第四十五話 彼らの裏切り
「君達はこの隔離区での殺処分について、どう思う」
亮さんがそう問いかけてくるが、俺は言葉に詰まって中々返答できない。
この一年で、俺は陽性患者を何人も処分場に送り込んでいるんだ。
彼の言葉に俺はうまい回答が思いつかなかった。
「……隔離区のルール。市民を守るために仕方ないことだ」
変わりに海斗さんが答えてくれる。
それを聞いて、苛立ちを誤魔化すように下がってもいない眼鏡の位置を直すそぶりを亮さんが見せる。
「感染者が活性化するまでは、普通の人と同じ生活を送っていたとしても?」
「……ああ」
海斗さんが言葉に詰まりながら言う。
「そうか……だけど、僕はそうは思わない。これが病気であるならば、しっかりと治療されるべきで殺す必要なんてないんだ。陽性? それなら外に帰せばいいだろうっ!」
初めて感情的なった亮さんを見た。
座っていた椅子から立ち上がり、机を手の平で強く叩く。
思わず息が一拍ずれるくらい、彼から放たれた圧は強かった。
「僕はね……感染初期の頃、とある神社に避難していたんだよ。大勢の子供達とね。症状に規則性と条件を発見して、ある時間だけ隔離すれば危険じゃないと。
だから僕は――子供達に絶対治すと誓ったんだ。それなのにお前らは――」
亮さんが言い切って歯を強く噛み締めた。
「突然現れた軍隊のような連中。感染者と分かるや否や、どうしたか分かるか!? 助けるって誓ったんだぞ、僕はっ! それなのに、なんで全員、殺されなきゃ行けないんだっ!」
彼の過去が少しずつ明かされる。
「そして、連れてこられたのがこの隔離区。何が隔離区だ。ただの、怯えた集団が、現実から目を背け、感染者なんて知らない。そんな連中ばっかりだ。政府も見つけたら――殺せ。自分達が助かるならそれでいい――腐ってる……本当に」
亮さんの肩が激しく上下する。
「亮、落ち着いて」
雅さんが近づいて、彼をそっと支えた。
「ああ……雅、すまない。少し感情的になりすぎた」
「ううん、私も同じだもの……あなたの気持ち、痛いほど分かるわ」
そう優しく声をかけて、雅さんはゆっくりと俺達を見た。
能面だった顔には鬼が住んでいるかのように、目つきが鋭く、思わず体が勝手に直視を避けてしまう。
「あなた達には、分からないわ。私達がどれだけこの隔離区に、苦しめられたか」
そう雅さんがゆっくりと口を開く。
「私も弟が殺処分されたの。最後に見たのは小さい箱に詰められた白い弟の残骸だった。もし、生きていれば、あのSNSのような感じのお調子者だったと思う」
彼女のSNSでのハンドルネームは『デブ』、語尾にデブとつけて、独特な話し方が特徴。
彼女は弟を模倣してあんなキャラになっていたと言うことなのだろうか。
「亮は、助けた子供達を、私は弟を――」
「俺はなぁ……前の妻と子供だ」
「僕達から、隔離区は日常を奪ったんだよ。斗賀見君」
この病気のせいで、隔離区のせいで、三人は人生を狂わせられた。
「……一つ聞いていいですか?」
「いいよ。斗賀見君」
亮さんが答える。
「どうして、僕に――近づいてきたんですか?」
最初はたまたまかと思った。
SNSで良く交流があった人達は全員がリアルでも、関わりのある人達ばかり。
そして、ある日を境に神祭亮と紙切神矢が俺に接近してきたのだ。
「それはね、君が感染者を見つけるのに適していたからだよ。一度目は偶然、二度目は疑念」
三度目は――確信。と、亮さんが言葉を続ける。
「君は、時計の音が聞こえるんだよね?」
俺はそれに答えなかった。
ただ、亮さんを見つめて口を強く閉ざす。
「的中率百パーセントの魔法使い、お陰様で多くの爆弾を集めることができたよ」
「所長……どう言うことですか?」
汐音さんがドスの聞いた声で亮さんに向けてそう言った。
「そのままの意味だよ。どうやってこの隔離区を壊そうかと考えて、それなら中に感染を広げてやればいい。人数を減らしたのがバレそうになった時はヒヤヒヤしが、概ね上手く言ったよ」
人数……書類に不備があった時、数え間違えたと思った時、あの時からずっと感染者を中に引き入れていたと言うことだろう。
真実が明かされるたびに、俺の心が軋む。
脆くなったガラスが少しずつ割れるように、世界が灰色にしか見えなかった。
みんなの話し声が遠くなり、次第に意識が朦朧としていく。
ふらつきかけて、真っ直ぐに立とうとしているが後へ倒れそうになる。
「斗賀くん……」
蕾さんがそっと俺の背中に手を回して、支えてくれた。
彼女の声だけが、異様に耳の中に残る。
「立ってるの辛かったら、座ろう」
椅子を俺の後まで持ってくる。
「優しいね。斗賀見君の」
悪態を吐くように、亮さんがそう言うが蕾さんは気にした様子を見せない。
「はい、斗賀くんは座ってて」
大丈夫だよ、そう言おうとしたのに、重量に引かれるように椅子に尻が吸い寄せられた。
「君にもう少し早く出会っていれば、まだ別の道があったかもしれないな」
「私に、ですか?」
「そうだ。感染者でありながら爆弾しない。それを研究できれば、もしかしたら血清でも作れたかもしれない。まぁ、もう過ぎた話だけどね」
まるで、この状況になったのが蕾さんのせいだとでも言いたげに亮さんがそう言う。
俺は思わず、彼に感情をぶちまけそうになるが、蕾さんが話し出す方が早かった。
俺の横に並んだ彼女が一歩前に出ると
「結局は、あなたは全て人のせいなんですか?」
そう、冷たく切り返した。




