8 魔力を練る/文芸派閥と被服派閥の課題
祝福授与式を終えた次の日の昼過ぎの午後に訪れた学校では、私は見る生徒見る生徒から指差されたり、ひそひそ話をされるようになっていた。一体私がなにをしたというのだろう? そう思いながらFクラスのドアを潜り、自分の席に座ると少なくない女生徒たちが私の元へと群がってきた。
「エーデル・フラワークロイツ様、5派閥に所属されたというお話は本当ですか?」
礼をするわけでもなくいきなり切り出されて、どうしたらいいか困惑しつつも「えぇ……まぁ。ですがまだ正式というわけではありません」とだけ雑に答えると、答えを聞いた女生徒が「やっぱり本当だったんだ!」とだけ言い残してさーっと私の元からいなくなった。5、6歳の子供らしいといえばらしいが、先日貴族生徒のお茶会で交流した貴族生徒と比べれば教育のなっていない仕草に笑ってしまう気持ちになりながらも、一体どこからそんな噂が流れたのか噂の出所を知りたい思いだった。
そうしている内にほとんどの生徒が教室に集まり始めた。
クラウロード様もやはりお元気なようで、私の後ろの席に何食わぬ顔で座っている。
ヴァールブルク先生がやってくる前に私は切り出すことにした。
教室中央の教壇に登壇して一礼すると、騒がしかった教室が少しだけ静まった。
「皆様御機嫌よう。エーデル・フラワークロイツです。私、この度新しい派閥である人形派閥を立ち上げようと考えています。是非他クラスのご友人にも噂を広めて頂いて、人形やぬいぐるみ遊びが好きな方が居れば、1年Fクラスのエーデル・フラワークロイツまでとお伝えくださいませ。お話は以上です。失礼致しました」
言い終える頃にはヴァールブルク先生が教室の入口にやってきていたので、私は急いで自分の席に戻った。それから挨拶の授業に始まり、国語、算数の授業を終えると、今日の学業はそれまでとなった。私はと言えば、さすがに初等学校程度の国語と算数だなんて簡単すぎてほぼ上の空で自身の魔力を練っていた。魔力を練るとは、自身の中にある魔力を布のようにイメージしてそれを折りたたむ作業だ。これをやると、魔法の質が圧倒的に上がるのである。レーベンシュトラウトの著書の中にあったので、私はこれを毎日のように行っている。ここからは私の推測になるが、生徒登録会の魔道具では、この魔力の質を感知できないのだ。だから私の魔力は実際のところ10ではなく、折りたたまれた密度の分だけ非常に高くなっている……私はそう考えていた。
授業は現実の学校と同じく、1年生は慣れるまでは午後からの授業のみということなのだろう。そしてこの後は派閥の活動をすることになる。荷物を整理すると、文芸派閥で新しい物語に出会えることに期待して立ち上がろうとしたときだった。
「エーデル。君さっきから面白いことをやっていたね?」
と後ろのクラウロード様から声をかけられた。
「は、はい?」
「君、魔力でなにかしてたろう? 私の魔力感知ではそれくらいしか分からなかったが一体何をしていたんだい?」
クラウロード様はくるくると人差し指を回転させながら私を指差す。
「あれは……クラウロード様はレーベンシュトラウトの著書を読んだことはありますか?」
私は読んだことがない人に説明しても仕方がないと思いつつ、クラウロード様ならばあるいはと思い聞いた。
「あぁ、あるとも。だが難しすぎて1割も理解できなかったかな。毎日魔力を全消費することで、保有魔力の総量が上がると言う話が参考になったくらいだ。私が読んだのは魔術応用論3書だが、君は?」
「私は魔術基礎論1書を読みました」
「なに!? レーベンシュトラウトの魔術基礎論1書だと!?」
クラウロード様は驚いて机を叩いて続ける。
「レーベンシュトラウトの魔術基礎論1書と言えば、名書中の名書だ。刷られた数も少なく、写本もほぼ存在しないことから、複製写本であっても古本屋で高額で取引される希書だぞ! 我が家の図書室にも魔術基礎論は一書もないというのに、フラワークロイツ家にはあったというのかい? 是非! 是非私にも読ませてくれないか!?」
「はい。数年前までは家にありました。ですが残念ながらお父様によって古本屋に売られてしまいましたので、今はもうありません」
「なん……だと!? なんて古本屋だ! 今すぐにでも回収しなければ!」
クラウロード様に請われ、古本屋の名前と場所を教えると、彼は「それで? 君がさっきしていたのはレーベンシュトラウトの魔術基礎論1書に関連することなんだな!?」と聞いてきた。私はこくりと頷くと、魔力を練ることについて教えた。他にも魔術基礎論1書には先程クラウロード様が言っていた毎日魔力を全消費することで保有魔力量の総量が上がることも当然書かれていたし、その効率的なやり方も書かれていたが、私はあまり実践はしていない。あれは効率的と言っても結構面倒なのだ。だからひたすら魔力を練ることだけをやっていた。
「なるほど……魔力密度を練り上げる事で上げているのか……そして登録会の魔道具ではその魔力の質を感知できないと……。君が相当高位な魔力感知を持っているのも、この魔力操作によるものだったりするのかもしれないな。練った魔力を感知できなければ、更に魔力を練ることはできないからね……」
私が魔力を練ることを教えたことで、クラウロード様は唇に指を当てて考え込んでいたが、直に「早速、古本屋に行ってみることにしよう。エーデル、君にはまだまだ聞くことが多そうだ……!」と私にウィンクをして急ぎ足で去っていった。
私は推しが今日も元気で尊いのは良いことだと思いつつ合掌。
周りの生徒からは奇異の目で見られながらも、文芸派閥へと向かった。
文芸派閥のドアをくぐると、前と同じように文芸派閥長のヴァージニア先輩が私を出迎えてくれる。
「ごきげんようエーデル様! 文芸派閥にようこそ!」
「ごきげんようヴァージニア先輩。早速ですが、文芸派閥の過去の刊行物を読ませて頂いても構いませんでしょうか?」
「それは……いいえ、駄目なのですエーデル様。実はクラウロード様からエーデル様が正式に文芸派閥に加入しない限りは自由に読ませてはならないと仰せつかっていまして……ですからエーデル様、文芸派閥に正式に入閥するための課題を与えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
ヴァージニア先輩がそう心配そうな面持ちで聞いてくる。
クラウロード様ったら余計なことをしてくれるなぁ。まぁでもそう言えば正式な派閥加入の為には課題があるって話を前にヴァールブルク先生が言っていたっけ。一体どんな課題なんだろうか?
「本来ならば短編の物語を一つ書いていただくのですが、エーデル様は自分で物語は書かないと以前おっしゃいました。ですからクラウロード様のお言いつけに従い、エーデル様には我々の書いた物語に対する批評を一つ書いて頂きます。構いませんか?」
「いいでしょう。どんな物語なのか楽しみです」
初等学校の生徒が書いた物語だ、たぶんうちのメイドのキサラの書く物語に比べれば些末なものかもしれないが、それでも推し作家になる芽を今のうちに見つけられるかもしれないので、私の胸は高鳴った。
「では……こちらを、私が去年書いた物語――老暗殺者と奴隷少女です。私がエーデル様とお話した感じから、エーデル様ならば読めると踏んでいますが、もし分からない字や意味の分からない単語があればいつでもおっしゃってください」
そうして革紐で一つにされた自作同人誌のような本を渡された。
割と分厚い。パラリとめくってみたが鉛筆で紙に書かれたそれは、下部にページ番号が振られていて、なんと300頁以上もあった。タイトルの老暗殺者と奴隷少女からは、漠然と前世で見た映画を思い出す。一人の少女を凄腕の暗殺者に育て上げ、少女が復讐に挑む物語だ。これもそうとは限らないが、似たようなお話なのではないだろうか?
「どうでしょう? 下限3000文字から上限3万文字程度の批評が頂ければと思いますが……どのくらいで読み終えて批評を書けるかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ヴァージニア先輩に目安時間を問われ、私はこんな長編は頑張って読んでも今日1日の活動時間では読み終わらないことを察した。そもそも私は読書スピードはかなり遅い方だ。頭の中で内なる声に変換しながら読むからなのだが、こうしないと物語への没入感が損なわれてしまう。せっかくのこの世界ではあまりお目にかかれない物語を、浪費するのは憚られたので、私はいつものように内なる声に変換して読もうと思う。
「これは……今日1日ではとても家に持ち帰って読ませて頂いても構いませんか? 私、読むのは好きですが読書スピードはかなり遅い方なのです」
「それは……残念ながら許可できません。正式に入閥していないものには貸し出さないようにとクラウロード様から言いつけられておりますので」
クラウロード様ったらそんなことまで制限しているのか。そもそも彼はもう文芸派閥に入閥しているのだろうか?
「そうでしたか。疑問なのですかクラウロード様はもう文芸派閥に正式に入閥されているのですか?」
「それは、はい。初日に私たちの出す課題を既に存じ上げていたとのことで、私に自作の物語を一つ提出されました。先日私がそれを読み終え、クラウロード様を今朝初等学校でお見かけした際に合格をお伝え致しました。エーデル様への制限もその際にお言いつけになられたのです」
えっ!? クラウロード様午後からじゃなくて、今朝から学校に居たの!?
だって私たち授業は午後からだって言われてたよね!?
それを無視して登校してたってこと?
「そうでしたか……では今日、明日と2日かけて読ませて頂いても構いませんか? 1万文字程度の批評でしたら、そうですね、更に1日ほど頂きたいのですが……」
しかしヴァールブルク先生から、派閥へは1週間以内に1つ以上入閥しろと言われている。
私はまだ文芸派閥のどの派閥からも課題を与えられていない。あと今日を合わせて5日以内に全ての課題をクリアしなければならない。
「えぇ、それくらいならば入閥期限までに間に合いますね。では批評お待ちしております。今日はこれからお読みになられますか?」
「いえ、それは大変魅力的なお話なのですが、私、各派閥の承認をまだ得られていないのです。ですから今日は各派閥の派閥長から課題を貰って回ろうと思い直しました。課題を貰ったら戻って参りますので、その時に読ませて頂いても?」
私が提案すると、ヴァージニア先輩は「分かりました。ではお待ちしていますね」と笑顔になってくれた。
そうして私は短い間の文芸派閥室への滞在を終えると、すぐに同じ棟にある被服派閥へと向かった。私の予測が正しければ、同じ創作系派閥である被服派閥もかなり重い課題を課してくるはずだ。まずはそれを確かめるのが先決だった。
「皆様御機嫌よう。ノエル・サーチリザルト先輩はいらっしゃいますか?」
「あ、エーデル! よく来たね!」
挨拶をすると、すぐに私を見つけたノエル先輩がこちらに駆け寄ってきてくれた。
「ノエル先輩。単刀直入にお伺いします。私に与える課題を教えてくださいませ」
私は明らかに焦った様子に見えるだろう。もしかしたら貴族派閥と創作系の2派閥の正式承認を得るだけで精一杯かもしれない。
「課題ね! ははーんその顔、もしかして入閥課題がクリアできなさそうで焦ってる? まぁ創作系の派閥の課題は結構実践的な物が多いもんね! ウチもそうだよ。ほら、いま新1年生がみんなやってるでしょ? 課題はあれだよ」
ノエル先輩は貴族としてはかなりフランクな口調で私に課題を指し示した。先輩の指し示す先には3台の足踏みミシンが置かれていて、新1年生らしき生徒が先輩たちからやり方を教わっているようだった。
「ミシンですか?」
「おぉ! もしかしてエーデルはミシン知ってる?」
「はい。書物で読んだことがあるくらいですが……」
これは明確に嘘だ。前世では電動ミシンでガタガタ言わせていた。
学校で習ったことがある他にも、ぬい活で使う小物などを自分で作ることもあったのだ。
皮をなめす工程からではないが、仕上がった皮革を購入して、それをミシンで縫って小さなぬい用のバッグを作るくらいのことはやっていたので、ミシンに関しては自信がある。
「そっかー。ウチの入閥課題はミシンの基礎的な扱いを覚えること、だよ!」
ノエル先輩がそう言って左手でミシンを指し示しながらポニーテルを揺らす。
これならばちょっとやり方を教えて貰えれば簡単に出来る気がした。
私はこの課題を今日中に終わらせることを決めると、順番を待ち、先輩に足踏みミシンの基礎を教わった。前世での経験値は確かに役立ち、私はすぐに足踏みミシンを扱えるようになった。
「すごい……エーデル様。お上手です! 合格とさせていただきますね」
教えてくれた他の先輩にそう言わしめ、私は無事に合格を勝ち取った。
ミシン台から離れ、ノエル先輩に合格を貰ったことを伝える。
「ノエル先輩。これで私、被服派閥に正式に加入させて頂いたということでよろしいでしょうか?」
「うん! まさかこんな短時間でミシンを扱えるようになるだなんて、結構凄いよエーデル! ようこそ被服派閥へ! 正式に加入を認めます! これからよろしくね!」
ノエル先輩が握手を求めてきたので私がそれに応じると、結構な力でぐっと握り返されたのだった。ノエル先輩結構握力が強いんだな? そう思う私だった。




