5 錬金派閥と新派閥の申請書
クラウロード様の要求で錬金派閥まで黙って付いてきた私。
南側の棟に来るのはこれで今日2回目だ。
生活魔法派閥に所属する際に訪れていたからだ。
しかし、クラウロード様は悪いようにはしないと言っていたがどういうつもりなんだろう?
錬金派閥の部屋に入ると、早速クラウロード様は歓迎されていたようだった。
もしかして、錬金派閥に根回しでもしていたのだろうか?
「これはこれはクラウロード様。ようこそ錬金派閥に。そちらの女子が例の?」
「あぁ、エーデル・フラワークロイツだ」
「おぉ! かの高ランクの魔力感知を持つという騎士爵家の才女ですな!」
どうやら魔力感知のことを話してしまっているらしい。
クラウロード様。今回は許しますけど、できれば魔力感知に関してはオフレコでお願いしたいです。公爵家令息であるクラウロード様にそう言えるわけもなく、私は奇異の目を向けられるままになっていた。
「エーデル、黙って錬金派閥に入閥しなさい」
「……何故ですか?」
「君にも悪いようにはしない。君は人形派閥を作りたいんじゃないのかい?」
どこで聞いたのだろう。まさか貴族派閥でのジョルノ様との会話を聞いていたわけではあるまい。私が人形派閥を作る可能性を普段ぬい活に明け暮れていたことから推測したのだろうか?
「それは確かにそうですが、しかし私が人形派閥を作りたいことと錬金派閥に何の関係が?」
「おや……? 君の人形……魔道具にするつもりではなかったのかい?」
クラウロード様が意外そうな顔で私に視線を送る。
「はい? 魔道具ですか?」
私は理由もわからず素っ頓狂とした表情をしていると思う。
「そうだとも、君、登録会で傀儡師の天賦の才だと判明していただろう?」
「はい」
私が返事をすると、クラウロード様はこれまた意外といった様子で私の顔を覗き込む。
「私はてっきり傀儡を魔道具にする気だと思っていたのだが、そうではないのかい?」
「傀儡を……人形を――私のウサミントを魔道具にですか?」
私は目を細めると小首を傾げる。
ウサミントとはミント色と黒と白で構成されるたった一つ買ってもらった私お気に入りの兎のぬいぐるみだ。ぬいぐるみとしてはこの世界の物の中でも相当上等な部類であり、我が家の経済状況では買ってもらうのには苦労したが、私が生を受けてから3歳の誕生日にただ一つ欲したぬいを父はどうしても買い与えたかったらしく、私の手元にはウサミントがいまも売られることなく存在している。
だが、私はウサミントを魔道具に改造しようとは思っていなかった。
漠然とオタ活に使うぬいはぬい、傀儡は傀儡だと思っていた。
「その様子では、君はそんなことは微塵も考えていなかったらしいな。傀儡を魔道具化する為には高位の魔石が必要だから、私はてっきり君がそれを欲していると考えていたのだが……ふむ……」
クラウロード様は顎に手を添えると考え込むようにしている。
確かに、ウサミントを魔道具にするつもりだったならば魔石は必要だ。
だがあくまでも今のところは考えていない。
理由は様々あるが、まずは普通のぬい活をしたいというのが私のオタクとしての感覚だった。
「私はウサミントを魔道具にするつもりはいまのところありませんが、しかし錬金派閥には少しは興味はあります。派閥長は貴方ですか?」
私は先程、クラウロード様と私の魔力感知について話していた男性に尋ねる。
「はい。錬金派閥長を務めております、ゴーゼルと申します」
「錬金派閥に属すれば、錬金素材を無料で使わせて貰えるという理解ですが正しいですか?」
「それは……まぁ物にもよりますが、成果次第で如何様にも……」
「それではぬいぐるみ専用の特製洗剤などの汚れ落としも作れますか?」
「それは……どのような材質のぬいぐるみかにもよりますが、基本的には可能かと存じます」
「では、入ります」
私が即断すると、クラウロード様が目を見開く。
「いいのかい? エーデル」
「はい。構いません。ちょうどウサミントを洗ってあげる必要性を感じていたので。それに各種錬金素材集めには、高ランクの魔力感知があると便利ですよね? クラウロード様が私を必要としたのはそれが理由でしょう? クラウロード様が一体錬金術で何を作りたいと考えているかは存じませんが、私はぬいぐるみ専用の洗剤などの為にご協力をお約束します」
私がクラウロード様の思惑を先回りして指摘すると、彼は少しだけ驚くような表情を見せた。
「そうか……はは! ゴーゼル! 我々二人共入閥だ!」
「ははっ!」
そうして今日のところは各派閥には入閥する旨を伝えたのみにし、錬金派閥でクラウロード様と別れると、私は新しい派閥の設立方法について調べることにした。
まずは初等学校の教員室か事務室へと向かう。ヴァールブルク先生の向かった方角からしても、たぶん中央に教員室などはあるはずだ。中央に戻って暫く探索すると予想は的中した。お目当ての教員室と事務室の看板を見つけた私は、早速事務室に入った。
「失礼します。初等学校1年Fクラス。エーデル・フラワークロイツです。新しい派閥の設立方法を教えて頂きたいのですが……」
私が事務室に入ってすぐそう宣言すると、老眼鏡をかけた40代後半くらいに見える女性が手を挙げて「こちらへどうぞ」と言ったので、私は女性の元へと行った。
「1年生が新派閥を立ち上げるだなんて珍しいこともあるものね。まずは条件を教えましょう。簡単ですよ。三年生以上の派閥員を1名以上含む、合計3名の初等学校生徒を揃えることで新派閥の立ち上げは認められます」
女性がそう言い、申請書を渡してくれる。
書類に3人がサインを書いて提出すれば晴れて新派閥の誕生というわけだ。それはいい。だが三年生以上の派閥員に心当たりが無かった。
私が今日知りあった先輩も派閥長ばかりだ。まさか派閥長の兼任は認められないだろうし、受けてくれるとも思えない。既存の知り合いでは駄目だ。
私は申請書を受け取りながらも、人形派閥を作るための明確な障害を認識していた。
どうしよう? まずは手近なところから一人派閥員を探して、そのあとに上級生の派閥員を探せばいいだろうか? うん、そうしよう。もしかしたらその子に兄や姉がいるかもしれないしね。
考えつつも事務員の女性にお礼を述べて一礼すると、私はまだ教室に残っている生徒がいないかを探る為にFクラスに戻ることにした。
Fクラスに戻ったはいいが、もう誰もいないようで辺りは静寂に支配されていた。
「はぁ……誰もいない、か」
私がそう呟いた直後、背後からまたしても推しの声がした。
「エーデル。度々、君とはよく会うね」
「クラウロード様……なにかクラスに御用事でも?」
私が振り返りつつ伏せがちな視線を送ると、クラウロード様は「いやなに、特に用事というわけではないが、まだ残っているようなクラスメイトが居ればその人と親交を深めようと思っただけさ。図らずしてエーデル、それは君だったわけだが」と苦笑する。
私は失礼を承知で聞くことにした。
「クラウロード様は奇人変人がお好きなのですか?」
「くくく、君それ、自分が変人だと認めていることになるぞ?」
笑い声を噛み殺しきれないといった様子でクラウロード様が私に確認したので、「それは、多少の自覚はあります。私はオタクですから」と咄嗟に声が出てしまった。
「オタク? オタクとはどういう意味だい?」
「えーっと遥か東方の国の言葉で、重度なマニアのことをオタクと言います。マニア同士が二人称として使っていたことから定着したと言われております」
「へぇ……東方の……僕も少なからぬ東方の書物は読んだことはあるけれど、知らない話だな」
まずい。転生者だと疑われては大変だ。
「マ、マニアもマニア向けの本でしたので! たまたま父と行った古本屋で見かけたのです!」
私は必死に取り繕う。
「ふうん、まぁそれはいいエーデル。ところで君、人形派閥の派閥員に心当たりはあるのかい?」
「いえ……それは……」
私は伏せがちな視線を更に下げる。
正直に言って、ない。ただ学校で声を掛けようと思っていただけだ。
きっとお人形遊びが好きな同好の士はいるはずだと考えていた。それももしかしたら甘い考えかもしれない。ジョルノ様も平民の女子に人形遊びが好きな子はいるだろうと言っていたが、新しく作る人形派閥に入ってくれるほどの子はさほど多くはないだろう。
「それならば君。明日、帝城で行われる祝福授与式……もといお茶会には行くのだろう? そこで貴族子女の初等学校生徒に新派閥を立ち上げることを喧伝すればいいのではないか?」
「それは……」
確かに、母であるヴァイスリリーから明日、祝福授与式兼お茶会があることは聞いてはいた。
初等学校に入学したての生徒は必ずそれに参加するのが通例だとも。
その為だけに、普段使っている黒一色以外のお洋服まで用意している。
だが、一介の騎士爵家の娘が、初めて行く社交の場で悪目立ちするのは避けたかった。
「ですが、私、あまり悪目立ちはしたくないのですが……」
私がそう答えると、クラウロード様が笑いをこらえきれずに吹き出した。
「それはねエーデル。もう手遅れというものだよ。君が日がな一日人形遊びに耽っているというのはもう有名な話さ。それに、私と一緒に既に5つの派閥に属しているというのも少なからず知られていると思うよ? 階級派閥、魔法派閥の各1つに属する生徒が大多数で、そこに創作系派閥を入れる者の方が稀だからね。ましてや創作系派閥の文芸派閥と被服派閥を兼任しつつ、更に錬金派閥にまで入っているとなれば、君、明日にはきっと有名人だぞ?」
なんてことだ! やっぱり派閥にはたくさん入っちゃだめだったりするのだろうか。
だから文芸派閥長のヴァージニア先輩はあの時、私に3つの派閥に属してるからこれくらいでしょうかって言ったのか!! 実際にはあのとき生活魔法派閥を入れたら4つの派閥に属していたわけだが、私が貴族派閥以外に既に属していることを彼女はまだ知らなかったのだろう。
となれば、人形派閥の派閥長として活動するなんてことになれば、まだ課題修了前で正式ではないが全部で6つの派閥に入っていることになる。更に悪目立ちするのは避けられないのではないだろうか?
私はどうすればいいのか分からずに頭を抱えた。




