第十二話 ありがとね
今日で俺も犯罪者になってしまうのか。
「感染者を匿った者は、隔離区からの即日追放。感染者は即時殺処分の対象です」
テレビを見て、ご飯を食べながらゲラゲラ笑う蕾さんに聞こえないように、政府のプロパガンダを口ずさんだ。
連絡するべきなのだろう。他とは少し違うと言っても、彼女は感染者だ。
この平和な生活を壊す存在である。
でも……。
手に持ったスマホの電源を入れたが、親指が言うことを聞いてくれない。
いや、やっぱり——
「——斗賀くん」
覚悟を決めようとすると、蕾さんに名前を呼ばれる。
心臓が口から飛び出そうになった。
「こんなに美味しいご飯久しぶりに食べたよ。ありがとね」
他愛ない彼女からの一言に、俺はスマホの電源をそっと消した。
「……どういたしまして。てか、ほっぺについてるぞ」
「え? あっ! 本当だ! もったいない! んまんま〜」
指先で頬についた米粒を摘み、それを口に入れて咀嚼する。
大人びてるようで無邪気な彼女の姿を見て、俺は胸の奥が苦しくなった。
「これ、チャーハンって言うんだよね? それと、テレビも……子供の時ぶりだよ〜。楽しいな」
俺にとって当たり前のことは、彼女にとっては違う。
「って、もしかして……外の世界から来たの?」
「うん、そだよ〜。だから、ほとんど何もないんだ。娯楽と食べ物は一応あるけど、こんな立派なものじゃないよ」
彼女は普通に答えているが、俺は胸を強く締め付けられた。
同情、なのだろう。
蕾さんに少しでも、この生活を一秒でも長く味わってもらいたいと思えた。
「さてと、そろそろ私、行かないと」
蕾さんがおもむろに立ち上がる。
「行くってどこへ?」
「ん〜、探し物を、探しにかな。でも、この時間はみんなに音が聞こえちゃうから……とりあえず寝れそうな場所を確保するのにひっそり散策するよ」
俺は、俺に対して、次に口から出る言葉を言わせないようにしたが——遅かった。
「……いいよ」
「ん? 聞こえなかったから、もう一度いい? 斗賀くん」
「——泊まっていっても、いいよ」
これで完全に俺は犯罪者。
見つかったら、終わりだな。
「…………」
「なんだよ……黙って」
「————!」
何も反応しない蕾さんに言葉をかけると、彼女は突然、両手で肩を抱いた。
「……襲わない?」
「襲うかっ!」
勢いに任せて俺が突っ込むと、蕾さんが意地悪そうに口元を歪めた。
「だよね。そんな顔してないもん」
どんな顔だよ。
ニタァッと笑う彼女に軽蔑の眼差しを向けるが、彼女は気にした様子をみせない。
そんな話をしていると、定期的に流れる政府のプロパガンダがテレビから聞こえた。
殺処分、即追放、その二文字を聞いた時にかすかに彼女の眉が下がる。
楽しそうにしていた彼女の雰囲気は消えて、下を俯く。
「あー、俺……うるさくて、テレビあんまり見ないんだよな……」
立ったままの彼女横を通り過ぎ、テーブルにあったリモコンに手を伸ばすと電源ボタンを押した。
音もなく消えた画面に、俺と蕾さんの姿が映る。
彼女は振り向くことなく頭を下に傾けているだけだった。
あまりに無理やりな理由だったと自分でも思う。
でも、体が勝手に動いていた。
「……私のこと通報しないの?」
「さっきしようとした。でも、辞めた」
俺は彼女を見ないで、そうピシャリと告げる。
かさりと服の擦れる音がして蕾さんが振り向いている姿が、真っ黒なテレビに映っていた。
「後、夜になったら俺は出てから、部屋、好きに使って」
さすがに狭い部屋に男女が二人と言うのはまずいと思い、そう伝えた。
「……いいよ、一緒でも」
男としてそう思われるのはどうか、と思う。
「ちなみに、私さ——処女だからね。そう言うのはお互い好きな人とさ」
——俺は盛大に吹いた。
「はぁ——!? なに冗談言って……」
弾けるように顔を向ければ、蕾さんの顔は真っ赤で花が咲いているようだった。
「……はぁ〜。そんなことしないよ」
盛大にため息を漏らして俺が言うと、蕾さんが「違うの」と、言った感じで見つめてくる。
薄っすらと赤い頬がわずかに動くと、彼女の口が開く。
「もしかして、童——」
反射的に、彼女の口を両手で塞いだ。
もぐもぐと手の平を唇が撫でる。
しっとりとして柔らかい。
さっきの発言と相まって、異様に意識してしまい俺もほんのり顔が熱い。
「ぷっはぁ〜! 死ぬかと思ったよ!」
俺の手から逃れた彼女は顔は、息継ぎをするように酸素を求めてパクパクと口を動かしている。
大きく肩を上下させ、呼吸を整えると、ムッとした顔で俺を見たが、その強張りはすぐに解けてしまう。
「……ありがとね」
そう、小さく彼女は呟いた。




