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第十三話 寝れない夜

 異性と恋仲になったことのない俺にとって、この状況は生き地獄かもしれない。

 どっちがベッドを使用するかで押し問答があった結果、最終的に半分ずつ使うことになった。


 かと言って一人用のベッドは狭くて、背中合わせで寝ても彼女の体温が服越しに伝わってくる。

 蕾さんが壁側で、俺はその逆。

 狭いし、身動きが取れないし、ドキドキするし。


 体は疲れてるけど寝るに寝れない状況が続いていた。

 そんなことを知らない彼女は「くぴー」と可愛らしい寝息を立てている。

 疲れてたのか、横になったらすぐに寝息が聞こえてきた。


 ——チクタク


 「————」


 蕾さんが寝返りを打とうとしたのか、突然彼女の背中が俺の背中にくっついた。

 彼女の温もりが背中に一気に広がって、思わず飛び起きそうになる体を全身に力を入れて、耐える。


 夜のベッドでの出来事は、どうしても不謹慎なことを想像してしまう。

 自分の心臓がドドドッ、と骨を震わせ鼓膜を揺らす。

 ただ、その心臓の音の隙間から聞こえてくる時計の針の音に、顔が熱くなることはなかった。


 「無理、、、寝れない」


 音をできるだけ立てないでベッドから降りると、大きく背伸びをする。

 動けないせいで凝り固まった肩が、バキバキと音を立てて部屋に溶ける。


 「すぴー、すぴー」


 ——チクタク、チクタク


 背伸びしたことで耳の中でジーンという音がした。

 伸ばしきったところで、ゆっくり手を下げると彼女の寝息と時計の音が、俺の耳に——届く。


 肩ごしに彼女に目を向けてみれば、口をあんぐりと開けてぐっすり寝ている。

 俺の場所ねーわ、と心でボヤいて、なんとなくベランダの方へ向かった。


 「うわっ、寒む」


 春の夜は寒い。昼間は暖かいのに、夜は突き放してくる。

 それでも、少しここにいようと思った。

 頭の中でぐるぐると回る思考を少しでも、止めたいのだ。


 何も考えないようにして、ベランダの向こう側を見ると黒い壁があった。

 その上を、星とは違う光が瞬いている。


 感染者が近づいて来ても分かるように、無数のドローンが羽音を立てながら飛んでいる。

 ぼんやりとそれを目で追って、ため息をついた。


 「なんだかんだ、聞きそびれた、な」


 明日、蕾さんにはいろいろ聞こうと思う。

 

 どうやってこの隔離区に入って来たのか。

 目的はなんなのか。

 いつから、そんな状態なのか。


 疑問は、尽きない。


 本当に彼女が感染者だとしたら、今ごろ俺は死んでいる。

 それなのに、紗花蕾と夜を過ごした。


 やましいことはない。

 ボロボロで汚れた姿と、ベランダから降りようとした彼女の寂しそうな肩。

 ——同情しただけ。


 むしろ、今日は汐音さんと食事をすると言う、イベントまでこなして来たんだから。

 俺にとってはかなりハードスケジュールで、そんな気力はない。


 「はぁ〜」

 ため息を一つ吐く。鬱憤をはらすように、全てを外に。 

 俺は部屋の中へと戻ることにした。


 「——うにゅっ」


 中に戻ると最初に目についたのは、目を擦る蕾さんの姿だった。

 目がほとんど開いていない。

 フラフラして後ろに彼女は倒れそうになる。


 「——危ない!」


 腕を掴み、引っ張る。


 「きゃっ——」


 女性らしい小さい声。

 俺の胸の中にすっぽり収まった、彼女は——柔らかかった。


 汐音さんに言われたことを、こんなにも早く実践することになるとは。

 しかも、言った本人ではなく別の女性で。


 「だ、大丈夫だった?」


 胸にすっぽり入ったまま動かない、蕾さんに慌てて声をかける。


 「……こ」


 何か言っていたが、聞き取れない。


 「おしっこ漏れそう……」


 ◇


 最初はすぐに辞めてしまうだろうと、思っていたけど、まさか一年も続くとは思わなかった。

 神祈斗賀見(かみいのりとがみ)

 あまり覇気のない顔と、諦めたような目。


 身長も私と同じくらいで、男にしてはそんなに大きくない。

 しかも、転びそうになるのを私に助けられるくらい、ひ弱。


 なのに、どうしてか——ほっとけないんだよね。


 "死んだ"一つ違いの弟のような存在。

 と、思っていたけど、私、雪村汐音(ゆきむらしおね)は、患っているのかもしれない。


 「まさか、ね。私が」


 今日のデートで確信した。

 彼のことがもっと知りたい。

 なんでだろう。頑張り屋だからかな。


 いつまでこの仕事が続くかな、って思う好奇心が強かったけど、今は辞めて欲しくない。

 そのためなら、なんでもしちゃう。


 「はぁ〜ん」


 変な声が漏れた。

 胸の苦しさを、抱き締める熊のぬいぐるみに八つ当たりする。

 ……寝てるだろうか?

 時計を見ると、23時を回っていた。


 「連絡……辞めよう」 


 また、ため息が出る。

 相当重症みたい私。


 ——ポロン


 ピンクの枕の上に置いたスマホが鳴った。

 鼓動が少し早くなる。


 「……なんだ」


 期待したけど違った時の落差は大きい。


 通知には——『彼氏役』

 と、言う名前が書かれていた。


 私はしぶしぶスマホを取って、その通知を開く。


 ——彼女を見失った——

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