第三十八話 非常口
外に出て危険なことは、俺が感染者から狙われるか爆発に巻き込まれて木っ端微塵になることだと思う。
感染者は感染者を狙わない。
狙うのは、生粋の人間だけなのだ。
つまり、この中で感染してないのは俺だけだから、可能な限り見つからないように行動をしなくてはならない。
戦闘は海斗さん。
一番、後は汐音さん。
間に、俺と蕾さんの縦に並んで歩いている。
「斗賀見は、耳、大丈夫か?」
顔は前を向きながら海斗が俺に話しかけてきた。
「なんとか……まだ、煩いですけど慣れて来ました」
玄関を開けた瞬間に、俺の耳は時計の針の音しかしなくなった。
それくらい、この隔離区には末期感染者が蠢いているのかもしれない。
今もチッチッっと規則正しい音が鳴り響いていて、海斗さんの話し声を聞き取るだけでもやっとだった。
俺が返事をすると、それは良かった、と言って海斗さんは再び無言になる。
両手で拳銃を構えながら前に進み、感染者にすぐにでも対応できるように身構えている。
「もう、少しだ」
海斗さんがそう呟いて、顎に垂れた汗を拭う姿が見えた。
曲がり角を左に曲がって、正面を見れば大きなもんが見える。
感染者の姿は――ない。
遠くでは大きな爆発音が何度も鳴り響き、人間の命を対価とした花火がそこかしこで打ち上げられているようだった。
ここは街から外れているせいか、時計の針の音はしているが今だに遭遇せずに済んでいる。
警備隊も、街への対応に追われているか、籠城を決めているのか、誰一人会うことはなかった。
しいて言えば、上空を何台もドローンが街に向かって飛んで行くのを見たくらいで、俺達は順調に目的地へと到着した。
「ここから、脱出できればいいのだが……」
何度も来た場所。
この人の背丈を遥かに越える門の向こうには、俺が働いていた第三検疫所がある。
そのすぐ傍にある、あの宗教家が爆発した門付近が一番近い外への出口だった。
「誰も、いないのか?」
いつも立っている警備隊の人の姿もない。
海斗さんが、門の上部に設置されているスピーカーに目を向ける。
カメラで誰かが俺達を見ていれば、何かしらの反応があるはずなのに、特に反応はない。
手で押してみたが、人の何倍もある鋼鉄の扉が開くことはなかった。
「――ちっ」
そんな乾いた音が海斗さんの口からする。
「みんな、こっちだ」
海斗さんが手招きすると、壁沿いに歩き出す。
俺達はそれに、ついて行く。
「多分、この辺りのはず――」
そう言って海斗さんは、壁をペタペタと触り始める。
確かめるように、少しずつ手をずらして何かを確認していた。
俺達はその間に感染者が寄ってこないか、木の隙間に目を凝らす。
壁沿いには、草や木が植えられている。
これは、今考えれば何かを隠すためにわざと植えられていたんだと思う。
――ガコッ
っと、何かが押し込まれるような音が鼓膜を揺らした。
「指紋の照合を開始します」
機械音声にしては、流暢な日本語が壁の中から聞こえる。
「……照合結果『森林海斗と一致』を確認。網膜スキャンを開始――」
壁の中からカメラのような物が飛び出して、海斗さんはそれを覗き込む。
「本人と確認。暗証番号を入力してください」
カタカタと海斗さんがボタンを押して、最後に一度強くボタンを押す。
すると、壁の一部が上下に別れて通路が現れた。
「みんな、この中だ。早く」
海斗さんが入口に立って俺達を手招きする。
蕾さんと汐音さんが中に入るのを確認して、俺も中に続いた。
最後に海斗さんが入ってきて、横の壁に触れると入口の扉が静かに閉じる。
「ここは……なんですか?」
中は薄暗く、小さい電球からオレンジ色の光が放たれて、わずかに暗闇を照らしていた。
扉が閉じてから、俺の耳には蕾さんの胸から聞こえるチクタクと言う音しか聞こえない。
ぐるっと顔を見回して、顔が元の位置に戻ると、海斗さんと目が合う。
「ああ、ここは第一検疫所に繋がる、非常用の出入口だよ。僕も使うのは初めてだけど……この美しい僕にかかれば、ほらっ! 簡単に中に入れただろう!? 汐音以外はひれ伏せ!」
っと、最後はいつもの海斗さんに戻っていた。
彼の声だけが廊下の向こう側にいつまでも響いている。
その声が聞こえなくなって、オレンジ色の廊下の薄暗い光が消えた。
周囲が一瞬だけ静かになったと思ったら、視界が白一色に染まる。
どこまでも白い廊下、先を見ても見えるのは白ばかり。
廊下に入った時のようなどんよりとした闇は、完全に光に上書きされ、清潔な廊下になった。




