9 各派閥の課題と新たな仲間
被服派閥の課題をクリアした私は、次に厄介そうな貴族派閥の課題をクリアする為に、ジョルノ様の元を訪れたのだが、派閥の受付で私に課題を与えて欲しいことを伝えると、「エーデル・フラワークロイツ様は既に派閥の課題をクリアされて、正式に入閥されております」とだけ返された。
どうやらこの前のジョルノ様とお会いしたときの礼儀作法を以て、派閥入閥の課題だったとのことらしい。間違いないかと何度か確認し、受付の女生徒が絶対に間違いありませんとはっきりと言い切るので、私はほっと胸を撫で下ろして貴族派閥室を後にした。次は錬金派閥だ。
「失礼します。派閥長のゴーゼルはいますか?」
私は南側の棟の錬金派閥に入ってすぐに派閥長のゴーゼルを呼びつける。
彼も先輩のはずだが、へりくだり過ぎたゴーゼルの態度に、何故か先輩と付ける気がしない。
「これはこれはエーデル様! もしかして入閥課題の件ですかな?」
「えぇゴーゼル。私に課題を与えてください」
「御意に! ではエーデル様には今後錬金派閥員として手伝ってもらう素材探索の際に有用な、魔力感知をテストさせていただきます」
ゴーゼルがそう言って奥の机に私を案内すると、机に5つの鉱石が並べられた。
赤、緑、青、紫、白と色は様々で美しい鉱石に見えるが、しかし私はすぐにこの内どれを選択すればいいかが分かった。緑色の鉱石だけが、かなりの魔力を宿して見えたからだ。
「これです」
ゴーゼルに選べと言われるまでもなく緑の鉱石を指し示した私。ゴーゼルは「さすがは高位の魔力感知を保持していらっしゃるエーデル様ですっ!」と感嘆し、すぐに「課題はクリアとさせて頂きます!」と言ってくれた。そうして錬金派閥の受付で名前を書いて正式に入閥手続きを済ませると、証書を貰った。
被服派閥や貴族派閥ではこういうの無かったけど、大丈夫なのかな? と思いつつ、きっと派閥によってやり方が違うのだろうと思うことで納得することにした。
次は生活魔法派閥だ!
同じ南側の棟にある生活魔法派閥を訪れると、派閥長である緑髪のラミラ先輩は何故か前と服装が違っていて、メイド服姿になっていた。
ツッコミを入れたい思いはあったが、ぐっと我慢して入閥課題を与えてくださいと頼むと、ラミラ先輩は「初級生活魔法であるクリーンの習得が入閥課題です」と教えてくれた。
課題を聞いてすぐに、派閥室の机の上にある桶の汚い水を浄化しろということだと察した私は、すぐに無詠唱でクリーンを発動した。
浄化された水は即座に清らかな水へと変わっていく。
「いかがでしょうか?」
「いまのはまさかエーデル様がやったのですか?」
ラミラ先輩は私が発動したクリーンの効果に驚いていた。
「はい。水の浄化くらいならば割と簡単に出来ますよ」
「そんなまさか……ここまで飲めそうなほど透き通った水に浄化されるだなんて見たことがありません! しかも無詠唱でなんて……!」
ラミラ先輩は驚いているが、しかし私にできるクリーンは水の浄化が限度だった。
これでウサミントを浄化できれば全く洗剤なんて必要ないんだけど、それは無理なんだよね……。水、おそらくはこの世界でもH2Oくらいにしかクリーンはまともに発動しない。他の物質に対しては今の私の生活魔法の腕では表面についたホコリが落ちる程度の効果しかなかった。それは自身の肉体に対しても同様で、だから毎日ではないが身体を清める為に風呂に入るし、朝起きれば毎日顔を洗っているのだ。
「エーデル・フラワークロイツ様、生活魔法派閥入閥課題、合格です!」
ラミラ先輩の快活な一言が響き、課題に無事に合格した。
そして錬金派閥同様に書類を書いていく。今度の書類は契約書のようなもので、割と詳細に色々と書かれていたが、私は細部までは読んでいられなかったので、適当に目を通してサインした。こんなの全部目を通す人存在しないよたぶん!
そうして被服派閥、貴族派閥、錬金派閥、生活魔法派閥の4派閥の課題をクリアした私は、ウキウキ気分で一番重い課題である文芸派閥の課題に取り組むべく、文芸派閥室へと引き返した。
「ヴァージニア先輩! 他の派閥の課題を終えてきました! 早速、老暗殺者と奴隷少女、読ませて頂きますね!」
そう言いながら文芸派閥室へと入ると、ヴァージニア先輩の他に、何名かの文芸派閥員らしき生徒がいた。
「おぉ! もしかして先輩ですか?」
私が驚きに満ちているであろう表情でそう問うと、座っていた生徒が立ち上がり、私に向き直る。
「こんにちは、文芸派閥員、5年Bクラスのユーゴです。よろしくお願いします」
「御機嫌よう。同じく文芸派閥員、4年Aクラスのコレットです。以後お見知りおきを」
黄土色の髪の男子であるユーゴ先輩。そして金髪ショートカットのコレット先輩。
覚えた! 二人にヴァージニア先輩とクラウロード様を加えた4人が私以外の文芸派閥員ってわけだね! 誰が私の推し作家になってくれるだろうか?
「実はこれで全員というわけではないのですが、普段主に活動しているのはここにいる3人です。エーデル様とクラウロード様以外の貴族派閥員もいないわけではないのですが……」
うん? どうやらこれで全員というわけではないらしい? まぁおいおい会えればいいさ!
それよりもまずは老暗殺者と奴隷少女だ!
「エーデル・フラワークロイツと申します。皆様仲良くしてくださいね!」
それだけ言うと、私はヴァージニア先輩から老暗殺者と奴隷少女を受け取り読み始めた。
それから2日かけて私はヴァージニア先輩の課題小説を読んだ。
内容はこうだ。
時は遡ること600年前。まだ戦争があった時代。老暗殺者レノールは自身の妻と息子、そして孫たちの家族を敵の手により失い、途方に暮れて帝都の路地裏を歩いていた。
そこで一人の奴隷少女に出会う。少女はやせ細って今にも折れそうなほどの腕や足で、主である貴族の持つ縄に繋がれており、必死に主である貴族に付いていこうと歩いていた。しかし、レノールの眼の前で転んでしまう。主から叱責を受ける奴隷少女ルチルダ。きっとその目には光など宿っていないだろう。そう思いながら少女を助けて起き上がらせるレノールだったが、少女の目にはいまにも主の喉笛を噛みちぎって逃げ出そうかという程の強い意志が宿って見えた。レノールはその目を見てすぐ「すみません。この少女、私に譲って頂けませんか?」と主である貴族に交渉を持ちかける。レノールは全財産のほとんどを投げ売って貴族から少女ルチルダを買うと、自身の後継者として育て始めるのだった。レノールの言い分は常に「いいかルチルダ、常に唯一神イアーナ様の光明は差すものさ。その時は流れに従うのがいい」というものだった。
そうして6年の時が流れた。14歳になったルチルダは初めての任務をレノールと共に行う。その暗殺は上手く行ったかに見えた。しかし、最後のところでルチルダがヘマをしてレノールが命を落としてしまう。レノールの死に絶望するルチルダ。しかし、彼女の目にはまだ光が宿っていた。レノールを殺した奴等に復讐を誓い、標的のことを調べ上げていく。レノールに教えてもらった方法で。その過程で、実は自分がヘマをしてレノールが殺されてしまった組織とは、かつてレノールが家族を殺された相手だと知るルチルダ。レノールの復讐まで出来るかもしれない。そう思ったルチルダは一人作戦を組み立て、そして実行に移す。敵の首魁をその剣で屠り、敵の幹部も全員始末したルチルダだったが、最後の最後で力尽きて下っ端の構成員から致命傷を負わされてしまう。ルチルダは必死の思いでその場から逃げると、レノールと出会った路地裏でひっそりと呼吸を止めようとしていた。しかし、そこに光明は差した。600年前に帝国を救ったと言われる伝説の聖女アイオーユ様が偶々その場に出くわしたのだ。聖女はルチルダの傷を即座に光魔法で癒すと、ルチルダに私の護衛になりなさいと告げる。「自分はしがない暗殺者だ、護衛になどなれない」そう断るルチルダだったが、ふとレノールのいつも言っていた言葉が脳裏をよぎる。流れに従うのがいい。思い直したルチルダは伝説の聖女アイオーユの護衛として生涯を全うするのだった。
「……読了!」
読み終わった私は真っ先に著者であるヴァージニア先輩に良かったことを告げる。
「ヴァージニア先輩! めちゃめちゃ良かったです! レノールとルチルダ大好きになりました!」
2日かけて老暗殺者と奴隷少女を読み終わった私を見て、ヴァージニア先輩は「それは良かったです」と恥ずかしそうに微笑む。私はその笑顔を見て、早速批評の執筆に取り組むことにした。まずは思ったこと感じたことをメインにまとめ上げる。推しです! めっちゃ好き。尊い。そんな転生前に使っていた言葉を交えつつ感想を完成させると、それから次の1日かけてストーリーラインに対する考察をまとめた。
そうして400字詰め原稿用紙25枚――1万字ほどの批評という名の感想録+ストーリー考察を完成させると、ヴァージニア先輩に「出来ました!」と言って提出した。
たぶん、新一年生である私にそれほどの批評本としての中身を期待してはいないだろうという相手の気持ちを察したゆえの感想録化だったが、私としては批評というやつは余りしたことがなかったので、この形に落ち着かせることにした。たぶん大丈夫だろう。
ヴァージニア先輩は私の提出した批評を15分ほどかけて読み終えると、「批評と言うには些か感想寄りのように見受けますが、まぁ1年生としては十分な出来ですね。良いでしょう! 合格ですエーデル様!」と入閥を認めてくれた。
「やったー! これからもよろしくお願いしますヴァージニア先輩!」
私がオタコンテンツの供給源をゲットした嬉しさを爆発させながらそう言うと、ヴァージニア先輩は「その、私の書いた登場人物を推しって言って貰えて嬉しかったです!」と恥ずかしげに年相応の少女らしい表情を見せた。
ヴァージニア先輩は貴族ではないが、非常に礼儀正しく大人びた優しい先輩だ。
それに老暗殺者と奴隷少女レベルの物語を齢11、12歳にして書けるというのも非常に推しポイントである。私は改めて、新たな推し作家を得られたのかもしれないという思いで最高の気分だ。
そう思っていると、文芸派閥のドアが開かれた。
ドアの向こうから現れたのは、2年生か3年生くらいに見える貴族の少年だった。
何故貴族と分かったかと言えば、服装が完全に貴族の子どものそれだったからだ。
襟元に金糸で刺繍が施されており、袖にドレープのある清潔そうなシャツ。その上に藍色のスッとして見える子供用の貴族服を身に着けている白髪赤眼。どこに出しても文句の言われようないきちっとした貴族の服装に感心すると同時に、その気弱そうな目線が気になった。ドアを開けたは良いが、入ってくるでもなくじっとこちらを見つめている。
「あら、アルカ・イースタンライト様。今日はまたどのようなご要件でしょうか?」
ヴァージニア先輩が駆け寄るように少年に近づいていてき、入室を促すとドアを閉じた。
え? イースタンライト!? じゃあ公爵家令息!?
私は初等学校に入学して以来4人目となる公爵家の子にどぎまぎしつつ、文芸派閥に何の用事だろう? と考えていた。
ヴァージニア先輩が改めてアルカ様に向き直ると、先輩になにやら耳打ちするようにぼそぼそと話し始めた。
「はい……はい……なるほど」
仔細を伺ったらしきヴァージニア先輩が、私の方を見た。
え? なになに?
「エーデル様、どうやらアルカ様はエーデル様を探してこちらへ参られたそうです」
「え? 私をですか?」
私は突然の指名に驚きつつも、初めて会った貴族への対応として一礼。そして「お初にお目にかかります。エーデル・フラワークロイツと申します。以後お見知りおきを」と挨拶した。
「それで、アルカ様は一体私に何の御用事でしょうか?」
私が聞くと、彼は答えず、またヴァージニア先輩の耳元でぼそぼそと囁いた。
いや、先輩は通訳かなにかかい! とツッコミをいれるわけにもいかず、私は黙ってヴァージニア先輩の仲介を待つ。
「ヴァルプルギスエンデのぬいぐるみを持ってる? と聞いておられます」
ヴァージニア先輩は私の方へ向くとそれだけ言った。
「はい。持っておりますが、それがなにか?」
そこまで言って私ははっとした。もしかして、もしかしてもしかしてもしかして!
「もしかして! アルカ様は人形派閥への入閥希望者でしょうか?」
興奮してそう推測を述べる。
ヴァルプルギスエンデといえば、創作や工芸を束ねるイースタンライト家のお抱えぬいぐるみブランドである。そのアルカ様がヴァルプルギスエンデの名を出したとあれば、答えは一つではないか!
私が嬉しくなって前のめりでいると、アルカ様はびくっと一瞬しながらもゆっくりとこくりと頷いた。
やっぱりー! 新たなぬい活のお友達ゲット! まさか男の子だとは思ってなかったけど、まぁヨシ!
私は貴族らしくなく、ぐっとガッツポーズをしてしまった。




