11 ウサミントと一緒に登校
「お嬢様、本当にウサミントを学校へ連れて行くのですか?」
家付きメイドのキサラが私に今日何度目かの確認をする。
急に大事にしているぬいぐるみと一緒に登校すると言いだしたのだから、そりゃあメイドとしては本当に良いものか気になるのだろう。
「えぇ、人形派閥を立ち上げたと言ったではありませんか。派閥活動に必要なのです」
「それは……そうかもしれませんが。初等学校にぬいぐるみを持って行くだなんて、私からすれば考えられないことでしたから」
「キサラが初等学校に通っていた頃は、まさか派閥がなかったのですか?」
「いえ、ありました。ですが当時は新規派閥をそう易易と作れるような状態ではありませんでしたよ。近年、初等学校の教育手法に改定が行われたと聞きますから、その影響でしょうか」
キサラはそう言って腕を組んで考え込む。
へぇ、最近教育改革なんてあったんだ?
もしかしたら今6年生のサザンライト家のジョルノ様がご入学されたことで、公爵家の目が届くようになって改革が起きたのかもしれない。そう思った。
いま19歳のキサラにとっては初等学校に通っていたのは7年前の話だ。
ならば時系列は合う気がした。
言われてみれば人形派閥を作ったらどうかって言われたのもジョルノ様からだったものな。もしかしたら新規派閥の設立に積極的な立場なのかもしれない。
そう考えながら、私は黒い布地の紐付きの袋にウサミントを仕舞うと、鞄と共に持った。
いざ出陣!
そうして貴族街から歩いて中央にあるイアーナ大聖堂の東側にある初等学校へとキサラと共に向かった。
学校へ到着すると、キサラが「それではお嬢様勉学頑張ってください」と送り出してくれ、私は校舎へと入っていく。
1年Fクラスの教室へたどり着くと、私は机の横の荷物かけに鞄と共にウサミントの袋を掛けた。そうして後ろを振り向く。分かっていたことだがまだクラウロード様は来ていないようだ。クラスにはまだ2、3人の生徒しかおらず。授業開始までは20分以上空いている。
「少し早く着きすぎたかな?」
私はそう言うと、ウサミントを黒い袋から取り出した。
「ほら、ウサミント。学校の教室ですよ~」
そう語りかけ、今日もウサミントは可愛いことを確認する。
ミント色がアクセントになっている白と黒で彩られた素晴らしい配色。
相変わらず、ウサミントは凛々しい姿だ。ちなみにウサミントは男の子だ。
最近初等学校のあれこれがあって、家に帰ったあとしかあまり構ってあげられなかったので、きっと退屈に思っていただろう。
ウサミントが本当に生きていたらなんてなんて返事をするだろう。
学校凄い! だろうか。勉強頑張れ! だろうか。
そんなことを妄想しつつ、私はウサミントに教室のあれやこれやを歩き回りながら「これが黒板で~これが教壇で~」と見せていた。
すると、周りには生徒が増えてきて、そしてその誰もが私の奇行にしか見えないウサミントとの語らいを不思議そうに見つめている。
別に恥ずかしくなんてない。たぶん……子供ってこれくらいするものでしょ。
そう自分に言い聞かせると、だいぶ人が集まってきたので私は席に戻った。
「やぁエーデル。それが君ご自慢のぬいぐるみかい?」
「クラウロード様!」
席に戻ると、クラウロード様も来ていたようで私にそう聞いてくる。
「はい。ヴァルプルギスエンデのぬい。私だけのウサミントです。ほらウサミント、クラウロード様にご挨拶なさい」
そう言ってウサミントをクラウロード様に向けると、クラウロード様は「やぁウサミントよろしく」と言ってくれた。私は推しのぬいと生きた推しとの邂逅に感動しつつ、このシーンを写真に収められたらなぁと妄想する。だがこの世界に写真機があるという話はいまのところ聞いたことがなかった。
「ところで私だけのという接頭語が気になったんだが、オーダーメイドということかい?」
「あぁ、クラウロード様はヴァルプルギスエンデの仕組みを知らないのですね! オーダーメイドというよりかは、ヴァルプルギスエンデの品物は全て一点ものなんです。無論、色違いや細部の形の違いなどを含めれば同系統のぬいはたくさんありますが、完全に同じ色同じ形をしているぬいぐるみは一点しかないのです。もちろんそれでは数が足りず普通は商売になりません。ですからヴァルプルギスエンデのぬいぐるみは一点一点が非常に高価な価格に設定されているんです」
私が早口で説明すると、クラウロード様は「へぇ……」と興味ありげに相槌を打つ。
そして思ってもいない言葉を口にした。
「私も一つ購入しようかな」
「……え!! も、もしかして、クラウロード様もぬい活にご興味が!?」
私は食い気味にクラウロード様に問いかける。
「ぬい活? あぁ、ぬいぐるみ活動のことかな? いやまぁちょっと思うところがあってね」
「思うところ!? それはなんでしょうか私気になります!」
「それは……おっと、ヴァールブルク先生が来たようだ。君もぬいぐるみを仕舞ったほうが良い」
言われ、私は急いでウサミントを袋に仕舞う。私が仕舞い終えるのと先生が教壇に立つのはほぼ同時だった。先生は派閥への所属期限が迫っていることを皆に伝えて急かすと朝の申し送りはそれだけだったようですぐに去っていった。
入れ替わりで国語の先生がやってくる。
授業は相変わらず退屈なもので、私にとっては既に全て知っている事柄ばかりだった。
それは後ろの席のクラウロード様も同様だったようで、退屈そうな雰囲気が前の席の私にも伝わってきていたが、私はいつものように魔力を練ることで暇を紛らわせていた。
授業の合間にクラウロード様が私に声を掛ける。
「エーデル、君は毎日のようにその魔力を練るのをやっているのかい?」
「はい……暇があればですが……それがなにか?」
「いやなに、この前話したレーベンシュトラウトの魔術基礎論1だけどね。私が君に教えてもらった古本屋に駆け込んだ時には既に売れてしまったあとで結局手に入らず仕舞いだったんだ。それで僕も君が前でやってるのを見様見真似でやってはみたんだけどね。これ難しすぎないか?」
クラウロード様は私の眼の前で魔力を練るのをやって見せる。
しかし一回折りたたむのにも手間取っているように見えた。
「分かります! 魔力感知はもちろんですが、繊細な魔力操作が必要なんですよ。見てくださいこんな感じです」
私はお手本を見せることにした。多重折り畳みをしている魔力は隅に追いやると、新しく空いたスペースで折りたたみを開始する。まずは魔力を布状に均す作業だ。そうして均して一枚の正方形の布状にしたら、斜めに折っていく。
「コツは斜めに折ることです。何故かは分かりませんが、長方形に折ってから更に正方形に折るよりも常に三角形にしたほうが簡単なんですよ」
「ほう……」
クラウロード様は私が魔力を練るのを熱心に見つめている。
推しに注目されるってのは悪くないことだと思った。
でも推しには注目されるよりも注目したいよね! と思いつつ、「では、やってみてください」とクラウロード様にやらせるような格好にしてみた。
まぁ私が魔力を練る講師なわけだから、別にこれくらいなら不敬じゃないよね?
「分かった。魔力を均して一枚の正方形の布状にして……斜めに折る……こうか!」
クラウロード様は確かに自身の魔力を斜めに折りたたんで三角形の布状にすることになんとか成功していた。
「さすがですクラウロード様! お上手です!」
「なるほど……こうすれば空いた場所に新たな魔力を溜め込めるわけか……。エーデルちなみにきみ、最高で一体何回折った?」
クラウロード様に聞かれ、私は記憶をたどる。
「たぶんですが、16回は連続で折っていますね。更に新たな魔力を練っているので、総回数は分かりませんが……」
「16回だって!? だってこれ1回折るだけで空いた場所に新たな魔力保有が可能になるから実質1.5倍の魔力保有量になるんだぞ? それなのに最高16回折った三角形の布状の魔力をまさか複数所持しているのかい?」
「はい。そうなりますね」
私があっけらかんと答えると、クラウロード様は面食らった様子で「それは事実上とんでもない量の魔力量だぞ……」と呟く。
「エーデル。君の魔力量は通常の測定だと10だったね?」
「はい。私、魔力総量を増やすための訓練は苦手なのです。ですからひたすら練っていました」
「それが正しいとするなら、君の単位面積辺りの魔力密度は2の16乗だから、たぶん総魔力量は実質10万を有に超えているはずだ……もしほぼ全てを16回折りした魔力で満たしているなら50万を超えるだろう。これは一流の魔法職を超えて、陛下の魔力量を凌駕するほどの量だぞ……」
クラウロード様は末恐ろしいものでも見ているかのような表情をしている。
え? 私ただ適当に魔力練ってただけなんだけど、もしかしてまずいことしてた!?
「そ、そのクラウロード様。このことは誰にも言わないで貰えますか?」
私が慌ててクラウロード様に口止めすると、クラウロード様は呆然とした表情で「あぁ……分かった」と言ってくれた。
「クラウロード様のことも黙っているので二人だけの秘密です! 良いですね! よろしくお願いします!」
私は必死にそう言って再度口止めをする。
推しとの間に改めて秘密の共有が成されたことには最初少し感動していたが、直に、もしばらされたらどうなるんだろう? ということが心配で仕方なくなっていた。
いや、クラウロード様はきっとばらしたりしないって! 大丈夫! きっと大丈夫だ!
そう自分に言い聞かせて、放課後を待った。




