第三十六話 感染拡大
「とりあえず、今のところはもう少し待機しよう。本部に確認したのだが、爆発は五回、被害規模と感染数は不明――らしいな」
これまで第五隔離区セクターβでは、隔離区内での感染者の発生はなかった。
海斗さんの表情は暗く、今、伝えてくれたことよりも状況は酷いのかもしれない。
「とは言え、近くで爆発が起きたらヘタしたら、全員お陀仏だ。できる限り、部屋の真ん中にいるように」
そう言いながら海斗さんも俺達の輪に入ってくる。
「ねぇ……近いんだけど」
肩が触れるか触れないか、くらいまで海斗さんは汐音さんに近づいて座る。
そんな彼の行為に、汐音さんは嫌そうに反対側へ体を反らした。
それでも、嬉しそうに海斗さんは鼻を鳴らす。
あそこまで露骨に嫌がられているのに、折れることなく汐音さんにアピールする。
こんな時でもブレない彼のメンタルは、俺も欲しい。
現に、みんながいるから平静を装うことができていた。
今も気を許せば、心臓が跳ねてしまいそうなのだ。
「なんか、こうして三人揃って隠れてるの懐かしいねぇ」
蕾さんが、そう言う。
嬉しそうだけど、少し複雑そうな顔をしているのは、こんな状況だからなのだろう。
「確かねー、外にいた時は夜ずっとこんな感じだったよね」
思い出すように、汐音さんの視線が上を向いた。
両手を組んでから上に高く伸ばして、「くぅっ」と小さい声を漏らす。
ひとしきり、体を伸ばし終えると蕾さんに微笑みかけた。
「うんうん、そん時から海斗くんは汐音っちにベッタリだよね〜」
「当たり前だ! アイラブ汐音――だからな
」
「――キモい」
その三人のテンポの良いやり取りを見ていると、お互いが信頼していて仲が良いことが見て取れる。
三人だけの、俺の知らない時間がそこにはあった。
ただ、その輪に自分が入れなくて寂しいなっと思っていると肩をちょんちょんと、蕾さんが突いてくる。
「――今は、斗賀くんが一緒だから、私もっと嬉しいなぁ〜」
その一言は俺の胸を大いに締め付けた。
もちろん――良い意味で、だ。
にこにことした、彼女の顔を直視できない。
思わず勢い良く逸らしてしまうと、海斗さんが俺をじっとみていた。
目が会うと、ゆっくり口を開く。
「斗賀見……汐音は俺に譲れ。蕾は、やる」
横を向いても、前を向いても、返答に困ることばかり言ってくる。
汐音さんに助けを求めようと、視線をズラしたが、彼女の顔は下を向いてこっちを見ようとしなかった。
その光景が目に入ると、心が針で刺されたようにチクチクとした。
思わず俺も下に目を逸らしてしまう。
「おほんっ! ゴホッ、ゴホホッ! オェオエオエオー!」
その空気を壊そうと、わざとらしく海斗さんが咳払いをする。
「海斗、ばっちいー!」
蕾さんはケタケタ笑いながら、そう言った。
◇
「だいぶ……暗くなったね」
カーテンに隠れた窓を見ながら汐音がボソリと呟く。
「電気、付けます?」
「それは、辞めとこう。活性化した感染者は自我こそないが、人間と同じように知能は残っている」
感染者が活性化すると、人を探して彷徨い歩く。
『愛して』、その言葉を何度も繰り返すだけの壊れた人形のようだが、普通の人間と同じように光とかに反応するのだ。
あれから、爆発音は聞こえないが、海斗さんは首を横に振っていた。
「一度、情報収集だ――」
海斗さんが立ち上がった瞬間だった。
「――――」
耳から音が――消えた。
眩い閃光が部屋の中の暗がりを、追い出してた。
ガラスが吹き飛んで、部屋の中へと散乱する。
呼吸が上手くできない。
顔を上げれば海斗さんが、何か叫んでいるようだった。
俺の耳はキーンとした音しか聞こえず、何を言っているか聞き取れない。
しばらくして、耳が回復すると。
――チッ……チッ……チッ……
時計のゆっくりとした針の音が、ぐちゃぐちゃになった部屋の中に溶けていく。
「……あ、あぁ……そんな……」
俺はそう声を漏らすことしか、できなかった。
「汐音さん……海斗さんまで――」
二人の胸から聞こえるかすかな音に、俺は悲痛な表情を浮かべることしかできない。
「斗賀見……俺達は感染した……のか?」
そう言葉を詰まらせながら海斗さんが尋ねてくるが、俺は首を縦に振ることすら出来なかった。
「はぁ、マジか〜。私も感染しちゃったのね……」
汐音さんは自分の胸に手を当てながら、そう言う。
「斗賀見くん……海斗が辛いこと聞いてごめんね。ほら、海斗も謝って」
頭を汐音さんにぐいっと押されて、「ふむっ」、と何か声を漏らしていた。
「こう言う、強引な汐音もたまらん。しかも、感染したとなればお揃いじゃないか! ハッハッハッ!」
二人は、変わらなかった。
感染したと知ったのに、いつもの調子と変わらない。
どうして、なんで、そんなに普通にしていられるんだよ。
隔離区では感染者は、殺処分。
生きていても、末期症状が発動したら、歩く『爆弾』へと変わる。
「ふふふっ……本当に斗賀見くんは優しいね」
そう優しく微笑む彼女は、割れた窓ガラスの向こうから差し込む光に照らされている。
「大丈夫よ――蕾と斗賀見くんを信じてるから」
「ああ、そうだな。きっと世界からこの病気が消えるはずだ」
汐音さんと海斗さんが、真っ直ぐ俺達を見つめながらそう言ってきた。
「二人とも――世界を救ってね」




