第五話 一人増えた
「……おはようございます」
「おはようございます。罪人さん」
朝の五時。
バイトの時間になったから出社すれば、雪村さんが満面の笑みで出迎えてくれた。
しかも、いつもならドアが開いたら向こうから声をかけてくるのに、今日に限っては近づくまで一言も言葉を発しなかった。
「今日もお元気そうで、なによりです。そう言えばなんですけど、罪人さん」
「斗賀見です……」
「過去投稿、気になってちょっと拝見させてもらったんですけど——」
辞めてくれ。それ以上先を言われたら、俺の心は砕け散る気がした。
そのピンク色の唇を今すぐ塞いでやろうと思ったけど、それより先に開いてしまった。
「今日から新しい職場。凄い疲れたけど、受付の女性めちゃくちゃ可愛い! それだけで頑張れる気がする。お近づきになりたい! って、一年前の投稿あれって——」
「違いますそもそも罪人さんって誰のことでしょうか? 俺ならそんな名前にしたりしませんよ?」
あたかも平静を装って答えるようにしたけど、若干早口になってしまう。
「へぇ〜、そうなんですね。せっかく一緒にご飯に行ってあげようと思ったんだけどな〜」
「それはダメです。雪村さん、俺に奢ってもらいたいだけですよね? それに、彼氏いるじゃないですか」
なんであの時の投稿を消してなかったんだと、その時の俺を呪い殺してやりたくなった。
まだ、完全にバレてない、はず。
そう思いたいけど、雪村さんのニヤついた目がいやに突き刺さる。
「あ! 私、彼氏いたんだった」
わざとらしく、自分の手の平を片手でポンと叩いてそんなことを言ってきやがった。
それは彼女いない歴が年齢の男にたいして喧嘩を売ってるのか。
睨み返そうと彼女を見たが、机の下をゴソゴソと漁っていて俺の威嚇は空を切る。
「ご飯の件は彼氏に許可とってみますね。はい、白衣と聴診器です」
仕事の時の口調はいつも丁寧。
最初は、アルバイトだから雑に扱われるかと思っていた。
でも、そんなことはなく、優しくて丁寧に説明してくれて俺の心が傾いたのは事実だ。
蓋を開けてみれば彼氏がいると知って、めちゃくちゃ落ち込んだよ。
今は割り切って、同僚兼、友人って感じで接している。
「彼氏に聞いても、良いなんて絶対に言わないですよ。どれだけ奢って欲しいんですか、たく」
受け取った白衣を羽織りながら、雪村さんにそう言った。
「ん〜、そんなことないと思うんですけどね……」
顎に人差し指を当てながら考えるそぶりを見せる雪村さんに、呆れた視線を送って俺はその場を立ち去る。
「……い……に、あまり、かか……いで……」
何かを喋っていたようだったが聞き取れない。
聞き返そうとしたけど、検診の時間が迫っていて俺は急いで二階へと向かった。
「……おはようございます」
ガラガラと扉を引いて部屋に入ると、能面の看護師と目があった。
雪村さんとは違い冷たい目に、少しだけ挨拶をするのに躊躇してしまう。
「おはようございます」
「おは、、ざいます」
二つの声が返ってきて、一瞬戸惑ってしまう。
「神祈さん。今日から一人と言うことで、夜勤を担当していた同僚を取り寄せました」
取り寄せた、って。てか、全然気づかなかった。
検診に来た人が座る椅子に、項垂れるように腰を下ろしている金髪の女性。
看護師とは思えない、乱暴な姿。
能面の看護師とヤンキーの看護師。
まともな人はいないの、かな。
「ほら、仕事なんだからシャキッとしなさい」
いつも感情をあまり見せない、いつもの看護師さんが珍しく眉をひそめている。
椅子に座る金髪の看護師の脇に手を回して、強引に立ち上がらせようとしていた。
「うぷっ! 雅、辞めてくれ。俺はよぉ、限界なんだ体が。ずっと夜勤をやらされてたのに、今度は朝から働けだと……しかも、休みなしでよぉ」
金髪の看護師から発せられた言葉は、白衣の天使と呼ぶには似つかわしくない口調である。
しかも、一人称が俺。
少しだけ、苦手なタイプかもしれない。
てか、いつも俺の担当をしてくれる看護師さん、名前、初めて聞いた。
「仕方ないでしょ、人手不足なんだから。早く立って、茜」
金髪の看護師さんは茜と言うらしい。
てか、気分悪そう。
そう言えばSNSでナースさんも同じようなこと言ってたような、まさかね。
「わーったよ。たくよぉ、こちとら体の中がボロボロなんだぞ。てか、他の看護師に任せろよ、余ったんだろ?」
そう悪態をつきながら茜さんが立ち上がる。
項垂れた顔が持ち上がって、俺と目があった。
死んだような目。だけど、鋭くて思わず視線を逸らしてしまう。
「斗賀見君って言ったっけ? 今日からよろしく。俺は茜だ。紙切茜」
恐る恐る、もう一度彼女へ目を向けると、乱れた髪を手で直していた。
顎の少し下くらいまで伸びた髪。
自分で切っているのか、少しアンバランスな感じがする。
粗雑で乱暴なイメージだが、ちゃんと挨拶をしてくれて少し肩の力が抜けた。
俺からも自己紹介をすると、欠伸をしながら手を振ってくる。
そして、俺がいつも座っている椅子に腰を下ろすと雅さんは準備ができたことを伝えるために外に出て行った。
「あの、茜……さん」
「ん? どうした?」
「その、夜勤をずっとしてたのにどうして検疫を担当に?」
なんとなく、話そうとすると緊張してしまう。
茜は俺の質問に、気怠げに口を開いた。
「全員、ここの担当を外してくれって請願したらしいぞ」
つまらなさそうにそう答えると、立ったまま目を瞑ってしまった。
俺達のようなアルバイトだけじゃない。
それだけ、ここの担当はきついってことなのか。
そう考えていると。
「斗賀見さん、入りますね」
最初の一人を連れて、雅さんが戻ってきた。




