第七話 耳
「雅、そろそろ交替の時間だけど大丈夫か……お前」
「あら、茜。珍しく私を心配してくれるのね。大丈夫よ」
今はちょうど仕事の折り返しの時間で、俺と二人は飲み物を片手に休憩していた。
患者が横になるためのベッドに、茜は腰を下ろしながら雅さんに話しかけている。
雅さんは患者の椅子に座りながら、茜さんに返事をしていた。
こうやって見ると、対照的な二人。
だけど、見ていると仲が悪いと言うより、信用してるからこそ軽口を叩きあっているように見えた。
「それならいいんだけどよ……。てか、斗賀見君は凄いな? 昔、医療系の仕事とかしてたのか?」
ずっと茜さんと雅さんが会話をしていて、俺は蚊帳の外だった。
ただ、聞いているだけの役割に徹していたと思ったら、賛辞の言葉と共に話題を振られて、思わず肩が跳ねてしまう。
「え? あ、初めてですよ。アルバイトは……少ししてましたけど」
「ははっ、マジか。そりゃ、すげーよ。的中率、百パーセントだろ?」
それなら才能だな、とケタケタと笑いながら茜さんが言う。
すげーよ、の一言には全ての意味が込められているように聞こえて、褒められることの少ない俺は、頬が少し熱くなった。
でも、的中率ってなんだろう。
聞き返そうとすると、雅さんが先に口を開いた。
「茜、少し喋りすぎよ」
雅さんが座っていた椅子がギイっと音を立てた。
「いいじゃねーか。この隔離区が守られてるのは斗賀見君のおかげでもあるだろ? 褒めれる時に褒めないとな」
雅さんに咎められても、あっけらかんとしている茜さんがそう言った。
ぶつぶつと文句を言う雅さんの姿はなんとなく新鮮で、能面と思っていた仮面が少し剥がれているように思った。
そんなことを考えながら雅さんを見ていると、再び茜さんが俺に話題を振ってきた。
「なあ、何か見分けるコツとかあるのか?」
そんな問いかけだった。
茜さんへ顔を向けると真剣な眼差しを俺に向けていて、心臓が一拍強くなる。
「えっと……それは、その」
なんと切り出すべきか、上手く言葉にできないでいた。
雅さんへ助けてと視線を送るが、彼女も気になっているのか俺をただ見ているようだった。
いつまでも話さない俺に痺れを切らしたのか、茜がベッドから立ち上がり飲み物を口に運んでから、口を開いた。
「末期症状が発症するまで、自分では針の音は気づかない。聴診器を当てても、初期症状なら心臓の音にかき消されてしまうのがほとんど」
こうやって淡々と語る彼女を見ていると、ヤンキーと言うイメージが全て崩れるようだった。
医療従事者。その言葉がピッタリに見える。
「君がここで働くまで、第三検疫所まで逃れた感染者も多かった。それが、ここ一年、激減している。医者ですら初期の発見は難しいのに、な」
一気に話した茜さんは、残った飲み物をぐいっと飲み干した。
「えっと……その、いや……」
なんとなく、責められてるようで自然と体が縮こまってしまう。
顔が下を向き、白い床と茜さんの足が映っていた。
「ほら、茜。斗賀見さんが怯えてるでしょ」
「え!? あぁ、悪い。責めてるわけじゃないんだわ」
塞ぎ込んでしまった俺を雅さんがフォローしてくれる。
「斗賀見さん、茜がいいたいのはね。もし、そう言うコツがあれば、この隔離区がもっと安全になるから教えて欲しいっていいたいの。だから、許してあげてね」
ここ一年、雅さんとはあまり話をしたことなかった。
あったとしても仕事の会話ばかりで、こうやって優しく接してくれたこともない。
本当はとても優しい人なのかもしれないと思った。
俺は彼女の優しさに支えられながら、顔を上げる。
「あの、すいません。コツと言われると説明が難しくて」
俺の耳は——おかしい。
あの日、両親が死んだ日から時計の音が異様に聞こえるのだ。
それこそ初期症状でも、聴診器なんて必要ないくらいはっきり聞こえる。
茜さんが言っていた心臓の音なんて、俺には聞こえないんだ。
「思いついたら、話ますね」
そう言って俺は誤魔化すことにした。
茜さんは、おうよ、と言って空になった缶を手に持って外へと出て行った。
「あの、斗賀見さん」
二人きりになって、雅さんから話かけられるとは思わなくて体が一瞬硬直してしまう。
「……はい、なんでしょう?」
「コツ、分かったら、私にも教えてくださいね」
柔らかい口調とは裏腹に、俺を見つめる眼差しは真剣そのものだった。
瞳の奥に感じた鬼気迫る感覚に、頷きを返すことしかできない。
「ありがとうございます」と、雅さんが言って、茜さんと同じく部屋を出て行ってしまった。
「はぁ〜……なんだろ。耳のこと話せば良かったのかな?」
普通の人とは違う俺の耳。
そう呟きながら、両手を耳に当てるとくぐもった音がした。
今は、チッチッチッと言う音は聞こえないけど、感染者が部屋に入ってくれば俺の耳がその音を拾う。
これまで、このことを誰かに話したことはない。
もし、バレたら研究機関とかに送られて自由がなくなってしまいそうで嫌だったのだ。
でも、時折、俺の耳を研究すれば何かこの病気に関して進展するのかもしれないと、思ったりもする。
その度に心がチクチクと痛んで、考えないようにしていたけど今は腹の中が針に刺されたように、痛い。




