第二十話 父の遺言
「やだ〜。私は、斗賀くんと一緒がいいの〜。これは汐音っちでも、譲れないもん」
駄々を捏ねる蕾さんは、その元凶を作った汐音さんから顔をふいっと逸らしてしまう。
こうなったのも、男女が同じ屋根の下で生活をするには間違いが起きてしまうかも、とのことで、汐音さんは自分の家に来るようにと蕾さんに伝えたのだ。
結果として、蕾さんはそれを拒否。
「……なんでよ」
「だって、汐音っち、優しくないもん。厳しいもん! でも、斗賀くんは優しいんだ〜」
汐音さんに対してはツンッとした話し声で、俺にはふんにゃりとした柔らかい笑い声で。
何とも分かりやすい彼女の態度に、汐音さんはそのまま固まってしまった。
「これは——譲れないもん!」
つまり、蕾さんは甘やかしてくれる人が良いと言うことなのだろう。
汐音さんって、確かにそう言うところしっかりしてそうだもんな。
「むぅ!」
威嚇するように声を出した蕾さんが、俺の隣にピッタリとくっついてくる。
ベッドの中で感じた彼女の温もりを再び感じて、体がピシリと固まってしまう。
そんな状況を見て、汐音さんは盛大にため息を漏らした。
「はぁ〜、蕾。そんなこと言うけど、自分の服も下着もないでしょ? どうするのよ? ほら、斗賀見くんに迷惑かかっちゃうでしょ?」
と、説得を試みる。
「下着なんていらなーい。服は借りるからいいんだもん。今も何も着けてないし」
爆弾を蕾さんは投下する。
そう言えば、洗濯した時に蕾さんの——なかった。
つまり、この服の下は。
思わず視線が彼女の膨らみに落ちて行く。
「……分かったわよ。なんで、変なところでいつも頑固なんだか」
汐音さんのため息はこれで何度目か。
おもむろにスマホを取り出して、誰かに連絡を取り始めた。
一瞬だけ見えた画面に、『彼氏役』と言う名前が見えて、その三文字の一番最後の単語が妙に気になってしまう。
「汐音っち、何してるの〜」
「あ〜、海斗にも連絡入れようと思って」
すると、蕾さんの表情がパアッと明るくなった。
「海斗くんにも、会いたいなぁ〜」
どうやら、蕾さんも知っている人物らしい。
てか、汐音さんは彼女がここに来たことと、目的について知っているのだろうか。
「汐音さん、一つ聞いてもいいですか?」
「え? いいけど……どうしたの?」
「蕾さんは、誰かを探してるみたいなんですが、そのことについて汐音さんは——知ってるんですよね?」
俺はさっき聞いた。
神様が言っていた感染症を治すと言う——話。
「蕾……斗賀見くんに話ちゃった?」
汐音さんがそう言うと、蕾さんはうんうん、と頭を何度も縦に振る。
「……あなたは、そうやって誰でも信じちゃうんだから。落ち着きもないし、だから——消えないチクタク、なんて噂が立つのよ」
幸せが全て逃げてしまうくらい、今日の汐音さんはため息が多かった。
ただ、もしかしたら、なんて思っていたらデブさんに教えてもらった都市伝説の名前が出てくる。
「なにそれ〜?」
消えないチクタクと言う名前を聞いて、蕾さんはぐんにゃりと首を傾げる。
この隔離区では噂になっているけど、それを調べる手段のない蕾さんにとっては知らない話なのだろう。
「なんか、私のことみたいだねぇ」
他人事のように蕾さんが笑いながら言うと、汐音さんはピシャリと「あんたのことよっ」、と語気を強めながら言う。
「もう、いつもマイペースなんだから。でも……見つかったのが斗賀見くんで良かったよ。このままだったら、蕾、すぐに捕まりそうだし」
「むぅ、そんなことないよ!」
プンプンと言う言葉が似合うくらい、頬を膨らませた蕾さんがそう言う。
「……てことは汐音さんは全部知ってるってことで、いいんですよね?」
俺が二人の間に割って入る。
汐音さんが俺を真っ直ぐ見つめて首を縦に振った。
「そ、それならどうやって感染者の……蕾さんを——隔離区に」
再び俺は問いかけた。
汐音さんは腕を組んで考えるそぶりを見せると、蕾さんも真似をするように同じ格好を取る。
「そのことなんだけど……話すのは待ってもらっていい? それは海斗、もう一人の仲間を混ぜて話したい、かな」
海斗……それは汐音さんの彼氏のことなのだろう。
彼氏——役。彼女のスマホから見えた三文字の言葉も、これで分かるかもしれない。
本当は聞き出したかった。
だけど、彼女の意見を飲むように俺はゆっくりと頷いた。
「ごめんね……斗賀見くん。消えないチクタク……できれば、近づいて欲しくなかった、かな。変に巻き込んじゃったし、本当に——ごめんっ!」
汐音さんは両手を合わせて、謝ってきた。
「あ……いえ、俺は特に気にしてないですよ。それに汐音さんは悪くないですし」
「……斗賀見くん、蕾——紗花蕾を匿うってことはどう言う意味か分かってる?」
それは、この隔離区の法律に背く行為。
バレたらその瞬間、俺の人生が終わってしまう。
出会ったばかりの女性。素性もよく知らなかった。
そんな人間のために、そんな危険を背負う必要があるのか。汐音さんは、そう問いかけているのだろう。
それに対して俺の気持ちはどうなのか。
よく——分からない。
人生が終わると分かっていても、そうなった時の自分の姿がイメージできない。
だから、頭の中で隔離区のルールを反復したとて、実感が沸かないのだ。
なんとなく、横に座っている蕾さんの顔を見る。
向こうも気づいたのか、クリっとした二つの目が俺を見た。
キョトンっと俺の次の言葉を待っているようで、少しだけ不安そうな表情を浮かべているようである。
それを見て、寂しそうにベランダから去ろうとした彼女の姿が頭に浮かぶ。
ああ、そうだよな。
『困ってる人を見かけたら助けてやるんだぞ』
——最後の父の言葉。
分かってるよ——父さん。
「蕾さんが困ってるなら俺は——助けたい」
真っ直ぐに汐音さんを見て、そう告げた。




