3 貴族派閥
後日。生徒登録会を経て、無事に初等学校に入学を果たした私。
全体が6組に分けられて私はFクラスに配属された。
恐らくは魔力値が10しかなかったのが響いたのだろう。
午後になってから授業の始まりだというのでその時間に教室へ行くと、なんとノーザンライト公爵家令息のクラウロード様がいて、私は推しとの再会に感激するも声をかけられずにいた。
どうやら基本的には魔力値だけでクラス分類がされているらしかった。当然の結果ではあるが、しかし魔力値だけが全てだなんて考えはこれっぽっちも私にはなかった。魔力値だけ高くても無駄だと私は知っているのである。応用こそが全てだ。無論、昔家にあった本に書かれていたことで、著者の大魔法使いレーベンシュトラウトの受け売りではある。それでも私は家にたった3冊しかなかった魔術書の一つであり、その中でも最も読破難易度の高かったそれに書かれていたことにきっと間違いはないと考えていた。
お兄様はまだ小さくてあれが読めなかったんだよね。
私が3歳になる頃には家中の本を転生者持ち前の日本語力で読み切っていたのに対して、お兄様はまだ初級の魔術書を読み終わっていたくらいだった。そしてレーベンシュトラウトの著書は金欠の我が騎士爵家にとっては無用の長物であり、目を付けたお父様によって古本屋に売られてしまったのである。魔法好きのお兄様には申し訳ないが、レーベンシュトラウトの著書を読み終えた私の魔法知識はルージュお兄様よりも上だ。
そんなことを考えていると、ハシビロコウのような嘴型マスクを付けた男性が教室へとやってきた。
「起立」
男性は一言発し、私はそれに従う。他の生徒は黙ってそれに従うものは少なかったが、何人かが立ち上がったのを見て、慌てて立ち上がる。
「礼」
マスクでくぐもったその一言に応じ、女子は一礼。たぶん男子はクラウロード様だけが胸の前に右腕を掲げているだろう。クラウロード様は私のすぐ後ろの席に座っているようだが、振り返ることはできなかった。
「着席」
言われ私たちはぽつぽつと椅子に座る。
全員が着席したことを確認すると男性が話を始めた。
「……今日から君たちの担当教諭となるヴァールブルクだ。私の専門は主に美術なので諸君とは2週に一度しか授業で会うことはない。まずは入学おめでとう。そして最初に決めることとして、諸君らは自分たちが所属することになる派閥を決めてもらう。無論、どこか一つでも構わないし、派閥の出す課題を克服できるならば複数の派閥に所属することも可能だ。派閥の一覧はここにほぼ書かれているので参考にするように……」
そう言って複数枚の紙が一番前の生徒に配られた。
困惑する生徒だったが、たぶん後ろの生徒に1枚取って渡すと良いということを理解したようで、すぐに私の元へも紙が回ってきた。私はできるだけ笑顔でいるようにと思いながら後ろに振り返ると、クラウロード様に派閥リストの紙を渡す。彼は黙って受け取ると、1枚取って更に後ろに回した。
「どうやら後ろまで回ったようだな、派閥の選択期限はこれより一週間である。各自それまでに派閥を決めて、派閥の長の承認を得ること。……では最初の授業として、これより挨拶の作法を教える」
挨拶の授業が始まり、さすがにそんな事は知っていたので、派閥の一覧を眺めていた。
貴族派閥。商人派閥。農民派閥の3つからなる階級派閥に加え、魔法系の大属性――土風水火闇光の6派閥。鉱石派閥や植物派閥、錬金派閥に生活魔法派閥。武闘派系の直剣派閥や槍術派閥、細剣派閥などなどが派閥の属する拠点教室や派閥長の名前入りで載っている。
うーんどうしよっかな。やっぱり貴族派閥はさすがに避けられないよね。
あとはどうしよう? 生きていく上で必要といえば生活魔法派閥かな? でも大抵の生活魔法は私使えるんだよなぁ。とりあえず生活魔法以外の魔法系派閥には興味がなかったので、鉱石派閥や植物派閥、錬金派閥などを見学させてもらって決めようかな。武闘派系派閥はなし!
それからサブカル系の派閥もここには書かれてないけどあるはずだよね! 文芸派閥の皆とは仲良くなっておかなければならないだろう。新たな推しとの出会いもあるかもしれないしね! あとはそう、人形派閥とか人形師派閥とかそんなのがあれば良いんだけど……。流石にないかな?
「ではこれにて本日の授業は終了とする。このあとは所属する派閥を見つけるように。では……起立、礼」
挨拶の作法を教えてもらい初日の授業はこれだけのようだ。
ヴァールブルク先生の指示のもと、皆が立ち上がって教えてもらった礼の作法を実行に移す。
中には胸の前に右腕を掲げるだけでなく、そのままとんとんと自分の心臓の辺りを叩くようなアドリブをしている男子も横目に見えたが、それ、決闘の時にする挨拶だよ、と教えてやりたい気持ちに駆られながらもワンピースの裾を掴んで一礼した。
ヴァールブルク先生が去っていき、私は急いで彼の後を追った。
「先生! ヴァールブルク先生!」
「うん? なにかね、君は確か……あぁフラワークロイツのエーデルくんだったかな?」
ヴァールブルク先生は足を止める。
さすがに騎士爵家とはいえ、貴族の生徒は覚えていたらしい。
「先生、文芸とか美術とかの創作系派閥がどこにあるかご存知でしょうか? 紙には書かれていなかったので……」
「ほう……創作系派閥に興味があるのかい?」
「はい!」
ハシビロコウの嘴マスク越しで、その目の輝きを見ることは叶わなかったが、しかし確かに興味の色が見えた気がした。それにしても、やっぱり書かれていないだけであるんだ!
私は歓喜に打ち震えながらも、先生の次の言葉を待った。
「では、最も東側の棟に向かいたまえ」
「一番東側ですね! 分かりました、ありがとうございました!」
私がワンピースの裾を掴んで一礼すると、「うむ……」とだけ言ってヴァールブルク先生は去っていった。
私はまず紙に書かれていた貴族派閥の元へ向かおうと考え、教室にまだ残っているかもしれないクラウロード様を誘おうと思い立つ。教室へ戻ると、彼の姿を探した。しかし見当たらない。あのちょっとの隙に別の派閥の長の元へと行ってしまったのだろうか?
「もう! 私の推しは神出鬼没!」
生徒登録会の日、クラウロード様は自身を真の賢者であることを仄めかしていた。
それが事実ならば、きっと魔法には精通しているに違いない。ならば私同様に魔法系派閥には余り興味がないのかもしれない。あれだけの魔力量をコントロールできているならば、その可能性は高い。ならば派閥を探している内に出会えるかもしれない。漠然とそう思った。
「よし! まずは貴族派閥長に会いに行こう!」
私はそうして北側にあるという貴族派閥のある棟へと足を向けた。
そうして向かった先で貴族派閥長には割と簡単に会うことができた。
私が騎士爵家の娘だと知っているからだろう。
赤髪の賢そうな男子の先輩である貴族派閥長は椅子に座ったままに、私に話しかける。
「フラワークロイツ家のエーデル、よく我らが貴族派閥に来てくれた。君を貴族派閥は歓迎しよう! 私の名前はジョルノ・サザンライト。サザンライト公爵家といえば分かるかな?」
堂々と両腕を開きながら、サザンライト公爵家令息であるジョルノ様は目を細めてこちらを品定めするように問う。
「はい。存じ上げております。商人ギルドを統括するサザンライト公爵家のことは常々父から聞かされておりました」
私がこくりと頷き、目を伏せがちにジョルノ様にそう答えると、「そうか! そうだったな! 私も君の父であるシュヴァルツ叔父様はよく存じ上げているよ。父がフラワークロイツ家に資金を融通することも少なくなかったと聞いている」と満足げだ。
「その節はありがとうございました」
「なに、子女である君が礼を述べることではないさ。お互いに金銭の貸し借りがあるのは親の間の話だろう? 私と君とはある種平等だと言える!」
「ご配慮感謝致します」
「うん。しかし噂通りに最低限の社交が問題無くできるくらいに聡明なのだな君は。初等学校の1年生は貴族とはいえ、普通は我らの思う通りには行かないものなんだがね……。ところでなんだがエーデル。ノーザンライト家のクラウロード様とは同じクラスなんだろう?」
と私を褒めたかと思うと、クラウロード様のことを聞いてきた。
「はい。同じクラスですが、それがなにか?」
私が聞き返すと、ジョルノ様は頬杖を突いて答える。
「なに、彼はまだ私のところへ顔をだしていなくてね。実は母を通してノーザンライト公爵夫人からクラウロード様に良くするようにと頼まれていてね。まさか貴族派閥に属さないというわけではないだろうが、ほらあれだろう? ここだけの話、彼は魔力値0の愚者だと聞く。まさかまさかの事態があってはならないと思ってね? 君、なにか聞いていないかい?」
「いえ……私は何も……」
「そうか、まぁいいさ。君には今後もクラウロード様のことについて何かと聞くことがあると思うが、よろしく頼むよ」
「畏まりました」
「うん。では行き給え。他にも派閥に属するつもりなんだろう? 聞けば君は年がら年中お人形遊びに耽っているらしいじゃないか。人形派閥や人形師派閥は我が初等学校にはないが、しかしそれならそれで、自分で人形派閥を設立するなんてことを考えてみても良いかもしれないね。平民の子、とりわけ女子からは大層受けが良いのではないかな?」
最後にジョルノ様が私に人形派閥を作ってみろと囃し立てる。
うーん。まぁないなら作るっていうのもありか。この様子だとジョルノ様は支援こそしないものの、私が新派閥を立てること自体には文句なさそうだしね。
「はい。ご助言感謝致します。それではこれで失礼致します」
私は一礼すると、ジョルノ様の元を去り、次は西棟にあるという生活魔法派閥に向かうことにした。




