しません」
美琴は久世を見る。
「二十四年前のことは終わった」
片桐が言う。
「事故として処理された」
「処理された?」
久世が繰り返す。
片桐の顔が固まる。
「事故だった」
「先ほどから表現が変わっています」
「何がだ」
「事故だった。事故として処理された」
久世は淡々としている。
「意味は同じですか?」
片桐は何も答えない。
◇
翌日。
片桐は部屋から出てこなかった。
食事も佐伯が運んだ。
美琴は久世と二階廊下を調べていた。
「先生」
「はい」
「片桐先生、何か隠してますよね」
「その可能性は高いでしょう」
「事故じゃないと思ってる?」
久世は少し考える。
「以前からそう思っています」
「どうして?」
「事故記録に不自然な点がある」
「例えば」
「死亡推定時刻と発見時刻の差」
「十一分ですよね」
「それだけではありません」
久世は言葉を止めた。
「何ですか?」
「まだ確証がありません」
また、
まだ。
美琴は苦笑した。
「先生、その言葉増えましたね」
「そうですか?」
「ここに来てから」
久世は少し笑った。
「答えを急ぐと、間違えますから」
その瞬間。
ドン。
二人とも止まった。
二階廊下。
音は、
片桐の部屋の中から。
ドン。
美琴が扉を見る。
ドン。
三回。
中から、
何かが倒れる音。
「片桐先生!」
美琴が扉へ走る。
鍵がかかっている。
「片桐先生!」
返事がない。
久世が三枝を呼ぼうとしたとき、
鍵が開いた。
片桐が立っている。
顔面蒼白。
「大丈夫ですか?」
「入るな」
「何があったんです」
「何もない」
「今の音」
「出ていけ」
美琴は部屋の奥を見る。
壁。
ベッド。
机。
誰もいない。
だが、
天井ではなく、
机の上に三つ、
濡れた跡があった。
指先で叩いたような、
丸い水滴。
一列に。
片桐が気づき、
慌てて布で拭いた。
「何ですか、それ」
「水だ」
「どこから?」
「知らん!」
扉を閉められる。
美琴は久世を見る。
「今の、見ました?」
「はい」
「どう思います?」
久世は答えず、
閉じた扉を見ていた。
その夜から、
片桐は部屋の電気を消さなくなった。




