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第四十九話 ただいま

 外の世界の朝は――静かだった。

 

 あの後、感染者の目を掻い潜って空いている適当な家に身を潜めていた。

 ボロボロになったカーテン。

 心霊スポットさながらの廃墟のような家。

 

 俺はその家の壁に寄りかかるように座ったまま、眠っていたらしい。

 隣には蕾さん。その隣には汐音さんが同じ格好で眠っていた。

 

 穴の空いた壁から差し込む日差しがちょうど俺の目を照らし瞼の裏を程よく温めてくる。

 

 「体……痛いっ……」

 

 今、何時だろう、そう思ってスマホを取り出すと午前八時と画面の左上に書いてある。

 三時間で感染者達が再び活性化してしまう。

 早く移動しなければと、二人の肩を軽く揺すった。

 

 「んっ……斗賀見くん? もう、朝なの?」

 

 手で口を隠しながら欠伸をして、背筋を伸ばす。

 汐音さんから軽快な音がすると、ふらつきながら立ち上がった。

 蕾さんはもちろん、起きない。

 

 汐音さんが見かねて少し乱暴に体を揺する。

 ガクガクと蕾さんの頭が前後に揺れて、折れてしまいそうで不安だった。

 

 「へぇ……なに? なんで起こすの。私はもっと寝たい〜」

 

 せっかく開いた瞼が再び閉じてしまう。

 

 「蕾さん、後三時間で感染者が活性化しちゃうから急がないと」

 

 そう伝えると、思い出したかのように蕾さんが勢い良く立ち上がる。

 

 「もう、そんな時間になっちゃったの!? 急ごう!」

 

 彼女にしては珍しく寝起きが良い。

 口元についた涎の白い後をゴシゴシと手で拭って、俺と汐音さんの手を握って外に引っ張っていく。

 

 「見聞神社……斗賀見くんの家ってここからそんなに離れてないよね?」

 

 「そうですね。今から歩いても余裕だと思いますよ」

 

 「寄り道はダメだからね! 何が起きるか分からないから、早く行こうよ!」

 

 俺達の会話に割って入ってきた蕾さんがそう言ってくる。

 

 「分かってるわよ。蕾じゃないんだから、その辺にフラフラしたりしないから大丈夫よ」

 

 「むぅっ! 私、そんなことしないもんっ!」

 

 二人のやり取りを見ていると、どっちが年上か分からなくなる。

 蕾さんの方が汐音さんより一つ上のはずが、大抵はこうして汐音さんにマウントを取られてしまうのだ。

 そんな彼女達のやり取りをぼんやり眺めていると、見知った道に出た。

 

 遠い記憶。朧げに浮かぶ父と母の姿。

 

 二人で手を繋いで――そこを曲がればお家だよ。

 

 ◇

 

 「――ただいま」

 

 石で出来た階段を登るたびに、二度と会えない両親の姿が頭に浮かんで目が熱くなった。

 汐音さんも、蕾さんも俺が涙を流しているのに気づいたのか、ずっと無言で寄り添うように付いてきてくれる。

 

 ぼうぼうに生えた雑草。

 片足が折れた鳥居。

 

 その下をくぐって前に足を踏み出せば、自然と口が開いた。

 

 正面に見えた本殿は、あの時の爆発で扉が無くなって御神体が丸見えとなっている。

 お賽銭を入れて、神様に自分の存在を知らせる鈴は錆びていた。

 黄金に似た色はどこにも無い。

 白い縄は辛うじて繋がっているだけで、いつ切れてもおかしくなかった。

 

 「斗賀くん、着いたね。おかえりなさい」

 

 立ち止まった俺の前に一歩出て振り向いた蕾さんがそう言って、笑顔を見せた。

 彼女の顔に視線を向けるが、まだ止まってない涙が邪魔をしてぼんやりとしか見えない。

 

 Tシャツの袖でごしごしと両目を擦るが、感情が体の内側から涙を押し出してくる。

 

 父さんと母さんにもう一度――会いたい。

 

 その思いは俺の心を盛大に軋ませる。

 

 「うんうん、いっぱい泣いていいんだよ。頑張ったね」

 

 目の表面の涙溜まりの膜が一部剥がれるように、わずかに蕾さんの顔がはっきりと映る。

 口元がわなわなと震えて、充血した目を誤魔化すように細まっていた。

 

 あまり、時間もない。

 

 こうして感傷に浸る時間すら惜しいのだ。

 

 隔離区に汐音さんも海斗さんも感染している。

 まだ、時間はあるがそれでも二人を早くどうにかしてあげたかった。

 

 だから、もう一度ぐいっと強く擦るとようやく視界が晴れた。

 

 「うぅ……」

 

 と、嗚咽が聞こえて俺は左側を振り向いた。

 汐音さんも泣いている。

 

 もらい泣きなのか、それとも彼女も胸の中に溜まっていたものが溢れたのか分からないが、俺以上にわんわんと泣いている。

 

 「……二人ともありがとう」

 

 俺はそう言って、ゆっくりと前に進む。

 

 神様に会うためにはどうしたらいいのか。

 変わり果てた本殿の前で立ちすくんでいると、蕾さんが横に並ぶ。

 鼻を啜りながら遅れて汐音さんが歩み寄ってきた。


 「鈴――鳴らしてみようか」

 

 そうすれば気づいてくれるかもしれない。

 鈴の音とは程遠いガサついた音が、荒れ果てた神社の中に溶けて消える。

 三人が同時に二回お辞儀をして、二回手を叩く。

 

 ――どうか、世界を元通りにしてください――

 

 そして、残されたのは最後の一礼だけ。

 

 俺はゆっくりと頭を下げて、さらに時間をかけて頭をあげた――

 

 「――おかえりなさい」

 

 知らない声。

 その声は凛としていて、耳の奥にすっと入り込んできた。

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