第三十話 唐突な最後
ここ最近の俺は、仕事もプライベートも充実してい一日、一日が過ぎて行くのが早い。
亮さんと神矢さんの飲み会をしてから、ニ週間が経過した。
明日、日曜日は遂に汐音さんの『彼氏役』と初めて会うことになる。
そんでもって、今日は蕾さんと午前中のうちに街に買い出しに行くことになった。
「蕾さん……あまり目立たないでくださいね?」
彼女の胸の音は、末期感染者のように音が他人に聞こえるのは午後十二時を回ってから。
だから、午前中のうちは大丈夫だとは思うが、それでも警備で巡回している警察やロボットに見つかる可能性だってある。
「大丈夫〜。よく、この辺は散策してるからぁ」
と、いつもののんびりとした口調で返されるが、見つかっただけで隔離区に殺されると思うと、不安でしょうがない。
「あー、あのロボット短足で可愛いよねっ!」
そう言って、指さした先には短い足が四歩生えていて、その先端にはタイヤが取り付けられていた。
蕾さんの声に反応するように、頭に取り付けられた猫の耳がピクピクと反応してこっちにくるっと回転して向かってくる。
「今なら、デザート半額キャンペーン中ですよ」
スピーカーから流暢な日本語が聞こえてきて、顔の変わりに埋め込まれたディスプレイに次々と食べ物の写真が映し出された。
「わ〜! なにこれ! 私、食べたい〜」
彼女の腰辺りまでしかない小さいロボットの画面を覗き込んで、蕾さんがそう言った。
せがむように顔だけを俺に向けてくる。
「あ〜……うん。いいよ」
断わろうとしたけど、蕾さんには少しでも楽しいことを味わってもらいたい。
ロボットに案内をお願いすると、「こちらです」と俺達を誘導してくれる。
「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」
店に入ると、今度は人型のロボットが俺達を出迎えてくれた。
「そうです」
俺が答えると、人型のロボットはトタトタと
とたとたと、人のように席に案内してくれた。
「ご注文が決まりましたら、ボタンでお知らせください」
そう言って戻って行く。
「すごいね〜! 私が子供の頃と全然違う! 店員さんもロボットなんてびっくりしたぁ〜!」
無邪気にはしゃぐ蕾さんは子供っぽくて、こっちも楽しい気分にしてくれる。
初めて見るものが多いのか、視線が一点に定まっていることはない。
「子供の時に、こう言うお店にきたの、お母さんとお父さんと一緒に来て以来だよ! 斗賀くん! ありがとう!」
今日、一緒に出かけて——良かった。
「蕾さんが喜んでくれて、良かったよ」
素直に伝えると蕾さんは、大きく頷く。
俺はメニューを取り出して、彼女に見せた。
「ん〜、どれにしよう……」
蕾さんは悩みに、悩んだ結果、パフェを三つも頼むことにした。
俺はコーヒーと、アイス。
始めの一口を口に含むと、手を頬に添えてうっとりした表情を浮かべている。
その後は、ものすごい勢いでむしゃむしゃと口に運んで、俺が一つ食べ終える間に全てを平らげた。
「凄い美味しかった! ご馳走さま!」
そう言って唇を舌先でペロリと食べて、椅子の背もたれに背中を深く預ける。
「お粗末さま。満足した?」
「うん! 凄い、満足!」
蕾さんは右手の親指を立てる。
「そう言えばさ、突然一緒に出かけようって、何かあったの?」
いつもなら、土曜日も午前中は人を探しに出かけてしまう。
昼時になると帰ってきて、後は家で過ごすのが日課だった。
「その、ね。斗賀くんと一緒にデートしたかったんだ。優しいし、凄い心配してくれてさ……。あの時、斗賀くんと出会えて良かったよ」
それは、まるで終わりを告げるような言い方に聞こえた。
嬉しいことのはずなのに、どうしてか胸の奥がざわつくような感覚に襲われる。
「このまま、斗賀くんが探し人で、ずっと一緒にいれたら良かったなって思ったの」
一瞬、蕾さんが目を伏せると口の動きが止まった。
俺は言葉をかけようとしたけど、気管が締め付けられるように息を吐き出すことができなかった。
唇だけが虚しく動くと、蕾さんの瞼が開く。
「——私、明日にはこの街を出ようと思うんだ。だから、最後に斗賀くんを独り占めしたかったの」
嫌だ——その先を言わないで、欲しい。
「短い間だったけど、今まで——ありがとう」
その言葉に、堪えてきたものが一気に溢れそうになった。
歯を強く噛みしめると、軋む音が鼓膜を揺らす。
椅子から立ち上がろうとするのを、両手を強く握って我慢した。
「……蕾さん、本当に突然、だね」
どうにか口にできたのは、そんな言葉だけだった。
嫌だ、行かないで、傍にいて欲しい、そう言いたかった。
でも、言えなかった。
「ごめんね……急に」
「うん。でも、理由だけでも教えてくれたら嬉しい、かな」
声に力がこもらない。
彼女を見ると、どうしても目が熱くなる。
「——私さ、感染者をおびき寄せるらしいんだ。理由は分からないけど」
もしかして、だから最近……
「その顔は、心当たりあるよね。だから、ずっと同じ場所にいることはできないの」
「……それは、どうして?」
俺の問いかけに首を横に振る。
「昔ね……斗賀くんみたいに私のことを気にしない人達がいたんだ。そこで、ずっと暮らしてたんだけどさ、感染者が集まってきて……ね」
蕾さんの表情は悲しみと苦しみを混ぜたようで、そう話すと自分の下唇を強く噛む。
「そんなことが何度もあって……あ、これ、私のせいだって気づいたんだ。だから、ね?」
いつものふんわりとした声ではなく、一言一言をしっかりと伝えてくる。
彼女の決意は、それだけ硬いものだと言うことが分かった。
「いつ……ここから出て行くの?」
「明日、海斗くんに会ったらお願いしようかなって思ってるよ——」
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
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