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怪異認定  作者: asnt2026


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第13話 開けて

『……開けて』


二度目の声が消えた。


零号室には、誰の呼吸なのか分からないほど浅い息遣いだけが残っていた。


床に落ちた鍵を、佐伯は拾おうとしない。


美琴は電話と佐伯を交互に見た。


「佐伯さん」


返事がない。


「大丈夫ですか?」


ようやく佐伯が顔を上げた。


「……大丈夫」


そう言った声が、大丈夫ではなかった。


三枝が苛立ったように久世を見る。


「今のも説明できないのか」


久世は受話器を耳から離した。


「まず録音を確認します」


「そんなこと聞いてねえ」


「順番に調べます」


「女が『開けて』って言ったんだぞ」


「聞こえました」


「誰なんだ」


久世は答えず、電話機の裏へ回った。


いつもの久世だった。


少なくとも、そう見えた。


けれど美琴は気づいていた。


最初に声が聞こえた瞬間。


久世が見たのは電話ではない。


佐伯だった。


「先生」


美琴が近づく。


「何でしょう」


「さっき、佐伯さんを見ましたよね」


一瞬の間。


「皆さんの反応を見ていました」


「どうして佐伯さんを?」


「特に動揺していたからです」


それだけ言うと、久世は作業へ戻った。


佐伯が床の鍵を拾った。


指が震えている。


美琴はもう一度聞いた。


「今の声、知ってるんですか?」


「知らないわ」


「でも」


「知らない」


少し強い声だった。


佐伯自身が驚いたように目を伏せる。


「ごめんなさい」


「いえ」


「ただ……」


佐伯が零号室の扉を見る。


「嫌な声だったから」


「明日香さんの声ですか?」


佐伯は顔を上げた。


すぐには答えない。


「二十四年前の声なんて、覚えてないわ」


そう言って部屋を出ていった。


その背中を三枝が見送っている。


三枝もまた、何かを知っている。


美琴にはそう思えた。



午後。


久世は森岡が録音した音声を何度も再生していた。


『……開けて』


短い。


女。


年齢は分からない。


音が潰れている。


「声紋分析とかできないんですか?」


森岡が聞く。


「比較対象が必要です」


「明日香さんの声とか」


久世の手が止まった。


美琴が見る。


「残ってるんですか?」


「古い研究記録に音声はいくつかあります」


「じゃあ比較できますよね」


「音質が違いすぎます。結果が出ても信頼性は低いでしょう」


久世はそう言った。


森岡がヘッドホンを外す。


「でも、これ本当に嫌ですね」


「何が?」


美琴が聞く。


「『助けて』じゃないんですよ」


「え?」


「『開けて』ってことは」


森岡が零号室の方を見る。


「誰か、閉じ込められてるみたいじゃないですか」


美琴の背中に冷たいものが流れた。


明日香の事故現場は階段。


資料にはそう書かれていた。


なのに、


零号室。


電話。


午前二時十七分。


「開けて」


一つずつ、


事故報告書の内容から離れていく。



夜。


美琴は一人で資料室にいた。


二十四年前の事故報告書をもう一度開く。


久世明日香。


転落事故。


北棟一階階段。


発見時刻、午前二時二十八分。


死亡推定時刻、午前二時十七分前後。


美琴は紙をめくる。


写真。


階段。


血痕。


そこまで見たところで、


妙なことに気づいた。


靴。


階段の踊り場に、


女性用の靴が一足写っている。


両方ある。


美琴は眉を寄せた。


左足だけの濡れた足跡。


あれは何だったのか。


資料を戻した。


そのとき、


廊下で音がした。


カラン。


金属音。


美琴は扉を開ける。


誰もいない。


床。


赤いものが落ちている。


拾わず、懐中電灯を向けた。


細長い金属製の部品。


十センチほど。


片側が赤く塗られている。


何に使うものか分からない。


その先。


廊下の突き当たり。


三枝が立っていた。


「三枝さん?」


三枝は美琴ではなく、


床の赤い金属を見ていた。


顔色が変わる。


ゆっくり近づいてくる。


「触るな」


「何ですか、これ」


三枝は答えない。


「知ってるんですか?」


「誰が持ってきた」


「今、落ちてました」


「嘘つけ」


「本当です」


三枝は赤い金属片を睨んだ。


そして、


ほとんど独り言のように言った。


「捨てたはずだ」


美琴の身体が固まる。


「……何をですか?」


三枝が美琴を見る。


しまった、


という顔だった。

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