第三十七話 神祈斗賀見の決意
「なんか、不思議なもんだね。自分では全然分からないや」
胸に手を当てた汐音さんが、下を向きながらそう呟いた。
「斗賀見くん、本当に感染してるんだよね? 私?」
汐音さんは、俯きながら横目で俺を見つめてくる。
「はい……間違いないです。初期、症状です……」
彼女は気にしてなさそうな雰囲気だったが、話すのを躊躇してしまう。
言葉が途切れ途切れになりながら、なんとか聞かれたことに答えると、「ふーん、ま、いっか」と言って、顔を上げる。
「蕾さん、さっきから……大丈夫?」
さっきから言葉を一言も発しない蕾さんが気になって、俺は言葉をかけた。
後ろへ振り返ると、蕾さんは顔を下に向けている。
俺の言葉に肩がピクッ小さく跳ねて、ゆっくりと前を向いた。
「二人とも……感染しちゃったの? 私、一人ぼっちになっちゃう……の?」
そう眉を潜めながら、蕾さんのピンクの唇は小さく震えている。
「……それは」
俺はその問いに、上手く答えることができない。
「やだよ……一人になるのは、嫌だよぉ」
ポタポタと涙が頬を伝う。
「――蕾」
すると、汐音さんが彼女の名前を呼んだ。
「大丈夫、よ。だって、”探し人”……蕾は斗賀見くんがそうだと思ってるんでしょ?」
「……うん」
「じゃぁ、何も心配することないじゃない。この隔離区から脱出して、見聞神社に行けば、私達の――勝ち」
汐音さんがそう言うが、自分が本当に探していると言う本人なのか分からない。
最初に感染しているとすれば、父親が死んだ時だと、思う。
その時に感染したかどうか分からない。
ただ、その日から、俺の耳にはずっと時計の針の音が鳴り響いていた。
友達も、施設の先生も、みんな、ミンナ、最後は――弾けて消えた。
俺が探し人でなければ、二人も同じように弾けて消えるんだろう。
嫌だ、いやだ、イヤダ。
もう、知ってる人が死ぬなんて――嫌なんだ。
だから今、目の前で汐音さんに抱き締められて大粒の涙を流す彼女の気持が、俺の心を濡れたタオルを絞るように、強く締め付けてくる。
「俺、絶対にみんなを助けるから――」
勝手に口から言葉が、出てくる。
「もし、探し人じゃなかったら、見つかるまで蕾さんと一緒に探す」
決意するように、俺が言葉を発すると、三人は動きを止めて聞き入っていた。
「――絶対に、二人を絶対に助けて見せるよ」
声、めっちゃ震えてた。ダサいな。
「斗賀見――見直したぜ」
俺の肩に手を乗せるように、海斗さんは軽く叩く。
「僕が全員を外に出して見せる。だからさ、僕達を――助けてくれ」
それは海斗さんの心の中の本音だったのだろう。
彼の黒い瞳の奥には少しだけ、恐怖に近い陰が揺らめいたように見えた。
だけど、陽炎のように揺らめいて一瞬で消えた。
いや、むしろ彼の強い意志が消し去ったようにも見える。
ただ、それでも彼の心のどこかには、感染したことによる動揺が少なからずあるらしい。
だからこそ、俺は二人を助けたい、と言う思いがより強くなった。
「さてと、蕾も汐音も準備はいいか? と言っても覚悟くらいしかないが。斗賀見は、今聞いた――二人はどうだ」
海斗さんが皆を鼓舞するようにそう言った。
自然の彼の遠くに響くような声に、自然と背筋が真っ直ぐに引き伸ばされる。
警備隊での隊長と言う、彼の姿がそこにあった。
二人もピシリッと足を揃えて、海斗さんの言葉に反応を見せる。
玄関へ全員が向かい、海斗さんがドアノブに指を伸ばす。
ギッ、っと言う音と共に外の闇が隙間から這い出してきた。
「――これ、は、ちょっと」
俺は思わず両手で、耳を塞ぐ。
「どうした? 斗賀見」
海斗さんがそう声をかけてきたが、返事をする余裕がない。
――チッチッチッチッチッチッチッチッ!
時計の音。
そこかしから聞こえる――時限爆弾の針の音。
この隔離区は滅んでしまったのかもしれない。




