第二十七話 夢の中の女の子
「あのさ、蕾さん。ちょっと……いいかな?」
「改まって、どうしたの?」
本当は帰ってきてからすぐに言おうとしていた。
ただ、一旦落ち着いてからちゃんと話そうと思い、落ち着くのを待っていた。
昼食を終えて満足して机に潰れた蕾さんに声をかけると、むくっと起き上がって俺に顔を向ける。
汐音さんもいつもの雰囲気と違うのを感じ取ったのか、口を開くことなくただ見つめるだけだった。
「勘違い、だったらあれだけど……。子供の頃、感染者に襲われて神社の中で一緒に隠れてた女の子——だったりする?」
「————」
彼女は何も言わない。
ただ、目を大きく広げて息を飲んだ。
次に言う言葉を迷っているのか、小さく口をパクパクするだけで、言葉は出てこなかった。
ゴクッと彼女の喉が、鳴る。
「——私のこと助けてくれた、男の子?」
「多分、そうだと思う。社の中に運んだのは、親父だけど……さ」
そう言った瞬間、弾けるように蕾さんが立ち上がり俺を——抱き締めた。
「ありがとう……本当にありがと……う」
鼻をすする音と相まって、彼女の言葉が途切れ途切れとなる。
ぎゅっと俺の肩に顔を埋めた蕾さんの目から伝った涙が、頬に触れる。
お互い、大人になってしまったけれど、蕾さんの温もりはあの時と同じように熱くなっていた。
「私……あの時、斗賀くんに助けられて、声をかけられて、安心して……その、本当にありがとう。いっぱい言いたいことあるし、お礼もしたいのに」
蕾さんの頭がそっと俺の肩から離れると、まくし立てるように必死に話かけてくる。
でも、突然のことだったせいか、彼女は上手く言葉がまとまらないようで、眉がしゅんっと萎んでしまう。
「ううん、俺の方が助けられたよ。一人だったら、あの場で耐えれなかったし——こちらこそ、ありがとう」
蕾さんは俺の首の後に手を回したままで、俺はそんな彼女を見つめて。
まるで恋人がこれからキスをするのではないかと、赤の他人が見たらそう思うかもしれない。
お互い見つめ合い、次第に口元が緩んで笑い合う。
まさか、こうして再び出会えるとは思わなかった。
彼女の胸の奥のチクタクと鳴る音すら、愛しいように感じるくらい腹の奥が温かい。
もう一度、抱き締めたくなる衝動に駆られて手を回そうとすると——
——おほんっ!
と、咳払いをする音がして、慌ててそっちへ振り向いた。
「あの〜、私のこと忘れてない? それに……ずるい」
そこにはこっちをジト目で見てくる汐音さんの姿があった。
ずるい、と最後にぼやいて不貞腐れる彼女を見て、伸ばしかけた腕を慌てて引っ込める。
「あ、汐音っち……いたの?」
蕾さんも焦ったのか、そんなことを口走った。
それを聞いて汐音さんは俯くと、肩がプルプルと震える。
「もう! 蕾は! 早く離れなさい! 斗賀見くんも困ってるでしょ!」
汐音さんが俯いた顔を上げたと思うと、大声を出す。
「えー? 斗賀くん、温かくて気持ちいいから離れたくないな〜」
「あっ、ちょっ——!?」
蕾さんが汐音さんをからかうと、俺に再び抱きついてくる。
甘い匂いが鼻の奥に広がり、子供のぷにっとした感触とは違う、大人の魅力に俺は耳まで熱くなった。
さっきは意識してなかったから良かったけど、これは耐えれない。
「汐音っちも——ぎゅっとする?」
意地悪モードが発動した蕾さんは止まらない。
「そんなことできるわけ——」
最後まで言い切る前に、悔しそうに下唇を軽く噛む。
それを見て満足した蕾さんがふっと離れると、部屋の空気が間に入ってくる。
少し、冷たい。
蕾さんはニタニタと笑いながら、汐音さんを見ていた。
ただ、髪の毛の間から見えた彼女の耳は先端まで真っ赤に染まっている。
俺がジッと見つめても、蕾さんは振り向こうともせず、そのまま立ち上がっていつもの定位置へと戻って行った。
「それにしても……驚いたよぅ。斗賀くんがあの時の男の子だなんて、さ。でも、よく思い出したねぇ」
そう言った彼女の口調は、いつものふんわりとしたものに戻っている。
まだ、顔が少し赤らんでいるが、それは抱きついたことで熱くなったのか、恥じらいなのかは分からない。
ただ、あまり目を合わせようともせず、たまに空中を泳いでいた。
「こんな奇跡があるなら、きっと世界を元に戻せるよね。これからも——よろしくね、斗賀くん」




