5.復讐子息は焦らせる。
「アボイボイ!!」
「ちょっとアボイド!暴れないでっ!」
タリティ男爵領に向かう途中にある川の畔。
そこで休憩を挟んでいた僕達。馬も疲れるだろうから、仕方ないと言えば仕方ない。
そんな中、アボイドが水を飲みたいそうで水辺に来た。…それは良いんだけど、アボイドが水に入って遊び始めるものだから、僕は思わず注意してしまう。
兄さんが、「注意したり厳しくしたりするのも一種の優しさだからな!」って言ってたし。
それに、アボイドが暴れたらエンシャンツ家の衛兵―グリムさんやキャンディさん、あとティーアにアボイドのことがバレてしまう可能性だって考えられる。
だから、なるべくなら…って思ったけど、僕はティーアの秘密知ってるんだよなぁと考え始める。
……僕は知ってるのにティーアには言わないなんて…不公平じゃないか…?
そう思いつつも、中々口に出せずティーアと合流する。
「…服、びちゃびちゃね…」
あ、しまった…アボイドを止めようとして僕に跳ね返った水のこと、すっかり忘れてた!「着替えたほうが良いんじゃない?」と言ってくれるティーアだったが、僕は「大丈夫」と言い放つ。こういう時は何魔法が適切なんだろう…と思いながら。
まあ、ともかく僕の適性器では無い、絶対に。
「ティーア、どうする?」
そして、あと2時間程で着くみたいだ。
…けど、そんなに待っていたら日が暮れてしまう。キャンディさんとティーアが乗っている馬に追いついた僕がティーアに向かってそう言い放てば、ティーアは少し考え始める。…随分焦っているみたいだ。僕がそうさせたのかもしれない。その後、なんとか声を出そうと口を開こうとした。
…けれど、その前に二頭が急に止まってしまう。
「っっ!?」「あぶっっ、」
なんとか操縦していた2人が馬を止め、僕達は道の真ん中で留まった。
僕達は何が起こったのか分からなかったが、ティーアだけは「私、馬鹿すぎない…!?」と言いながら、馬を飛び降りたのだ。ティーアが馬鹿なら僕は何?
「今は時間がありません、私達をタリティ男爵領にお願いします」
後ろを振り向けば、そこにいたのは知らない顔つきの少年。
…僕と同じくらいのまだ子供だった。それなのに、ティーアは彼のことを信頼している。それが今は、少し悔しい。僕に何ができるかと問えば返ってくるとは思えないけれど、それでも。
「うん、おれも気になっててね〜!…彼の魔力が、弱くなってるから」
そう言いながら僕らに向かって手を伸ばした少年。
子供みたいに軽い口調なのに、子供とは思えないくらい重い気持ちが籠もったような声色。そして、射抜くように鋭い瞳。…人間とは思えない心臓の鼓動。
キャンディさんはあの時の…!と呟くが、僕達…グリムさんと僕は不思議に思って首を傾げてしまう。
「連れて行くのは君だけ?それともそこにいる君達もかい?」
「全員です」
少年の言葉に即座に対応するティーア。
そしてキャンディさんがグリムさんに何かを言うと、瞳が赤く光り始める。その後グリムさんは何も喋ることなく、馬を連れて来た道を戻っていってしまう。
アボイドは僕の後ろにピッタリとくっついて離れず、……心なしか震えているような気がした。
ティーア今「この国で禁止されてる」とかなんとか言ってたし、キャンディさん「父のこと」がどうとかって言ってたけど、大丈夫なのか…?
なんの話をしているのか分からず、背中に手を回してアボイドの頭を撫でることしか出来ない。
それからティーアは少年の方を振り向く。
そんなに期待しないで…と笑いながら呟いた少年だったが、すぐに真剣な表情に変わり……
「舞うは陽光、瞬間移動!!!」
さっきのティーアと同じようにそう言い切る。
だけど、陽光と宵闇?でちょっと違う。そんな事を考えたその瞬間、辺りに光が巻き起こった。…同じだ、ティーアのときと全く同じ。だけど、ティーアよりも光が強い、…気がする。
目を開ければ、そこには見知らぬ村が広がっていた。
「…ここかしら、」
「ええおそらく。グリムが言っていた特徴と同じです」
キャンディさんの発言によれば、ここは紛れもなくタリティ男爵領らしい。
ティーアと共にキョロキョロと辺りを見回してみるが、人の姿は見当たらない。……だけど、向こうの洞窟から兄さんの気配がした。
…なんとなくで、確証は無いんだけど…それでも、兄さんの気配が。
「…アボイ…?」
「……、大丈夫」
助けるよ、兄さん。兄さんに助けてもらった分、今度は僕が兄さんを助ける番だから。
「リスク、キャンディさん、2人はあの山の方の洞窟に向かってください! 私は一度スピリット様と共にレオンハルトさんの所へ向かいます。」
そう言ってくるティーア。
…スピリット様、が誰なのかは分からないけれど…この少年がただ者ではないことは確かなのだろう、…伝説の救世主であるクリスティーナ様と同じことをしたのだから、普通の人間ではなさそうだ。
「分かった、けどティーアも気をつけてよ?」
「ええ、皆さんこそお気をつけて。レオンハルトさんと合流したらすぐに向かいます、くれぐれも無理だけはせず!何かあったらスピリット様にお伝え下さい」
えっ…と呟く声が聞こえた気がしたが、ティーアは結構本気の表情をして無視をしている。
だから僕らも聞こえていないフリをしておいた。
今は一刻を争う危機なのだから。
そんな感じで、僕らはティーアと別れ、洞窟へと向かった。
一応不安だったので、アボイドをティーアとスピリット様?の方に向かわせたけど。スピリット様に伝えてくださいってことは…僕とアボイドが会話してスピリット様に伝えるってことだろうし。
洞窟に着いたら、…奴隷商人達が……氷漬けになっていた?
「えっ…?」「セラフィーナ様…!」
僕は思わず声を漏らしてしまうが、それ以上にキャンディさんのその言葉に反応してしまう。……今、セラフィーナ様って言いました?これ、セラフィーナ様がやったんですか???
「行きましょう!この中にいる筈です!」
「いやいやいやいや、罠かもしれなくないですか!?」
自信ありげに洞窟を指差すキャンディさんに対し、僕は思わず口を開いてしまう。
「いえ、セラフィーナ様は屋敷でもやっておりますから。それに、セラフィーナ様の魔力が混じっています!」
キャンディさん最初の言葉は分かる、「やってるんだすごい!」で終われる!!だけど!魔力が混じってるって何!?分かるの?キャンディさん貴女分かるの?貴女、何者なんですか…!?
「じゃあ…行きますか…?」
「はいっ!行きましょう!」
でも、聞いたらそれこそ失礼だよな…。
暫く洞窟の中を走るが、こんなに長かっただろうか。
見た目的にそこまで長くなかったと思ったけれど、中々奥まで辿り着かない。だけど、兄さんの気配はどんどん大きくなってくる。ただ、その近くに動く人の気配がした。
一応気を引き締めておかないと、…ここは“戦場”だ。生半可な気持ちでは、生き残れない。
そう思いながら、走ると共に手には魔力を溜めておく。…そして、その気配が一番高まったその瞬間。
「っっとうけ…!」「〈貫け、古よりつた…〉…っっ」
その魔力を一気に解放しようとした。だけど、なんとか踏み止まる。本気でギリギリだった。
僕は突っ込む体制だったのをなんとか空中で翻し、地面に転がり込んで受け身の姿勢を取る。あぁ、良かった、体術を習っておいて本当に…。
彼女達は無事だし、僕が傷つけたらどうしようかと思ったよ…。
「お、脅かさないでよリスクぅ…!」
ヘナっと膝から崩れ落ちたセラフィーナ様がそう言ってくるので、僕も「君こそ!」と言いながら起き上がった。
すると、この壁辺りから変な違和感を感じた。
だけどその違和感の正体は分からずじまい。兄さんの気配がこの近くにあるのは確かだ。
「え、ちょ、キャンディさん?!」
キャンディさんに抱き抱えられてしまい、思うように動けないでいるセラフィーナ様。その後流れるようにキャンディさんから軽いお説教を食らっているのだけれど、当の本人は上の空なので思わず苦笑いをして2人を見…
「キャぁぁああっっっ」
「!?!!」
…笑っている暇は無いみたいだ。
声がした方を振り向けば、セラフィーナ様と一緒に行った少女が大男に捕まっている。ティーアは間違えた…と言っていたので、少女を連れて行くつもりはなかったのだろう。どちらにせよ、今はこの少女が危険な状態であることにかわりはなさそう。
首を持ち上げているので、結構危険な状態かもしれない。
ってか、考えてる余裕はないから!!!!
「っっ〜…ネフェル嬢から手を離せ!」
名前間違ってたら申し訳ないけど、確かレオンハルト様が「モーセ、ネフェル嬢」って言ってたような気がするから多分合ってると信じたい。
大男の腹に蹴りを入れてみればその男のバランスは崩れネフェル嬢が解放される。だけど、ネフェル嬢が乱暴に宙に投げ出されてしまう。
もっと安全を確保してからやればよかったと後悔するけれど、落下寸前でキャンディさんがキャッチをしてくれた。
「っっ一回離れよ!」
「待ってくれ、…兄さんの…人の気配がこの辺りからするんだ、ここで逃げたら多分また迷うことになる」
既にどこから来たか分からなくなってるし、ここで逃げたら兄さんが…! 僕の言葉に焦ったようにキョロキョロし始めるセラフィーナ様。ごめん、だけど僕は、兄さんを救う為にここに来たんだ。
「っぅ…」
しかも、もう一人向こう側から来た。
挟み撃ちにされていない所が救いだけど、だいぶ危機的状況なのは変わらない。
『…、!………!!』
それから、頭の中にも何か妙な声が聞こえてくる。
今はこちらに集中したいのに、もう何をしたら良いのか分からなくなってきて。モーセは無事?レオンハルト様がどーのこーの言ってたけど無事なの???ちゃんとレオンハルト様とティーアは合流できた?王子やルイス様達は知らせてくれた?というか、さっきここまで連れてきてくれた…スピリット様って人は、一体だ…
『大変なんだ!レオンハルトが!!』
「え、だ、うぇあぁ!?!!」
突然頭に響いてくる焦ったような声。僕の「えっ…?」という呟きはセラフィーナ様の声によって掻き消されるが、それはつまりセラフィーナ様にも聞こえているということ。
「あの時の声…?」
僕は思わずそう口を開いた。
一人不思議そうな顔をしている少女を尻目に、誰だと思ったのかを聞かれるので、そのまま正直に「ここまで連れてきてくれた人」、と答える。……名前は…そう、スピリット様。
そして、その後すぐに青ざめていくセラフィーナ様。
「って…どういうこと!?お兄様が…!」
「へっテメェらもあン中閉じ込めてやンよ!!!」
先程合流してきた男がセラフィーナ様の方に向かっていく。
「セラフィーナ!」
「セラフィーナ様危ない!!」
僕達はそう言いながらセラフィーナ様の方に向かっていくけれど、間に合いそうにない。
「死ねェェェェェェエエエエエッッッ!!!!!」
しかし、セラフィーナ様は至って冷静だった。
「ちょっと黙っててよモヤシ、〈Shut up〉!」
男に向かって勢いのまま睨みつけるセラフィーナ様。
次の瞬間、彼の口は開かなくなっていたみたいだった。
モゴモゴとしながら口を開こうとする男。
しかし、セラフィーナ様は気にせず通信に集中するみたいだ。
「お兄様に何があったんですか!」
『レオンハルトが倒れてて、い…ーアと……にいるんだ。ただ、ぼ…おれら両方ま……間近……だ』
…よく聞こえない。洞窟の中だからということなのだろうか。どちらにせよ、伝えてくださいって…本気でスピリット様本人と会話してってことだったのだろうか。だとしたらアボイドを送った意味が…。
若干落ち込んでしまう僕だったが、皆にはバレていないみたいだ。
「だから使えないんですか?どうにかして癒やせないんですか?今どうなってるんですか!?」
『お……つけ! …、…達は、どこ…い……だ?』
「洞窟です洞窟!村人の救出に向かっている所で、偶然奴隷商人と遭遇しました。あとはリス…」
『っっハルト!レオンハルト!!!しっかりしろ!』
え、これ本気で危険なんじゃ…?
更に焦ったような声でそう言ってくるスピリット様に何も言えずに固まってしまう。というか、スピリット様って本当に何者なんだ…?
小さくティーアの声も聞こえてくる。レオンハルト様の名前を呼んでいる、心の底から心配している声だった。…いつもは結構冷たいティーアだけど、そういう所は優しさに溢れている。…フランさんみたいだ。
「…精霊王、お兄様の様態は?」
『えっと…かなり呼吸が変かも。なんか、死ぬ前に呼吸って感じ、』
……、………………え、今なんて?????
セラフィーナ様のその言葉とスピリット様のその言葉に思わず固まってしまう。え、今セラフィーナ様…精霊王って言った?しかも、その本人は死ぬ前の呼吸って?
繰り広げられる別次元過ぎる会話についていけなくなる僕達。
しゃくりあげるようで途切れ途切れに起きる呼吸をしているらしく、目の光が消えかかっているらしい。すると、セラフィーナ様が「もしかしたら胸骨圧迫、気道確保、人工呼吸等の心肺蘇生やAEDを使えば何とかなるかもしれない」、などと言い放つ。
……正直、その単語自体全く分からない。
『…それで助かるの?』
少しだけ希望に満ちたような声色でそう言ってくるスピリット様。
…というか、精霊王って、本当に居るんだ…。
想像上の生物だと思ってた。しかも、その精霊王は…レオンハルト様が死にそうになっているのを自分の事のように受け止め、なんとかしようと焦っている。
もう今起きていること自体、現実味が無さすぎて…信じられない段階まで来ていた。
そして更に、ティーアの声も聞こえてくる。
『教えて、今すぐそのなんとかかんとかをやるわ!』
精霊王が繋げてくれたのだろうか。
繋げてくれてるってことは、精霊王自身も相当体力が削がれている筈…、だとすればそのきょうこつあっぱく?とかじんこうこきゅうはティーアが?
「ティッ…いやでも!その、人工呼吸は、ききき、き…!」
すると、セラフィーナ様が物凄く頬を赤くそめている。…じんこう…呼吸…、き?…え、あ、もしかして…?
その言葉だけで予想した範囲内だと結構攻めたことを勧めているのだろうと分かってしまい、思わず僕も顔が熱くなっていく。
……だって、だって…! いや、でもぉ…!
「せらっ…フィーナさま…っ、それは、その…」
「いや、だからっ…でもぉ…!」
転生前は大人だと思っていたセラフィーナ様だけど、実はそうでもないのだろうか。でも大人っぽい部分沢山あるし…とかなんとか思い混乱してしまう。
「いやでも、レオンハルト様を助けないと…!」
「それはそうだけど!それは…っっ焦らないでリスク!」
「セラフィーナ様の方がですよ…っっ」
人目を気にせず言い争ってしまう僕達。
…ここで焦って話し合っている暇なんてないことくらい…
『そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?』
分かってはいるんだよ!
分かってはいるけど、焦ってしまう。…仕方ないだろ、ティーアだって焦っているじゃないか。
『さっさとやり方教えなさい!』
「は、はひっ…!!!」
結局、ティーアにそう言われ、何も反論しなかったセラフィーナ様は頬を真っ赤にしながらも即座に教えることとなったのだった。




