第四十六話 咎を見る
「……蕾さん、でいいかしらね? なんで、人のせいなのか聞かせてもらっても――いいかしら?」
蕾さんの言葉に口を開いたのは雅さんだった。
ゆっくりと話しているが、柔らかい口調の内側に怒りと言う感情が孕んでいるように感じる。
「だって、何かのせいにしないと行動できなかったんですよね? それじゃぁ、自分の大切な人が生きてたら、こんなことしなかったんですよね?」
「……それは、当たり前のことじゃない?」
雅さんが切り返すと、「うーん」と蕾さんが考えるそぶりを見せる。
「――やっぱり人のせいですね。例えば、全員無事に隔離区に入ったとしたらどうだったんですか? そしたら、こんなことしなかったんですよね?」
淡々と蕾さんは二人に向けて、話す。
「人のせいじゃないなら、同じことをしないとダメなんじゃないですか?」
「…………」
雅さんは答えない、変わりに眉を額の中心に寄せて蕾さんを見ているばかり。
隣には並ぶように立っている亮さんも、ただ蕾さんを見ていた。
「自分の大切な人のせい、都合よく現れ斗賀くんのせい、私……消えないチクタクに出会えなかったせい――結局、自分で決められない人達の集まりにしか見えません」
もしかしたら、蕾さんは怒ってるのかもしれないと思った。
口調もいつもと変わらないし、いつも見せる笑顔も変わらない。
おっとりとした感じで、怒ると言う感情が欠落しているようにも思えてしまう。
でも、彼女の瞳は一切――笑っていない。
「私に早く出会えて、研究が失敗したら皆殺しなんでしょう? 斗賀くんがいなくても、別の方法で皆殺し。結局は正当化して自分達を合理化したいだけなんですよ。きっと、多分――」
「――それなら、君が同じようになったらどうする?」
亮さんが小さく口を開く。
「私ですか? そうですね……きっと――同じことをします」
「それならっ――!」
「――でも、それは過程の話で、事実ではないですよ。気持ち……凄い分かりますし、同情もしていると思います」
この場の空気は、紗花蕾に支配されてしまっているようだった。
高名な医者も、優しい能面な看護師も、彼女一人相手に何も言い返せない。
「運がなかった、巡り合わせが悪かった――それだけのことですかね」
「それたけ……だとっ!」
体をわずかに乗り出した亮さんは怒りを隠そうともせず、それを蕾さんにぶつける。
「自分達のことを否定されたから、怒ってるんでしょうか? それとも、死んでいった人達を貶されたから? それなら、私と一緒ですね」
蕾さんは動じない。言葉が途切れることなくツラツラと二人に言葉を投げつける。
「私も大切な人が貶されました。斗賀くんを利用して、傷つけたことは絶対に――許しませんっ!」
最後に初めて蕾さんが感情を見せた。
「私達は逃げるために、ここから出ようとしているわけじゃありません。あなた達のような人を生まないために、助けるために外に出ます」
「……助ける?」
「はい、神様にそう言われました。だから、とある場所に斗賀くんが必要なんです」
普通ならば、こんな話を聞いたら妄想だと一蹴されてもおかしくない。
なのに、亮さんは何かを言うわけでなく目を大きく見開くだけだった。
「ああ、だから……か」
「だからとは、なんだ?」
海斗さんがそう口にすると、亮さんが自分の胸に掛けた小瓶を首から取り外す。
「御神水……これを心爆症の患者に飲ませるとどう思う?」
「どうって、別に変わらないんじゃないか? それとも治るとでも言うのか?」
薄ら笑いを浮かべながら、亮さんは机にその小瓶を置く。
海斗さんは視線を下に落とす。
「斗賀見君、君に新薬の話をしたのを覚えているか?」
椅子に座る俺に亮さんが話しかけてきた。
「はい……覚えています。治せないけど、研究が進んだって」
「そう、本当に偶然だったんだ。実験中にむしゃくしゃして、この瓶を投げつけた時があったんだよ。小瓶が割れてね、患者の顔にちょうど中の水がかかったんだよ」
亮さんが丁寧に説明を始めた。
「それが口から入ったのかその瞬間ね、本当にわずかに時計の音が弱くなったんだ。初期症状の患者だったから、音を拾う装置でデータを取っていてね。それで、分かった」
御神水に、蕾さんが言う神様、その二つに何か因果関係があるのだろうか。
俺達は亮さんの話に耳を傾けた。
「そこからは、斗賀見君が初期症状の感染者を見つけてくれるから、研究が一気に進んだよ。この御神水を飲ませて、どれくらい効果があるのか。末期患者にも効果があるのか、それを繰り返し行ったんだ」
的中率百パーセントの魔法使い、彼らにとっては都合の良い人間だったのかもしれない。
俺の名前が口に出るだけで、肺が締め付けられるように苦しくなる。
「一気に研究が進んだよ。御神水の効果、この小瓶一つで末期患者の症状が緩和されるんだ」
その発見はこの世界での救世主となる可能性はあったのだろう。
なら、どうしてこんなことをしたのか。
「でもね、致命的な副作用が一つ。御神水を口にした初期感染者は――効果が切れると末期患者に転位する。それは少量でも同じだった」
もしかして、だからこんなに隔離区の中に末期感染者が。
「おうよ。ここからは俺が説明するわ。何せ、この作戦を考えたのは俺だからよ」
すると、ずっと静かだった神矢さんの声が無線からした。
「俺はな、ずっと家族を奪われた復讐だけを考えていた。亮や雅以上かもしれない。だからな、この的中率百パーセントの魔法使いと、御神水を使って何かできないか考えたんだ」
ザーザーと、ノイズ混じりの声。
神矢さんは男気が溢れた人間だった。
それなのに、この隔離区を追い込んだ作戦を立てた事実は、俺の腹の中に重たく残る。
「神祈斗賀見が初期感染者を完璧に見極められるなら、患者を治療目的で隔離区の中に招き入れて薬と言って、御神水を飲ませる」
これまでの全容が明らかにされていく。
俺はこれ以上聞きたくなかった。だけど、彼らの意志を耳に焼き付けなければならない。
きっと、彼らはここで――
なら、せめて、俺達が彼らの意志を覚えておかなければならないと思った。
それがどんなに大きな罪でも。
だって、俺は斗賀見んだから。




