第四話 時計の音
ガバっと、目がこじ開けられた。
「……暗い」
消えないチクタクについて考えていたら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
テレビの棚の上に置いてあった時計に目を向けると、無機質な文字で十九時を表示していた。
少し休むつもりが、だいぶ寝入ってしまっていたみたいだ。
時間を無駄にした、と分かっても起きる気力がわかない。
久しぶりに見た、家族の死に様は俺の心から気力を奪っていったみたいである。
時計から放たれた光がぼんやりと眺め、ジーッと冷蔵庫から鳴る音に耳を傾けた。
——静かだった。
今日は爆発音があまりしない。
感染者が減ったのか、生きてる人間が少なくなったのか。
前者ならいいが、後者の可能性の方が高い。
「——っ!」
と、言っている傍から轟くような重低音。
横になっていた体が起き上がってしまうくらい、驚いた。
バクバクとなる心臓がうるさくて、左手を胸に当てて強く指を突き立てる。
時折、カーテンの隙間から差し込む光が部屋の闇を引き裂いて、さっき見た夢の中の父が弾ける瞬間を思い出してしまう。
その度に、落ち着いた心臓がうるさくなって額から脂汗のような不快な汗が手の甲に落ちる。
トンっと、した小さい衝撃が走って、縮こまった神経がようやくやる気を出してくれた。
スマホの画面の明かりを頼りに、部屋の中を照らしぶつからないように歩く。
壁にあったスイッチに指をかけると、カチッと乾いた音の後に明るい光が部屋から闇を追い払った。
「はぁ〜、寝ただけなのになんか疲れたな」
テーブルの横に置かれたクッション。
クッションと呼んでいいか分からないくらい、平べったくて硬い。
だけど、使い込んだそれは俺の尻にピッタリあう。
そして、なんとなくテレビをつけた。
聞こえないけど、時計の針の音が耳の奥でなっていた気がしたのだ。
それを他の音でかき消したい。
『今日のニュースです。
本日の隔離区で感染者の発生は0人です。
皆様で、安心な生活を守りましょう。
感染者を見つけた場合は、政府機関に連絡を』
たまたまテレビをつけると、定型ニュースが流れていた。
アナウンサーは原稿を見ないで、すらすらと話す。
感情の籠もらない声は不気味だ。
「感染者を匿った者は、隔離区からの即日追放。感染者は即時殺処分の対象です。通報者には金一封を贈呈します。
守ろう、皆の命を。安心、安全、健やかな生活を。第五号隔離区セクターβ。本日も異常はありません」
政府のプロパガンダを、キャスターの声に合わせてなんとなく口ずさんだ。
耳にタコができるくらい聞いていれば、勝手に覚えてしまう。
この隔離区、第五号隔離区セクターβはこれまでに内部での感染者の発生はない。
そのため移住を望む人が多く、検疫する仕事は意外と忙しい。
そんな人気なのに、明日から一人で仕事とか考えたくない。
「そう言えば、デブさんのコメント見てなかった。って、雪女@美人受付嬢——そんなに思い詰めていたなんて……明日職場でお姉さんと、きっちり話しましょう、ね」
デブさんのコメントより、この雪女って人のコメントに視線が一気に引き寄せられてしまう。
間違いなく、雪村さんだ。
リアルの知り合いにバレてしまった。
いや、バレてもいいんだけどなんか、やだ。余計、行きたくなくなったわ。
人違いです、とだけ送っておこう。
デブさんは、「罪人タン彼女いたの!?」なんて騒ぎ立て俺のアカウントのコメント欄がプチバズっている。
「通知ヤベーわ」
スマホの画面をそっと消した。
「SNSってこう言うところが、怖いんだよね。腹減ったし、料理する気にもなれないからコンビニに行くか」
テレビはいつの間かニュースから、動物番組に切り替わっていた。
猫がゴロンっと腹を見せて、ニャーニャーと鳴いて甘える姿に少し癒されてからリモコンの赤いボタンを押す。
「失敗したな。上着、着てくれば良かった」
春になったと言えど、夜はまだまだ寒い。
Tシャツ一枚で外に出るには早かった。
鳥肌が立つ両方の二の腕を擦りながら、俺は夜の道を歩く。
大きな通りに出ると、道路の向かい側にコンビニが見える。
ちょうど信号が赤になってしまい、俺は横断歩道の前で立っていた。
明日も平日なせいか人は少ないが、道路を走る車は行き着く間もないくらい通り過ぎていく。
車が通り過ぎると冷えた空気と、排気ガスの鼻につく匂いがして俺は空を見上げた。
上げた顔の先の満月と目が合う。
空だけはいつもと、変わらない。
むしろ、人がいなくなったせいで、空気が綺麗になってハッキリと見える気がする。
時折どこかで鳴っている重低音は、季節外れの花火のように感じられた。
火薬は——人の命。
一発、一発がとても重たい花火だと思う。
そこで考えが止まって、俺の思考に空白が生まれる。
急に漂ってきた女性の甘い匂い。
視界の隅で影が通り過ぎていく。
——チッチッチッ……
時計の音が聞こえた。
急いでその方向へ目を向けると、横にいたスマホに視線を落としていたサラリーマンと目が合う。
慌てたように振り向いて、気まずくて軽く会釈をしてから前を向く。
信号が青に切り替わった。
誰も今の音に反応していない。
気のせい、か。
夢のせいで、どうやら耳がおかしくなっているようだ。
俺は少し遅れて、歩きだした。




