第五十話 時計の針が止まる時
顔を上げたら白い空間が広がっていた。
草の匂いも風もなにも、ない。
すぐ傍にいた――二人の姿もない。
あるのは崩れかけた本殿と、御神体の前に立っている少女の姿だった。
「あなたは……ここはどこですか」
俺がそう口にするが、彼女は目を伏せて頭を数回横に振る。
その後に少女は両手で耳を押さえて、指で小さくバツを作って、聞こえないんだと呟いた。
耳が聞こえない、と言うことなのだろうか。
ひょこひょこと俺の前まで近づいてきて、彼女が俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。
「――え? なに!?」
突然、俺の腹の辺りに抱きついてきて頭をグリグリと押し付ける。
「大きくなったね」
まるで遠い親戚と久しぶりに会って、子供の成長に驚くような反応だった。
「ごめんね――私達のせいで」
俺は、どう言うこと? と聞き返しても、耳の聞こえない彼女にその言葉は届くことはない。
まだ、状況が飲み込めずあたふたとしていると、少女はすっと俺から離れた。
「聞きたいこと、たくさんあるよね? 私はね、”神”だよ」
唐突に少女がそう言う。
つまり彼女が人を探していたと言う神様なのだろうか。
蕾さんや汐音さん、海斗さんの夢に出てきた神様。
「ようやく会えた。これで、みんなの声が聞こえるようになるよ」
少女がそう言って、俺の左の耳に手を添える。
その瞬間、手を当てられた耳がくぐもったように音が消える。
「――まさか」
「うん……その耳、私のなんだ」
神と名乗った少女が自分の左耳に手を当てると、俺の言葉にようやく反応を見せる。
「本当は両耳返して欲しいんだけど、さすがにそれはわがままだから、右の耳はあげるね。本当は全部あげたいくらいなんだけどさ……みんなの願いが聞こえなくなっちゃうから、ごめんね」
伏し目がちで少女がそう言う。
「たくさん聞きたいこと、あるよね? だから少しずつ説明させて」
俺は小さく頷いて返事をする。
「ん〜、どこから説明したらいいかな」
顎に人さし指を当てて真っ白空を見上げた。
しばらく考えて、自分の手の平を握った拳で軽く叩く。
「うん、君は”ガイア理論”って知ってるかな?」
なんとなくしか分からない。
地球が一つの生命と考え話だったか。
俺は曖昧に返事をした。
「ガイア理論は人間が付けた名前なんだけどね、簡単に言えば本当に――地球は生きてるんだよ。それは生命として、意思を持ってね」
少女の口から言われたことに俺は驚いたが、この耳とどう言う関係があるのだろうか。
「だから、地球が願ったの。人類を滅ぼして欲しいって。でも、それと同時に”愛されたかった”。その願いをね、私達、神が叶えたんだ」
それが――心爆症、なのか。
「君は分かりやすいね。顔に凄い出てる。でも……その通りだよ」
つまり、それのせいでたくさんの人が――死んだ。
俺の両親も死んだ。亮さんも、雅さんも、神矢さんも。
――死んだ。
「怒りたい気持ちも分かるよ。でもさ、地球も苦しかったんだ。人類はどんなことをしたかな?
大気を汚染して、木々を切り倒して。資源を貪るように使って、人間達は自分のエゴのために凄い苦しめてたんだよ?」
だから私達、神は――願いを叶えることにしたんだ、と、少女は話を続ける。
「でも、それが間違いだった。地球の願いを叶えた結果、神に祈る人間がほとんどいなくなった。つまり、私達の力が弱くなったの」
地球は人類を滅ぼして欲しい、だから傲慢な人間を罰するために神はあの病気を広げた。
そして、力を失った神は焦ってどうにかしようとしていると言うことなのか。
それはあまりにも――自分勝手過ぎる。
「でも、神達も全員が賛成したわけじゃない。私を含む数人はそれに反対したの。言い訳……みたいだけど信じて、としか言えない」
少女の言葉が少しだけ弱々しくなっていく。
真実を知って、俺の中の感情がぐちゃぐちゃになりそうだった。
怒りに任せて罵倒しようとも、思った。でも、結局は人間が起こしたことが原因でこうなっている。
なら、彼女に何か言っても変わることはないと、口から這い出てこようとする感情を喉の奥へと無理やり押し返した。
「もう、神達は願いを叶えることすらできない。だから、助けを求めたの。君の友達――紗花蕾に。あなたのお父さんが亡くなった時、君は間違いなく感染した」
あの時見た、鮮烈な光は今でも覚えている。
自分は感染しない体質なのかと思えば、その口ぶりから原因は少女なのだろうと言うことが分かる。
「ごめんなさいって何度も謝る君を見て、耐えれなくて病気を治したの。もう、こんな悲痛な声、
聞きたくないって、そう神なのに――願ってしまった。その願いが叶い、私の耳は君に移った」
少女は淡々と話を続けていく。
「原因は分からない。感情的になった私の力が暴走したのかもしれない。近くにいた紗花蕾にまで影響を及ぼした。その、神の力に釣られて、他の感染者も寄って来てしまうようになって、彼女にも辛い思い、させちゃった……」
――消えないチクタク
「でも、おかげで弱った私でも、力の残留がある彼女とは繋がれた。最初にお願いしたのは、みんなに神に祈るように、少しずつ伝えて欲しいって。
最初に祈ってくれたのは、彼女友達の二人だった」
汐音さんと、海斗さんのことなのだろうか。
「おかげで少しずつ、神に祈る人が増えてね。ちょっと変な”宗教”までできちゃったけど……願いを叶える力は戻ったの。だから、次に――人を探して欲しいってお願いしたんだ」
それが――俺。
「神祈斗賀見――君のことだよ」
少女の声がいつまでも耳に残っているようだった。
この病気の真実を知った今、俺はどう行動するべきなのだろうか。
亮さん達のように神に復讐するべきか、ただ神の言われるままに願いを叶えてもらうべきなのか。
そう迷っているはずなのに、何故か勝手に口が開く。
「その……なんだろう。たくさん言いたいことあるんだけど……その、助けてくれて――ありがとうございます」
自然と漏れたお礼の言葉に、神も予想外だったのか目を丸くして俺を凝視していた。
「驚いた……よ。まさか、お礼を言われるなんて」
「自分でも驚いてます。ただ、ここであなたを責めても何も変わりません。それに、地球を苦しめていたのは事実ですから。どっちが悪いとか、俺には分からないです」
それは本音だった。
お互いの視点で見れば、どちらも悪。
だから、ここでとやかく言っても仕方ない。
「それに、そのお陰で――大切にしたいなって思える人に出会えましたし。複雑な気分ですけど、生きてなかったら、神様が俺を助けてくれなかったら出会えなかった」
「そうか……お礼を言われるのがこんなに辛いなんて思わなかったな。貶してくれた方が、罪悪感なかったかも。でも、だからって訳じゃないけどさ、君の願いを叶えるよ」
神は、自分の御神体が飾られてる本殿にもう一度足を運んだ。
くるっとこっちへ振り向いて、赤い唇が震える。
「もう一度、聞くね。神祈斗賀見――君の願いは?」
◇
「あれ? ここは――」
俺がキョロキョロと周囲を見回すと、汐音さんと蕾さんが不思議そうに俺を見つめていた。
「……くん、どう……の」
左側に立っている汐音さんの声が上手く聞き取れない。
音が――まったくしなかった。
夢……じゃない。
神が願いを叶えると言った。
つまり――
「斗賀くん?」
蕾さんが不思議そうに俺の顔を覗き込む。
彼女の胸からは、規則正しい時計の音がしていた。
――チクタクチクタク
「本当に大丈夫? 少し休もうか。神様に会える方法は後で探そう」
心配そうにする彼女に俺は首を横に振る。
――チク……タク……
「もう、神様を探す必要ないよ」
だって、願いが――
――チク……
――…………
ずっと鳴り続けていた時計の針の音が、止まった。
◇
「今日は、”ダブルデート”だね。斗賀くん」
「うん。楽しみだね、”蕾”」
季節は夏、真っ只中。
少しだけ綺麗になった、神社の本殿に張り付いたセミがジリジリと鳴いて飛び立った。
「二人とも早く来ないかな。お腹空いちゃったよう」
「蕾はいつもそればっかり。だから、”茜”さんに食べ過ぎだって怒られるんだよ」
俺がそう言うと、蕾はそっぽを向いて唇を立てていた。
「――ごめーん! 斗賀見くんに蕾、遅くなっちゃった」
「ふんっ! 僕が来てやったぞ! ――感謝するがいいっ」
階段の方から聞こえた声に目を向けると、ようやく待ち人が来たみたいだった。
俺と蕾は二人の方へと歩み寄る。
かすかな風の音と、木が揺れる音。
それと、俺達四人の声。
時計の音はもう――。




