第三十二話 汐音さんの彼氏
「ハロハロ! ウェーイ! ——海斗だぜっ!」
今日は初めて海斗と言う人物に出会う。
汐音さんの彼氏であって、蕾さんにか変わる人物でもある。
ちなみ、顔はクソイケメンで、第一印象は有名人? アイドルと思うほどだった。
顔にかかった髪の毛をキザったらしく手で上に上げると、金色の前髪がヒラリと揺れる。
その後に出た言葉が、さっきのあれだ。
「あの……え〜っと」
俺が言葉に詰まっていると、ツカツカ横を汐音さんが通り過ぎて行く。
玄関でポーズを決める海斗と思しき男に、優しく微笑むと。
「おふぅ〜! おじゃまんぼう〜」
汐音さんの拳が腹にめり込んでいた。
嬉しそうな悲鳴を漏らした彼は、腹を押さえながら靴を脱いで部屋へと上がる。
ヨタヨタと俺の前に到着すると、体はくの字のまま顔だけを俺に向けて片目を閉じて自分をアピールしてきた。
「海斗さんで……いいんですよね? 汐音さんの彼氏の」
「イエースッ! 僕のマイハニー汐音の彼——」
「——マジで、キモい!」
汐音さんが海斗さんの言葉をかき消すように、叫ぶ。
メラメラと瞳が燃えているように見えた。
ズンズンと歩いて海斗に近づくと。
「あんたは、『彼氏役』だから。本当の彼氏じゃないから」
「あ〜、海斗くんだ。久しぶり〜」
「そんな、汐音も——キュートだね」
三人が好き勝手騒いで、玄関の前で言葉の渋滞ができる。
ガヤガヤとやかましく、アパートに他の人が住んでれば間違いなく怒られていたと思う。
たった、数分の出来事なのに、彼が姿を見せただけで家の中がどっと明るくなった。
◇
「君が、神祈斗賀見だね。僕は、森林海斗だ。一応、汐音の彼氏となっている——」
「——彼氏役、ね」
さっきとは変わって、厳かな雰囲気を醸し出す海斗さんが自己紹介する。
俺の横には右側に汐音さん、左側には蕾さんが座っていて、三対一の構図となっていた。
「僕の汐音がお世話になったね。ありがとう」
「誰が、僕の、だ。私は仕方なく、付き合ってるふりをしてるだけなんだかね。斗賀見くんが勘違いしちゃうから、やめて」
汐音さんに彼氏がいるのは嘘、と言うことなのだろう。
だから、これまでもあんな反応をしていたのかと、納得できた。
「どうして、汐音さんも、海斗さんも、そんな付き合ってるふりなんて、していたんでしょうか」
「……よくぞ聞いてくれた。その前に僕のことは、世界で一番かっこよくて美しい海斗様と」
「——うざい。あんたは黙ってて」
ピシャリと汐音さんが海斗さんはの言葉をぶった切る。
そして、俺の方へと体を向けて話し始めた。
「私と海斗がこの隔離区に来たのが、だいたい四年前くらいだったかしらね。それまでは、蕾と一緒にとある人を探していたの」
それについては聞いてる、と汐音さんが言葉を続けて、俺は頷いて返事をした。
「それなら話が早くて助かるよ。手分けして探そうってなって私とコイツはこの隔離区に、蕾は外をずっと探してたの」
汐音さんが嫌そうに海斗さんを指を差しながら、そう言った。
「もしかしたら、蕾をこの隔離区に入れなくちゃ行けないって時が来るかもしれない。でも、理由もなく会ってたらいつか怪しまれるかもしれないって、ことで付き合ってることにしたの。
まぁ、あくまで保険だわ。誰が好きでこんな奴を彼氏にするかっての」
その後も、ぶつぶつと文句を汐音さんが垂れているが、海斗さんは「今日も素敵な、汐音」と意に返した様子はない。
「ちなみに、蕾から体質? なのか分からないけど、それも聞いてる?」
「はい、昨日……聞きました」
俺がそう答えると、蕾さんの手が俺の手に触れた。
「むっ、なんか二人とも。いい雰囲気になってない? 斗賀見くん……まさか蕾に?」
「——君〜やるねぇ!」
二人がよからぬ妄想をしそうになるのを、ブンブンと首を振って否定する。
「なら、いいんだけどさ。ちょっと……ね」
汐音さんの目が不意に落ちると、部屋の中が一瞬静かになった。
「汐音っち……ごめんね。斗賀くんは、譲れないかも」
「……そう。つまり今日から——ライバルってことね」
二人が見つめ合うと、目で会話をしているようである。
「つまり、斗賀見。僕と君もライバルだ!」
「いや、私は海斗に興味ないから、斗賀見くんは気にしないでね」
海斗にそう言っている間も、汐音さんは蕾さんから目を離さない。
「はぁ〜、でもなんか望み薄そうだな。でも、負けない」
そう自分に言い聞かせるように、汐音さんがそう言った。
さすがにここまで言われれば、いくら恋愛経験のない俺でも分かってしまう。
汐音さんは、俺のことが——
「まぁ、それは一旦置いといて、蕾も準備はできてる?」
「うにゃっ! できてるっす!」
「海斗もいい?」
「僕はいつでも大丈夫だよ〜ん。汐音との逢引は、今日の夜でいいんだよな?」
三人が確かめるように話す。
本当に今日で蕾さんはいなくなってしまうのか。
横目で彼女を見やると、それに気づいてニッコリと笑って返された。
胸が——苦しい。
俺も連れてって欲しいと、口から言葉が出そうになる。
だけど、それを腹の奥にしまいこんで、三人のやり取りに耳を傾けた。
「蕾さんがいなくなるのは、寂しい、な。でも、俺もさ、その探してる人見つけたら、汐音さんと海斗さんに連絡するから、頑張ってね」
本当はこんなことが言いたいわけじゃない。
自分のエゴをぶつけて、それでも彼女の傍にいたかった。
「"今"も鳴っている、その時計の音。聞けなくなっちゃうんだよね」
と、何気なくぼやく。
「なんで蕾の時計の音が聞こえるの——斗賀見くん。まだ、お昼になってないのに。それとも、なにかの例え?」
「ほーん、斗賀見は魔法使いだったのか——」




