第十九話 二人の関係
「うわー! 汐音っち、会いたかったよ〜」
蕾さんと鉢合わせして全てが終わったと思ったが、まだ俺の悪運は続いているのかもしれない。
パァッと明るくなった蕾さんは、靴も履かないで外に立っていた汐音さんに抱き付いた。
胸に向かってグリグリと顔を押し付けて、汐音さんの控え目な胸が、更に控え目になってしまう。
「痛い、痛い! 金具が食い込むって!」
汐音さんが蕾さんの肩を両手で押し退けようとしたが、蕾さんは負けじと突っ込んで行く。
じゃれ合う二人の姿はまるで姉妹のようで、それだけで仲の良さが伺いしれた。
「あの……とりあえず、中に入りませんか?」
二人のやり取りに割って入るのは気まずかったが、蕾さんの胸からは盛大に時計の針の音がしている。
聞こえてはまずいと、恐る恐る声をかけた。
乙女二人の視線が一斉に俺に注がれる。
「そうね……聞きたいことがたくさんあるし……お邪魔させてもらいます!」
汐音さんの言葉の語尾が少しだけ強くなる。
ギロッと睨みつけられて、思わず俺の肩が跳ねた。
汐音さん、めっちゃ怒ってる、よね。
ずかずかと家の主人を置いて、汐音さんと蕾さんが部屋の中に入って行ってしまった。
玄関先にポツリと取り残された俺は、足が重たくて前に進もうとしない。
「斗賀くん、早く〜」
蕾さんの能天気な声が俺の名前を呼んだ。
その声を聞いて覚悟を決めると、下に置いた買い物袋パンパンの食材を持って部屋へと向かった。
「……失礼します」
自分の家なのに、何故かそんな言葉を行ってしまった。
一部屋しかない俺の家に、綺麗な女性が二人。
一人はニコニコと俺へと目を向けている、蕾さんだ。
もう一人は汐音さん。
ちょうど俺が入ってきた扉を正面から見える位置に座っていて、そこだけが氷河期になったように凍って見える。
ギロリとした視線が入ってきた俺に注がれて、肺を押しつぶされた結果がさっきの言葉だ。
「斗賀見さん——そこに座ってください」
そう言って、目で合図を送る彼女の言葉遣いは異様に丁寧だった。
斗賀見くんから、斗賀見さんに戻っていることも、俺の胃をぎゅうぎゅうに締め付けるのに十分である。
「……説明してもらえませんか?」
彼女の声色は低い。
怖くなった俺は蕾さんに助けを求めるが、彼女は笑顔のまま汐音さんと、俺の顔をキョロキョロと見比べているだけてある。
助け舟は期待できないと悟り、俺は重たい口を開くことしかなかった。
「その——」
蕾さんとの出会いについてポツリ、ポツリと説明を始める。
俺が話している間、汐音さんは一切口を開かない。
合図すら打たず、真っ直ぐに俺を見ているだけだった。
胃が、痛い。
声の尻が徐々に震えていって、最後の方は最初に比べて声量が半分以下となる。
「だいたい事情は、分かりました。ところで、二人は……一緒に住んでいるですか?」
ここに来て、ようやく汐音さんの声のトーンに不安のような感情が乗った気がした。
「そうだよ〜。斗賀くん優しいんだ〜」
俺が言葉を選んで話そうとしていたのに、蕾さんはそれを台無しにした。
助け舟どころか、火に油を注いだ彼女に俺の肩がおおいに下がる。
辞めてくれ、そう言おうとしたが、蕾さんはペラペラと俺を褒めちぎるように話した。
汐音さんの肩がプルプルと震え、蕾さんは一気にトドメを刺す一言を呟く。
「まだ、一回だけだけど、ベッドの中の斗賀くん——温かいんだよ〜」
その瞬間、バンッと机から音がして俺の肩が強く跳ねた。
「まさか、あなた達……そんなことまで」
「し、汐音さん……勘違い、勘違い。やましいことは何もしてないですって!」
俺は思わず叫ぶように、汐音さんに声を発した。
「……本当に?」
そう呟いた汐音さんが、俺と蕾さんを交互に見やる。
「むふふっ」
蕾さんは何故か変な声で笑っている。
そこから俺は必死に汐音さんに説明をして、ようやく彼女の機嫌が戻ってくれた。
「はは〜ん、分かった。汐音っち、そう言うことね。大丈夫! 私、まだ処——もご、もご」
汐音がさっと手をかざして、蕾さんの口を塞ぐ。
最後まで話すことができなかった蕾さんは、不満げに眉毛をひそめるが、汐音さんが無言で見つめると、今度は力なく萎む。
「はぁ〜、分かったわ」
ようやく話に一区切りがついたところで、俺は汐音さんに質問することにした。
「汐音さんは、蕾さんの知り合いなんですか?」
二人のやり取りを見ていると、仲の良い友人と言うのは分かる。
ただ、蕾さんは感染者。
俺が汐音さんに問いかけると、汐音さんの唇がかすかに動く。
「幼馴染——蕾とは、幼馴染よ」




