第二十一話 斗賀見の功績
俺があの日、蕾さんを助けると宣言して一週間が過ぎた。
もちろん、今も探し人は見つからない。
「斗賀見くん、おはよう」
汐音さんは変わらず受け付けの仕事をしており、毎日顔を合わせている。
最近は、蕾さんの件もあってちょくちょく俺の家に顔を出すようになったが、海斗と言う、汐音さんの彼氏さんには——出会えていない。
警備隊の仕事をしていて、彼氏さんは勤務が不規則らしい。
しかも、人手が不足していて休みすらまともにないとのことで、彼が休みになっているのを待っている状況だった。
「斗賀見くん、蕾に変なことしてないよね?」
毎朝、必ずこんなことを聞かれる。
「——してません」
誓ってそんなことは、していない。
今は布団も買って、蕾さんはベッドで俺は布団で寝るようにしているのだ。
こうして、俺の夜のひとときは確保され、ぐっすりと眠って朝を迎えられる。
「ふ〜ん……あっ、そう言えば海斗がそろそろ休み取れそうだって」
俺の言葉を聞いて怪しむように見るが、視線を逸らさず見つめ返す。
数秒経って、汐音さんの目から強張りが消えると、そう言っていた。
「ちゃんと分かったら、教えるね。それじゃっ、今日もお仕事頑張って、斗賀見くん」
以前に比べて気さくに話かけてくる汐音さんは、やっぱり素敵だ。
向こうは何も思ってないかもしれないけれど、その笑顔はやっぱり朝の癒しだ。
それに比べて蕾さんはだらしなく口を開けて、俺が起こしてもまったく起きない。
午前中は調査をするために外に行ってる、と言うことだが本当なのか怪しくはある。
「あれ? 雅さんと茜さん? それと……」
俺の心のボヤキをぶつぶつと腹の中で呟きながら、階段を登り切ると四人の人影が見えた。
「おう! 斗賀見くん、おはよう」
「斗賀見さん、おはようございます」
患者の待機スペースで、茜さんと雅さん、それと男の人二人が談笑していた。
「おっ、君が『的中率百パーセントの魔法使い』かい?」
無精髭を生やした白衣の男が、俺の方へと目を向けた。
なんだか変な名前でそう言われて、俺は首を傾げることしかできない。
「神矢、そんな風に呼んだら彼が困るだろ?」
もう一人の男が、神矢と呼ばれた男がそう咎める。
「急にすまないね。僕は、神祭亮だよ。妻の雅がお世話になってるね」
黒い縁の眼鏡を直しながら、男は自分の名前を告げる。
「えっと……あの、神祈斗賀見と言います」
突然のことに俺は反応が一瞬遅れた。
慌てて名前を告げて頭を下げると、雅さんに負けないくらい優しい笑みを浮かべて亮と名乗った男も頭を下げる。
「ほら、あんたもちゃんと自己紹介くらいしな!」
茜に背中を叩かれて、短髪の髭男が前に出てくる。
「いってぇ! 茜、もう少し優しく叩け。って、悪かったな。俺は紙切神矢だ。うちの家内が世話になってる」
つまり、茜さんの旦那さん。
それはさすがに少し、驚いた。
「あっ、斗賀見くん。なんか、顔に出てるぞ!」
茜さんがこっちに近寄ってくると、顔を鷲掴みにする。
女性とは思えない握力で俺の頭を潰しにかかってきて、俺はジタバタと暴れるが逃れることができない。
「ハハハッ! 茜、魔法使い君の頭が割れっちまうぞ」
ゲラゲラと神矢さんが笑う。
ようやく解放されて自分の頭がなくなってないか確認するように頭に触れる。
良かった、ちゃんと有る。
「酷い目にあった……って、その魔法使いってなんですか?」
俺のことをそう呼んだ、神矢さんに疑問を投げる。
「ああ、それか。君一人が第三検疫所を担当するようになってから、こっちに感染者が一人も来なくてよ。俺達の中じゃ魔法でも使ってるんじゃね?」
だから、魔法使い、と噂されてると教えてくれる。
「えっとつまりお二人は、第二と第三を任されてる」
「そうですよ。僕、神祭亮は第二検疫所の所長。こっちの髭ゴリラは、第一検疫所の所長だよ」
眼鏡にかかった柔らかい髪を分けながら、亮さんが丁寧に説明してくれた。
「ええ! その、俺、し、失礼な態度を……」
所長って偉いんだよね? つまり、アルバイトの俺なんて簡単に首を切られてもおかしくない。
深々と頭を下げて謝罪した。
「あははっ、大丈夫だよ。むしろね、今日、僕達は斗賀見君にお礼を言いに来たんだ」
「……お礼、ですか?」
「おうよ! ありがとな! 斗賀見っ!」
「あんたは……少しは黙ってなさい!」
あまりに突然のことで、頭がついていかない。
亮さんが、茜さんと神矢さんのやり取りに乾いた笑みを浮かべていた。
そして、もう一度俺を真っ直ぐに見つめ直して再び口を開く。
「斗賀見君は、過去に二回、こうして一人で第三検疫所を任されたよね?」
「え〜と、多分」
正確なことは覚えてないけど、何回か今みたいに俺しかいない時があったのは覚えてる。
「その時もさ、こっちまで感染者が来なかったんだよ」
神矢さんが、俺に合わせてくれているのか、ゆっくりと話してくれる。
第三検疫所で陰性と判断された場合は、第二検疫所、そして、次は第三検疫所と回される。
その全てが問題なければ、はれて第五隔離区セクターβの住人として迎えられる仕組みがあるのだ。
「最初は偶然、次は疑念、そして、三回目は——確信。医療経験者でもないのに、感染者を見逃さない、その『耳』、どんなカラクリがあるか気になるところではあるのですが……」
少し話が脱線しそうになると、雅さんがわざと咳払いをする。
亮さんは慌てて眼鏡を直すそぶりを見せて誤魔化して、もう一度は話し始めた。
「おほんっ……斗賀見君が正確に見極めてくれるおかげでね、感染者に割くリソースを研究に回すことができて——」
亮さんが、これまでにない満面の笑みを浮かべたた。
「試験薬、まだ完治まではいかないけど、症状を遅らせる薬が——完成しそうなんだ」




