10 人形派閥の設立
「アルカ様。改めましてエーデル・フラワークロイツです。人形派閥の仲間として今後よろしくお願い致しますね!」
新たな仲間が出来たこと、そして新派閥設立のための面子が揃ったことに嬉しくなってそう言って一礼するとアルカ様は小さな小さな声で、私に「……よろしく」と言ってくれた。
なんだ、普通に一人で喋れるんじゃん。
さっきまではヴァージニア先輩を通してしか喋ってくれなかったことを思えば大きな前進だ。
この調子で普通に喋れる仲になりたいものだ。そうじゃないとぬい活するにも不便だしね!
「ヴァージニア先輩はアルカ様と親しいのですか?」
私が疑問に思って聞くと、ヴァージニア先輩は慌てて居を正すと、「私がイースタンライト公爵家のアルカ様と親しいなどと恐れ多いことです」と一歩引いてしまったが、それをアルカ様はなんだか寂しそうな瞳で見ていた。
「ですが、なんだかヴァージニア先輩に懐いていらっしゃるように見受けられたのですが……」
私は素直な疑問を口にする。
「それは、アルカ様が文芸派閥員だからですよ。隠れ文芸派閥員とでも言いましょうか。普段はめったにお顔を見せられないのです」
「え? アルカ様は文芸派閥員なのですか?」
私がアルカ様を見やると彼はこくりと頷いた。
なるほどね。それでヴァージニア先輩は既知の仲だったから慕っているように見えたのか。
「なるほど、そうだったのですね。ではいつかはアルカ様の読んだ物語も読めるかもしれないのですね! 私、楽しみにしております! それはそれとしてアルカ様、早速ですが、こちらにご署名頂いてもよろしいでしょうか?」
私は派閥設立の為の申請書を鞄から取り出すと、アルカ様にサインを求めた。
既に書類には派閥長として私の名が書かれている。
アルカ様は書類を読んで、ゆっくりと頷くと、アルカ・イースタンライトとサインをしてくれた。
よし! あとはミーレス先輩に署名を貰ったらそれで提出可能だ!
「それでは私、ミーレス・ルメール先輩にサインを頂けないか探してまいります。まだ校舎に残っておられるかもしれないので。失礼致します、アルカ様」
私がその場をあとにしようとすると、アルカ様が何か言いたげな視線を送ってくる。
うん? なんだろうな。
「どうかなさいましたかアルカ様?」
私がそう問うと、彼はもじもじとしながら私の耳元に口を寄せる。
「……その、僕がエーデル様のことを聞いたのは、ミーレス様からなんだ。だから、たぶんまだ南棟の図書館にいると思う」
小さな声だがしっかりと聞こえた。
そうか、アルカ様を勧誘してくださったのはミーレス先輩だったのか!
「ありがとうございますアルカ様。私、急いで南棟の図書館に行って参ります!」
「……いってらっしゃい」
そう小さな声で応えたアルカ様に見送られて、私は南棟の図書館に急いだ。
しかし、魔法系の派閥や図書館はなんで南棟にあるのだろうかと不思議に思っていた。
本当ならば南の方角にはサザンライト家の支配する商人系派閥などがあるべきなのではないか。なにか事情があるかもしれないな……そう思いながら南棟を少しの間彷徨うと、私はついに図書館にたどり着いた。
大声でミーレス先輩いますか? と叫ぶわけにも行かず図書館構内を歩いていると、読書スペースでようやくミーレス先輩を発見した。
「ミーレスせんぱ……」
言いかけて、私は慌てて口を手で塞ぎ本棚の影に隠れる。
「なぁミーレス。君と僕との仲じゃないか。そろそろお互いの関係を皆に公表しても良いと思わないかい?」
「所詮は親と親が決めた仲ではありませんか。私は貴族学院を出るまではジョルノ先輩との許婚関係を公表するつもりはないと再三申し上げているはずです」
話しているのはなんとサザンライト公爵家のジョルノ様とミーレス先輩だ。
あの二人、許婚関係だったのか!!
しかも公表してないってどういうつもりなんだろうミーレス先輩。
「君のご両親があくまでも君の意思を尊重しているのは素晴らしいことだと思うよ? だがね、私としてもあのサザンライト公爵家の令息が貴族学院に入学するような年にもなって、まだ許婚の一人も居ないと騒がれるのは些か困るのだよ。ほら商人たちは噂を立てるのも早いしね」
「そうですか」
「そうなんだよ! 分かってくれるかいミーレス!」
ぱーっと明るい表情になるジョルノ様だったが、ミーレス先輩はそんなことは気にしないといった様子で本を読みながら切り捨てる。
「いえ、でしたらその噂を立てている貴族商人の娘でも取り立てて差し上げればいいのではなくて?」
「それは……君はそれでもいいのかい?」
「私は別に特には」
「そんな! 考え直しておくれよミーレス!」
ジョルノ様がそう言ってミーレス先輩に顔を近づけたときだった。
私の呼吸音が漏れていたのだろう。
ミーレス先輩がこちらに気付いたようだった。
「……誰かしら?」
問われ、私は大人しく本棚の影から顔を出した。
「お話中大変失礼致します……」
「君は……フラワークロイツのエーデルか。これは……不味いところを見られたな」
ジョルノ様がばつが悪そうな様子でこちらを見やる。
「私たちに何か用かしらエーデル?」
しかしそんなジョルノ様の様子も関係ないと言った様子でミーレス先輩が私に質問を投げる。
「ミーレス先輩に新派閥の設立申請書にサインして頂きたく……」
「あら、そう言えばまだだったわね。いいわ、ぼさっとしてないで近くに来なさい」
「はい……」
私は返事をすると、ミーレス先輩たちに近づいて先輩に申請書を渡す。
先輩はそれにさっとサインすると、私に手渡すかと思いきや、「申し訳ありませんジョルノ様、私、年長者として新派閥設立申請書の提出見届人にならねばなりませんので、これで失礼致します」とミーレス先輩が言い、読んでいた本を閉じた。
「さぁ、いくわよエーデル」
「はい……ジョルノ様失礼致しました」
「あぁ……」
ジョルノ様は軽く返事をして頭を掻きながら、私とミーレス先輩を見送った。
図書館構内を進みながら、ミーレス先輩に確認する。
「よろしかったのですか?」
「なにが?」
「いえ、申し訳ありませんジョルノ様とのお話聞こえてしまいました……」
「そう。いいのよ、親同士が決めたことだもの。私自身にはあまり関係ない話よ。でもジョルノ様の体面のこともあるから秘密よエーデル。子爵家の下級貴族に公爵家のジョルノ様がご執心なんて話がまことしやかに流れたら大変でしょうから」
「分かりました。ところで、アルカ様の勧誘をしてくださったこと本当に有難うございましたミーレス先輩」
私はアルカ様を勧誘してくれたことにお礼を述べると、ミーレス先輩は「いえ、ヴァルプルギスエンデがイースタンライトお抱えなのは有名だもの。もしかしたらと思っただけよ」とミーレス先輩はなんでもないことのように言う。
そんな話をしながら中央の事務室にたどり着いた私たちは、申請書を携えて入室すると、事務員の女性に申請書を渡した。
「……はい。では派閥長は1年生のエーデル・フラワークロイツ様、3年生以上の派閥員として5年生のミーレス・ルメール様。派閥員として2年生のアルカ・イースタンライト様。以上の3名を初期派閥員として人形派閥を設立するということでよろしいですね?」
派閥長である私に事務員の女性は確認を取る。
「はい」
確かに頷くと、「それでは新派閥、人形派閥の設立おめでとうございます。設立祝いではありませんが、1年間の活動費として金貨10枚が支給されます。3年生以上の派閥員が管理なさるようにしてください」
祝福の言葉と共に1年間の活動費として金貨10枚もの大金が転がり込む。
ミーレス先輩が金貨の入った革袋を受け取ると、「確かに」と返事をしてくれた。
「それではこちらに派閥としての注意事項と、派閥会の日程が書かれていますので、派閥長はよく読んでください」
そして私は書類を手渡され「こちら派閥室の鍵となります」と最後に創作系派閥棟の一室の鍵を与えられた。
「以上となります。人形派閥での活動。応援していますね」
言われ、事務室での派閥設立を終えた私たちは事務室を出た。
「なんだか思ったよりもあっさりと終わってしまいました。これで、学内にウサミントを……ぬいぐるみを持ち込んでも良いということですよね? ミーレス先輩」
「えぇ……そうなるでしょうね。私もようやく貴方に私のお人形を紹介できるわ」
ふふっと怪しく笑うミーレス先輩は一体どんな人形を持ってくるのだろうか。
私は期待と興味でいっぱいになりながら、ついに人形派閥を設立した歓喜に打ち震えるのだった。




