第14話 赤い固定ピン
三枝は赤い金属片を拾わなかった。
「何なんですか、これ」
美琴がもう一度聞く。
「知らねえ」
「さっき『捨てたはず』って」
「聞き間違いだ」
「最近、それをよく言われます」
三枝の眉が動く。
「戸倉先生にも」
沈黙。
「三枝さん」
「……保守用の部品だ」
ようやく答えた。
「何の?」
「古い扉」
「零号室?」
三枝は美琴を見た。
答えそのものだった。
◇
久世を呼ぶ。
赤い金属片を見た久世は、手袋をして持ち上げた。
「固定ピンですね」
「知ってるんですか?」
「形状から判断しているだけです」
三枝が舌打ちする。
「安全装置を殺すためのもんだ」
美琴が振り返る。
「安全装置を?」
「実験室の扉には非常開放機構があった。停電したり、中の奴がパニックになったら開くようにな」
「じゃあ、これを使うと?」
「開かなくできる」
森岡が顔をしかめた。
「何でそんな物が必要なんです?」
三枝は答えない。
久世が代わりに聞く。
「保守時ですか」
「そうだよ」
「扉の調整中に勝手に開放されないよう固定する」
「そういうことだ」
「零号室にも?」
三枝の口が止まった。
「覚えてない」
久世は赤いピンを見る。
表面には錆。
だが、
一部だけ妙に新しい擦り傷がある。
美琴にも分かった。
「これ、最近使われてません?」
三枝が奪うように手を伸ばす。
久世が避けた。
「触らないでください」
「俺のだ」
「二十四年前の物なら、今は研究所の備品でしょう」
「だから何だ」
「なぜ捨てたと思ったんです?」
三枝が黙る。
「三枝さん」
久世の声は穏やかだった。
「二十四年前、これを使いましたか?」
「使ってねえ」
即答。
「では、なぜ捨てたと?」
「似たもんを全部処分したんだよ」
「いつ」
「閉鎖のときだ」
「理由は?」
「必要ねえからだ!」
怒鳴り声が廊下に響いた。
三枝は呼吸を荒くしながら久世を睨む。
「俺は設備担当だった。それだけだ」
「それ以上のことは聞いていません」
「聞いてるのと同じだろ」
三枝が背を向ける。
数歩進み、
止まった。
「その部屋」
誰も何も言わない。
「零号室はな」
三枝は振り返らず続ける。
「普通の実験室じゃなかった」
「どういう意味ですか?」
美琴が聞く。
三枝は答えなかった。
そのまま去っていく。
◇
午後十一時五十五分。
美琴は眠れず、食堂で水を飲んでいた。
佐伯が入ってくる。
「神崎さんも眠れない?」
「はい」
佐伯は向かいに座った。
顔色が悪い。
「三枝さん、零号室は普通の実験室じゃないって言ってました」
「そう」
「佐伯さんは知りませんか」
「また取材?」
「違います」
美琴は少し笑った。
「もう仕事って感じじゃなくなってます」
「帰りたい?」
「正直に言うと」
「私も」
佐伯も笑った。
一瞬だけ、
いつもの穏やかな佐伯に戻る。
美琴は聞いた。
「明日香さんは、零号室に入ったことがありますか?」
佐伯の笑みが消えた。
「どうしてそう思うの」
「電話が鳴る。足跡が出る。『開けて』って声がする」
「偶然でしょう」
「久世先生は説明できないと言っています」
その名前を出したとき、
佐伯の目がわずかに動いた。
「冬馬君は……」
美琴は聞き逃さなかった。
「冬馬君?」
「昔から知ってるから」
「久世先生も研究所に?」
「違うわ」
佐伯はすぐ答えた。
「明日香の弟。それだけ」
「よく来てたんですか?」
「……たまにね」
それ以上、
佐伯は話さなかった。
午前零時二分。
突然。
館内のどこかで、
ジリリリリ。
電話が鳴った。
佐伯の身体が硬直する。
美琴も立ち上がった。
零号室ではない。
音は、
一階廊下の古い内線電話からだった。
久世たちも集まる。
三枝。
片桐。
森岡。
全員が電話を囲む。
片桐が苛立ったように言う。
「またか」
久世が受話器を取った。
雑音。
ザ――。
そして。
『……片桐先生』
片桐の顔から、
表情が消えた。




